その鶏、食料につき
今回はダンジョンバトルの準備という名目の日常回です。
勝負が二日後に迫った日の朝。俺は警告音で起こされた。シエルは今朝早くに混沌の町に行って、この迷宮の地図を届けに行っているため不在だ。
面倒事を任せる相手がいないと不便だなと俺はスクリーンを表示させ、侵入者を映し出すことにした。ちなみに、最初は盗賊たちが迷宮に戻ってくるたびに警告音が鳴り響いていたが、設定により盗賊が戻ってきても警告音が鳴らないようになっている。キラーアントも同様だ。
侵入者の名前を見て、俺は警戒心を解いた。
「……ワイルドボアか」
ワイルドボアとはイノシシの姿をした魔物。その肉はとても美味である。ただし凶暴で、人間が近付こうものなら見えなくなるまで追いかけてきて体当たりをしてくる。
ワイルドボアのいる山に入るのなら、ワイルドボアが好きだというラコの実を消臭袋に入れて持ち、見つかったらその実を投げて逃げろ――というのが常識だ。そして、知能は低いので、迷宮を壊しに来たとは考えにくい。
(きっと迷い込んだだけだろうな――)
盗賊たちが出入りする入り口とは別の入り口が開通したのが昨日のことだ。魔物が迷い込んできても不思議ではない。
と思って俺はその姿をスクリーンに映し出し、それが間違いだと気付いた。
迷宮に入ってすぐ横、脇に作られた部屋でそのワイルドボアは殺された。
殺したのはムラサメだった。
それにより、七十ポイントが入ってくる。
『迷宮の外で魔物を狩ってきて迷宮の中で殺せ。得られたポイントの一割くらいはお前の小遣いにしてやるよ』
俺が言ったことを実行しているのか。
そして、ムラサメはワイルドボアの足を森で取ってきたらしい丈夫な蔦で括り、迷宮の壁に刀――本体ではなくマヤカシで作ったものを突き刺し、そこに吊るすと妖刀ムラサメ本体でその首を切り落とした。血抜きの光景だが、ムラサメは少し楽しそうに見える。すると、その血の臭いにつられたのか、俺の三分の一程度の大きさしかない小さなスライム――ベビースライムが寄ってきて、ワイルドボアの首から落ちる血を浴び始めた。
どうやらあいつらにとっては好物らしい。まぁ、おかげで血の処理には困らないな。
さらに暫くすると、キラーアント(♀)も臭いに気付いて偵察にきたらしい。ムラサメの姿を見ると納得し、帰っていった。
そして、血抜きを終えたムラサメは再度迷宮を出ていき、数十分後に、今度はファーストチキンという魔物を四羽連れてきた。足を掴まれて暴れている。ファーストチキンは空を飛べないが足の速い鶏であり、攻撃力はほとんどない。ベビースライムより強く、スライムより弱い、魔物とは呼べない魔物だ。今度はそれらを殺すつもりらしいが――
「待て、ムラサメっ! そいつらは殺すな! この部屋に連れて来い!」
俺は仲間への命令機能を使って、ムラサメに伝達した。
ムラサメは頷くと、ファーストチキンの足を掴んで歩いてくる。
そして、暫くしてムラサメが戻ってきた。
「お呼びしましたか? ご主人様」
「あぁ。ムラサメ、よくやった。その鳥たちをその檻の中に入れてくれ」
と俺は五ポイントを使って購入した木の檻を指さす――指ではなく触手だけど。
「どうなさるのです?」
「飼って卵を産ませる。侵入者として一日一ポイント入ってくるし、生まれた卵は食料になる。まぁ、養鶏だな。とりあえず、キラーアントにはファーストチキン用の部屋をボス部屋の近くに作らせることにしたから、今はこの檻の中に居てもらおう」
「なるほど、かしこまりました」
それと、養鶏の世話係が必要だな。
と俺は魔物一覧を見て、そいつを呼び出した。
三分後、そいつは現れる。
ゴブリンだ。
