その結界、侵入不可につき
ゴブリンの村が完成した。と言っても、土魔法で穴を掘ったり壁を作ったりしただけで、屋根すら完成していない。
それでもゴブリンたちはシエルには感謝しているようだ。
俺を見る目には敵意と軽蔑しかないのが気にくわないが。
まぁ、盗賊のアジト側ではない迷宮のもうひとつの入り口前に集落を作っているんだ。迷宮目的の村が完成したら真っ先に潰されるだろうから別にいい。
とりあえず、外で狩って生け捕りにした魔物や動物は迷宮の入り口付近にある解体部屋で殺すようにと、シエルにゴブリンへ伝えさせた。その場合の報酬として、得られたポイントの五パーセントをゴブリンたちのものとし、自由に使えるようにする。
とりあえず、ゴブリンは仕事の内容は理解してくれたようだ。
次に、盗賊がいなくなったことでそろそろ俺も本格的に周囲の捜索をしようと思う。
一応、ムラサメもこの周囲を散策してくれていたが、盗賊に見つかるのを警戒していたため移動できる範囲は少なかったからな。
ムラサメは今は狩りに出かけているので、シエルとふたりきりだ。
「ふたりきりだし、とりあえずシエルの頭の上に乗って移動するか」
「ふたりきりじゃないでしょ。誰よ、それ?」
シエルが、ようやく俺が連れてきた魔物に話題を振った。
俺が連れてきた魔物は緑色の二足歩行のトカゲの魔物だ。
「見てわからないか? リザードマンだよ」
一昨日の夜、ニキティスとのダンジョンバトルで投入されて盗賊たちを皆殺しにした種族――その強さはゴブリンを圧倒する。平均的な冒険者が少し苦労するくらいの強さの魔物だ。
当然、群れになれば脅威となる。
「リザードマンはわかってるわよ。どうしてここにいるのかって聞いてるのよ。このあたりにはリザードマンは生息していないでしょ?」
どうやら、シエルはこのリザードマンが誰だかわからないらしい。
「落とし穴に落ちてたやつがいただろ? あいつだよ」
「え? でもあれって死んだんじゃ……」
「いや、落とし穴の針はあらかじめ折れやすくしておいて、代わりに俺の接着粘液をつけておいたんだ。そんで、バトルの後、ニキティスが忘れて帰ったんだよ」
「忘れて帰ったって――そりゃ私も死んだと思ってたし」
「で、帰すから取りに来いって手紙を送ったんだけどな。ほら、シエルに届けさせただろ?」
「あぁ、うん。混沌の町の郵便屋にね――返事、タードに直接きたんだ。それで、ニキちゃん取りに来るの?」
「面倒だから俺にくれるそうだ」
と俺が笑うと、シエルが半眼で俺を見てきた。
「タード、わざとでしょ。リザードマンをくれなくても、取りに来るまでの間、侵入者のポイントが得られて別にいいや、とか思ってたんでしょ」
「正解だ」
シエルもだいぶ俺の考えがわかるようになってきたな。
そして、本当ならこのまま侵入者として飼い続けてもよかったのだが、もっといい方法を思いついた。
「それで、こいつを使ってリザードマンを増やす」
「増やすって、どうやって?」
「これだよ」
と俺はポイントで購入してリザードマンに持たせていた瓶を触手で受け取る。
中には白い液体が入っていた。
「なにそれ、飲み物? 薬?」
「飲むか?」
俺はそう言ってシエルに瓶を渡す。
「飲んでいいの?」
「いいぞ。リザードマンの精液だけどな」
「飲まないわよっ!」
シエルが怒って俺に瓶を返した。
魔物の本体はポイントでは買えないのに、精液はポイントで買えるって、なんか変な感じだよな。
ちなみに、有精卵はポイントでは買えなかった。
「これで十回くらい使えるっぽい。幸い、このリザードマンは雌で二日に一回卵を産むから、全部卵を孵せば、リザードマン十匹が配下に加わるだろ?」
雌なのにリザードマンというのは間違っている気もするが。
そう思いながらリザードマンに再び瓶を渡す。
