エピローグ
気が付けば、俺は地上にいた。既に辺りは暗くなっていた。
「ここは――俺たちがいた島か」
何もない退屈な島の光景だが、死を覚悟したあの時を考えると天国のようにすら思える。
気付いたらババアはもういなかった。
「空気が美味しいね、タードちゃん☆」
ミミコが大きく伸びをした。
終始笑顔だったミミコもやはり緊張はあったらしい。
「結局、骨折り損のくたびれ儲けでしたね、タード様」
ペスがそんなことを言う。恐らく、スケルトンの骨を折りまくったこととかけたダジャレなのだろうが、実際にそうだよな。
結局、クロウリーから貰った金も全部無くなったし、元の木阿弥だ。
それもこれも全部シエルのせいなのだが――そのシエルはというと――
「………………おおい、シエル」
「むぐっ!?」
振り返った彼女の口から、草の先が出ていた。
「雑草なんて食べて美味しいか?」
「雑草じゃないわよ、ヨモギよヨモギ! まさかヨモギの群生地が手つかずで残っているなんて思わなかったわ」
どうやら俺にとって雑草にとっても、シエルにとってはご馳走だったらしい。
「ヨモギですか。私の故国では天ぷらにしたりもちと混ぜて食べる山菜ですね」
ムラサメが人型のまやかしを生み出して言った。そして、シエルに倣うようにヨモギを摘み始めた。
さらにアドミラもヨモギを摘んで言う。
「タード、ポイントでもち米を買って皆で食べるか、生還祝いで! モルモルの送別会もかねて」
モルモルの送別会――そうか。
シエルが戻った以上、モルモルとももう別れることになるんだな。
俺はヨモギをもぐもぐと食べるシエルと、狐の仮面を被っていて表情がまるでわからないモルモルを見比べる。
断崖と言っても過言じゃないほどの平らな胸と、服の上からでもわかるほどに揉みごたえがあることがわかる巨大な胸とを見比べる。
「……シエルを助けたのは失敗だったかもしれないな」
俺も触手を使いすぎて小さくなったので、シエルの横で草を食べる。
あぁ、はやくダンジョンに戻って卵を食べないときついぞ、これ。
さらにミミコとペスまでもヨモギを摘みはじめ、俺とモルモル以外、全員でヨモギを摘むことになった。
「やっぱり僕の予想通りだったね――帰ったんだ」
そう言って“土いじり”が現れた。数時間前に別れたはずなのに、もう数カ月くらい経過しているみたいだ。
「やっぱりってどういうことだ? 俺たちが帰ってくるのがわかっていたみたいだが」
「まぁね、クロウリーが死んだという報告が来たんだよ。詳しくは混沌の迷宮で聞くからね」
そう言って土いじりは混沌の迷宮に通じる転移扉を開いた。シエルを含めた通常のダンジョンフェアリーは自分のダンジョンの中でしか転移扉を作る事ができない。
“土いじり”に先導され、モルモルやムラサメたちは混沌の町へと帰っていく。
「……おい、シエル。お前もヨモギばかり食べてないでさっさといくぞ。そんなに気に入ったのなら、さっきムラサメやアドミラたちが摘んで帰ったから――」
「タード、やっぱり私よりモルモルのほうがよかった?」
「そりゃそうだろ。エロさが全然違う」
「それなら代わってあげようか?」
「は?」
突然、このバカは何を言い出すんだ?
代ろうと思って代れるもんじゃないだろ。代れるのなら、最初にこいつに会った時にチェンジしてるわ。
「今回のクロウリーの違反行為、私も共犯したらいいの。ダンジョンフェアリーの掟で、ダンジョンボスの許可無しにダンジョンフェアリーとしての違反行為をした場合、ダンジョンフェアリーはその資格をはく奪だれ、五十年間の休眠状態に入る事になってるの。その場合、ダンジョンボスには代理のダンジョンフェアリーがあてがわれる――たぶんそうなれば、モルモルさんがタードの配下として」
「……逃げるのか?」
俺はそう尋ねた。
「こっちはお前のせいでできた借金がまだ山のように残ってるのに借金の返済から逃げるつもりだろっ! そうはさせないぞこの貧乳バカがっ!」
「ちが、違うわよっ! そうじゃなくて私の不幸にタードやみんなが巻き込まれるなら――」
「あぁ、うるせぇ。そういうことは借金を全額返してから言え。それまでこの話は無しだ」
俺は触手を伸ばしてシエルの頭を殴ろうとしたが、小さくなったこの体ではギリギリシエルの顏に届く程度で殴る事ができない。
――ちっ。
伸ばした触手がこのままだと恰好つかないので、俺はシエルの涙を拭って背中を向けた。
「とっとと帰って俺の目と口を作れ。この体じゃ背中か腹かもわからんからな」
俺はそう言うと転移扉の中に入っていく。
転移扉の中に入ったから、シエルが泣きながら言った礼の言葉なんて聞こえてないぞ。
さて、明日から借金を返すために頑張らないとな。




