その管理委員、強敵につき
太陽がもうすぐ沈もうかという時間。
ダンジョンバトルまで残り七時間になり、ひとつ問題が起きた。
ランプの燃料が尽きたのだ。
「…………で?」
事の重大さが全くわかっていない俺は、そんな短い返事をした。
「で? って、一大事じゃない。ランプの燃料が無くなったのよっ! どうするのよっ!」
「どうするって、お前。普段から光魔法結構使ってるだろ? 今も使ってるし――」
俺たちが暗闇の中で動けていたのも全部、シエルの光魔法のおかげだ。
こいつの光魔法は便利で、本当に太陽の光の下を歩いているみたいに明るい。さすがに全ての場所に光魔法を使っているわけではないが、迷宮の主要な場所にはシエルの光魔法による光の球が浮いている。
「そもそもなんでランプがこの部屋にあるのかが不思議で仕方なかったんだが。貧乏なお前にとってランプは高価な品じゃないのか? 油代だってバカにならないだろ」
「ランプだけじゃないわ、松明だってあるわよ」
とシエルが松明を俺に見せた。うん、あるのは知っているが、なんで松明なんて使ってるんだ?
「なんで……って、魔法を使うとお腹が空くのよ! 光魔法で光の球を三個生み出したら一日分の食事が必要になるの。それなら、枯草を集めて燃料にしたほうが楽なの」
「お前、空に浮いたり、ムラサメの分身を作ったりいろいろしてたけど、そんなこと一言も言ってなかっただろ? というか、今まで光の球だって普通に作ってたじゃないか」
「全部タードが悪いのよ!」
俺が悪い?
……もしかして、俺の魔法無効のせいで、魔法が展開しにくくなり、いつもよりも魔法の発動に必要な魔力が上がったから……とか?
だとしても、それは俺のせいじゃないだろ。
俺の魔法無効は俺が望んで得たスキルではないのだから。
「タードが私に美味しい食べ物いっぱいくれるようになったから、私は草では満足できない女になったの」
シエルのその発言に俺は頭が痛くなった。
「つまり、お前はこう言いたいのか? 自分はいままで魔法を使った後、草を食べて栄養を補給することができたが、贅沢を覚えたせいで草で栄養補給するのが嫌になったと」
「……平たく言えばその通りね。だから、お願いタード。今日も外で食事を――」
「我儘言うなっ! ったく、贅沢を覚えるな。今日はお前は草でも食ってろ。ダンジョンバトルが終わったら――」
「ダンジョンバトルが終わったら、ご飯を食べに連れて行ってくれるの?」
「俺が料理を作ってやる」
「……素直に草を食べてるわ」
落胆したシエルはそう言うと、どこからともなく取り出した茹で上がった草を噛みしめていた。
ったく、どういう意味だ。
「それより、お前もムラサメを見習って体を休めてろ。あと七時間で試合が始まるんだぞ」
と俺は壁に立てかけられた鞘に収まるカタナを見た。
ムラサメは精神を集中したいからと言って、マヤカシを解除。カタナの姿で眠りにつき、戦いの開始を待っている。俺が鞘を抜くまでは起きないそうだ。
キラーアントとほとんどのゴブリンは、ボス部屋近くのにファーストチキン小屋のある部屋に待機させている。特にキラーアントはクイーンアントとの約束で戦わせることはできないので、動けない状況だ。
(約束を破って戦わざるをえない状況に持っていけないこともないが、約束を違えるのは時期尚早だからな)
「そうだ、シエル。この部屋以外の光の球は解除しろ。わざわざ敵に光を与えることもない」
「そっちはもう解除済みよ……再び魔法を使うとお腹空くんだけど」
「草は美味しいか?」
「……前ほど美味しく感じない……苦い」
前は美味しく感じていたのか。
まぁ、俺もそのあたりの草は結構食べたけど、まずくはなかったよな。
「さてと――」
と俺は紙風船を手に取った。白い風船――ここには空気が入っている。中の空気が半分以下になったら負け――と言っても、この紙風船は試合に使われる紙風船と全く同じものだ。一応、ポイントで交換して、どういうものか確かめるために取り寄せた。
「頭に付けるならこっちの風船を付けてくださいね」
突然現れたその声に、俺は耳と、そしてその目を疑った。
侵入者が迷宮に入り込んだ形跡などどこにもなかった。気配も感じなかった。
なのに、いつの間にこいつはここにいる?