「それを五回繰り返せばリザードマンのスポーンを設置できるってわけだ」
「あぁ、なるほど――」
シエルが納得するように頷くが、俺はもっとわかりやすくシエルに説明した。
「リザードマンの苗床だな」
「……その表現は嫌ね」
「気にするな。もう卵は一個産んでくれたから、明後日には孵ると思うぞ」
孵化したリザードマンは三週間ほどで一人前になるそうだ。
ちなみに、受精の方法は使用説明書に書いてあった。ゴブリンが精液をしみこませた綿棒をリザードマンに突っ込み、中でこすりつけている。俺が耳かきに使っていた綿棒の思わぬ使い道だった。
ゴブリンもリザードマンもまんざらでもない様子なので仕事が終わったら異種族間結婚でもさせてみるか――結構おもしろそうだな。
とりあえずリザードマンの説明は終わったので、リザードマンには迷宮に戻ってもらった。
「キラーアントにはボス部屋の手前からさらに地下に迷宮を伸ばさせているから、そのうちボス部屋とその奥のプライベートルームの引っ越しも検討しないといけないな」
「…………へぇ」
「どうした?」
「タードって、意外と迷宮経営のこと考えてるのね」
「当然だろ――って、おい、シエル。何してるんだ?」
シエルが前に進もうとしない。
立ち止まったままぼぉっとしている。
「おい、シエル。聞こえているのか?」
「あ、うん。ごめん、ちょっとぼぉっとしていた」
とシエルは謝ると、元来た道を戻っていこうとする。
「おい、どこに行ってる――逆だ、逆」
「……え?」
とシエルは振り返り――森をじっと見て、また何かを考え込む。
するとシエルは魔法の詠唱を唱え、
「ファイヤーボール!」
と言って、とても小さな火の球を生み出した。
火の球はゆっくりと前に飛んでいくと、ある程度進んだところで急にUターンし、戻ってきた。
「ウォーター!」
シエルが水の魔法を使って飛んできた火の球を消す。
一体何がしたかったんだ? と思ったら、
「タード、ここに結界が張られているみたい――」
「結界? 結界ってどういう?」
「強力なベクトル操作……かしら。入ろうとするものを外に戻す感じ。歩く人も動物も魔法も、意識までも――私もタードに言われなかったら全然気付かないところだったわ」
「ふぅん、じゃあ外に出よう出ようと思って進めば中に入れるんじゃないか?」
「中に入るために外に出よう、外に出ようと思って中に進むのなら、外に出るために中に入ろう中に入ろうと思って外に出るわよ」
「ややこしいな――じゃあお前の魔法で結界を破れないのか?」
「無理よ。結界の構造もまるでわからないし、だいたいこういう外からの侵入を防ぐ結界って内側にキーとなる道具を置いているから壊せないのよ。タードなら魔法無効があるから中に入れるんじゃないかしら?」
「あぁ、確かに俺の意識は全く切り替わらなかったから、中に入れるだろうが――」
と俺は森の中を見て、考えた。
「面倒だからパスだな」
「そう言うと思ったわよ。私もタードにはあんまり無茶をしてほしくないし、他の魔物が入れないのなら仕方ないわね。とりあえず、ゴブリンたちに周囲の偵察をしてもらうように頼んでみるわ」
とシエルは半ば諦め口調で自作の地図(広告の裏使用)に結界の場所を書き込むのだった。
現在の課題 (クエスト)
・他の魔物の勧誘をしよう(complete)
・リザードマンスポーンを設置できるようになろう(new)
・村を作ろう
・冒険者をおびき寄せる餌を用意しよう
・ムラサメを強化しよう
・一年後の新人戦に備えよう
・冒険者を迎撃できるようになろう
・1000ポイントを使ってタードを強化しよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