ゴブリン五十体を仲間にしたことで、ゴブリンのスポーンポイントの設置が可能になり、一日五体のゴブリンが生まれるようになった。今は来たるべきダンジョンバトルに備えて待機させている(餌はベビースライム)が、その後は現在の盗賊のアジトの入り口に住ませて迷宮入り口の警備をさせるつもりだ。勧誘したゴブリンと違って、純正の迷宮生まれの俺の部下のため、忠誠度もいまのところ高い。
「ゴブリン、このファーストチキンたちを連れて部屋にいろ。殺すなよ。とりあえずファーストチキン用の餌としてベビースライムを一体追加で渡すから、つまみ食いするんじゃないぞ……って……通訳がいないからわかってないか」
そう思った時、ちょうどシエルが帰ってきた。
「ただいま、タード、ムラサメ。あれ? どうしたの、その食べ物」
檻の中にいるファーストチキンを見て食べ物という代名詞をつけたシエルにツッコミを入れるのは、とりあえず通訳させてからでもいいだろう。
「幸せ……このまま死んでもいいわ」
「勝手に死んでろ」
「ダメよ。死んだらこのステーキが食べられないじゃない」
ワイルドボアのステーキ(味付けは塩のみ・塩はポイントで3ポイントで購入)を一口食べ、三分間動かずにいたシエルが、今度はすごい量のステーキを食べていく。
普段ならゆっくりと味わって食べるであろうシエルだが、今回は事情が違った。
なにぶん、量が多いのだ。俺も食べているが、そもそもスライムってそれほどの食料を必要としない。ボアヒレステーキ肉400グラム食べただけでもう満腹だ。しかも食べるというよりはか呑み込んでいるだけで、体の中にまだその原型をとどめている。
これから徐々に溶かしていく作業が待っているわけだ。
ということで、残りの肉は全てシエルが担当している。食べきれなかった分はキラーアントとゴブリンに渡して、それでも余った分の処理はどうしよう。
「ムラサメ、悪いな。お前が取ってきたのに」
「いえ、私は食事をとることはできませんから」
「ちなみに、その体で食べればどうなるんだ?」
「この体はマヤカシですから。マヤカシの中に保存され、解除すると同時にぽとりと落ちますね」
「ねぇ、タード! 残った分は塩漬けにしない? それなら保存もできるし」
「却下だ。ステーキの調理用の塩だけでも3ポイントもしたんだぞ。塩漬けにするなら最低でもその十倍、30ポイントは必要になる」
「なら、燻製は? 燻製用の材料なら私が集めるし、装置も私が作るから」
「なお却下だ。肉を焼くだけならまだしも燻製となると迷宮の中ではできないだろ。外でするにしても煙を盗賊に見られたら厄介だしな――そうだ、シエル! 残ったボア肉、混沌の町に行って売ってこいよ。なんでも買い取ってくれる店とかあるだろ?」
「…………えぇ」
文句を言うシエルだが、
「手間賃で一パーセントやるから。その代り、明細書きっちり貰って来いよ」
「わかったわ。絶対よ!」
とシエルはそう頷くと、倒れるのではないかというくらいにボア肉を食べた。そして最初の予定通り、ボア肉の一部をゴブリンとキラーアントに提供し、残りはシエルが抱えて売りに行った、食べた後にすぐに動けば腹が痛くなるんじゃないかと思ったが、鮮度が落ちて買い取り価格が下がったら嫌だからと言って、まだ三十キロ近く残っている解体されたワイルドボアの肉を持って混沌の町に向かった。
結果、ボア肉は百ポイントで売却でき、シエルには昨日の買い物のおつりの中から50シールをやった。
シエルはとても幸せそうだったので、ステーキ代金とし50シール徴収したら、次の日まで口をきいてくれなかった。
現在の課題 (クエスト)
・ダンジョンバトルの準備をしよう
・500ポイントを使ってタードを強化しよう
・盗賊を三日以内に皆殺しにしよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