白キツネの仮面で顔を隠している、燕尾服を着た男――もしもこいつが敵だったら、そして俺に声をかけなかったら、俺はこいつの存在に気付くことなく殺されていただろう。
「あんたは何者だ? ただの人間じゃないよな」
「申し遅れました。わたくし、ダンジョン戦管理委員のソルベと申します。以後お見知りおきを――」
「ソルベ様!?」
シエルはその名前を聞き、突然大声をあげた。と思うと俺をたしなめるように言う。
「タード、失礼な口調は慎んで! ソルベ様はダンジョンフェアリーの中でも知る人ぞ知る有名人なんだから――」
「……シエルの大先輩ってわけか」
ダンジョンフェアリーは全員シエルやニキティスのような奴ばかりかと思っていたが、こいつは俺たちとは次元が違う。
絶対に敵に回してはいけない相手だ。
(少なくとも今はな――)
と太々しく笑って見せると、
「安心して、タード。ダンジョン戦管理委員の人が襲ってくることは絶対にないわ。少なくとも、今は」
俺が緊張しているのを知ってか、シエルがそう説明した。
「シエル様の仰る通りです。私はダンジョンフェアリーであって、既にダンジョンフェアリーではありません。主を守れなかったのですから。では、タード様、こちらをお渡しします。試合開始までに必ず着用し、試合が終了するまで外さないでください」
とソルベは俺に紙風船を渡した。ご丁寧にベルトがついていて着用しやすくなっている。
「試合開始と同時に、ダンジョン入り口から距離五十メートルの地点に転移ゲートが開きます。転移ゲートはニキティス様の陣営の方のみが利用可能で、試合終了後十二時間が経過すると自動的に消滅します」
「あぁ、わかった」
「それでは、よい試合を――ところでタード様」
とソルベは仮面越しに俺の顔を凝視してくる。
「……なんだ?」
「いえ、きっとわたくしの勘違いでございましょう。それでは失礼します」
とソルベは一礼すると、その白狐の仮面を外すことなく、忽然と姿を消した。
「主を守れなかった――って言ってたよな。どういうことだ?」
「ダンジョンフェアリーはダンジョンボスが死ぬと十年間の休眠状態に入るの。でも力のあるダンジョンフェアリーは眠らせておくのがもったいないから、その間、次のボス召喚が可能になる時までダンジョン戦管理委員として働くの。風の噂には聞いていたけど、本当だったのね」
「ダンジョン戦管理委員を見るのははじめてなのか?」
「ううん、ダンジョン戦管理委員は学校の実習訓練で会ったことがあるわ。そうじゃなくて、ソルベって私たちの間じゃかなり有名な人なのよ」
シエルは彼が去った方向を見て呟くように言った。
「彼が仕えていたボスモンスターは、人間から魔王と呼ばれる存在だったの……」
「魔王が殺されたのかっ!?」
「え、ええ。そういう噂が流れていたのよ。ソルベさんがダンジョン戦管理委員で働いているってことは、つまりはそういうことなんじゃない?」
「……そうか、あの魔王が死んだのか……あの?」
自分の言葉に違和感を覚えた。
俺は魔王を知っているのか? しかもなんだろう。噂話とかそういうレベルではなく、直接会ったことがあるような感じがする。。
すると、更に今度は、魔王が死んでいることを知っていたかのような感覚に襲われる。
初めて知るはずなのに以前から知っていたかのような。
既知感と言ったらいいだろうか?
「タード、魔王を知ってるの?」
シエルが尋ねた。この知っているというのは、一般常識的な魔王という存在について知っているということではなく、もっと深く知っているのか? と言いたいのは聞き返さなくてもわかる。
「いや、思い出せない。だが、魔王と知り合える人間なんて限られている。もしかして――俺の前世は本当に勇者だったのかもしれないな」
「……絶対違うと思うわ」
とシエルがジト目でそう言った。
そして、いよいよ試合が始まる。
現在の課題 (クエスト)
・ダンジョンに罠を設置しよう(complete)
・ダンジョンバトルの準備をしよう(complete)
・ダンジョンバトルに勝利しよう
・1000ポイントを使ってタードを強化しよう
・盗賊を一日以内に皆殺しにしよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう
ダンジョン管理委員とか、風鬼委員とかややこしいなぁ、もう
一章終わったら登場人物紹介とキーワード紹介あったほうがいいですかね?




