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その冥界、脱出困難につき・2

 エルザとふたりで冥界で生きていくと宣言したクロウリー。

 その急な心変わりに、警戒心を抱くなという方が無理な話だ。

 少し距離を取る。

「教えて、どうやったら私たちは元の場所に戻れるの?」

 俺とは逆にシエルはあっという間に信じてしまう。

 こいつには人を疑うという思考回路が壊滅しているのかもしれない。クロウリーに騙された結果、体感時間で一カ月間監禁されていたという記憶が抜け落ちているのではないだろうか?

「警戒しなくてもいいです。僕は怖かったんですよ。エルザと一緒に冥界に行くのが――」

 クロウリーはそう言うと、足元の草を毟り取り、根の部分を引きちぎり捨て、残りを口の中に入れた。まさか、クロウリーまでも草を食べるのか?

 と思ったら、一瞬クロウリーの存在が希薄になった気がした。

『この草は冥界で生まれた冥界の物。冥界の物を食べ続ければ冥界の住人になる。これで僕はもう地上には戻れません』

 クロウリーはそう言った。その声はどこかぼやけていて、まるでエルザの声を聞いているかのようだ。

 幽霊になった……ということなのか? いや、食べ続ければ、って言っていたから、まだ生者としているほうが強いのかもしれない。

『クロウリーさん……』

『エルザ、君に謝らないといけない。僕はずっと君のために動いていると自分に言い聞かせながら、最終的には保身に走っていた。本当なら最初からこうすればよかった。君のため僕私は冥界に行くべきだった。君と触れ合いたいのなら冥界に行くべきだった。だが、僕はふんぎることができなかった。冥界に堕ちるのが怖かった。その結果生み出したのが、冥界との狭間というあの空間だった。しかし、僕は気付かされたよ』

 そう言って、俺を見てくる。

『このようなスライムですら、パートナーを救い出すために冥界の狭間にまでやってきて、さらに守るために冥界に堕ちてきた。スライムですら可能なことがどうして僕にできないのか。こんな性悪のスライムですらできるのにってね』

「お前は俺に喧嘩を売ってるのか? 売ってるなら買うぞコラっ! シエルの出世払いでっ!」

「なんで私の債務になるのよっ!」

 シエルが大きな声をあげた。

 クロウリーはそれを見て朗らかに笑った。

 こいつ、俺たちのおかげで自分の愚かさに気付いた。感謝している、みたいなことを言っているが、恨む気持ちもしっかり残っていやがるな。

「で、私たちはどうやったら元の場所に戻れるの?」

『僕の研究によると、冥界とその上層である異空間には穴のような場所がある。そこに超高速よくぶつかればきっと――』

「穴ってその場所はどこにあるんだ?」

「それに超高速って、どのくらいの勢いが必要なの?」

 俺とシエルが尋ねる。

『穴の場所は僕が調べよう。速度は――どのくらいなら出せる?』

「そうだな――」

 俺は近くの木の枝に触手を伸ばし、伸縮スキルを使って一気に触手を縮めた。同時に超硬化を使う。

 その反動により、俺の体は木の枝に激突し、その木の枝をぶち破って空へと飛んでいった。

 が、一定の高さに到達すると、まるで見えない天井にぶつかった。そして、そのまま地上に落ちる。

「とまぁ、このくらいの速度だな。シエルは魔法で浮かせれば重さは無視してもいいだろうし」

『その速度だと……ギリギリ穴を越えらえるだろう。それでは穴の場所を――』

「待って、タードっ! 私、魔法で重量を無くすことができないの!」

「は、なんでだ?」

「魔力がもうほとんど残っていないから」

 そうだった――シエルの奴、魔力が全然ないんだった。

 ミミコと合流したときに何か食べられたらよかったんだが、そんな時間なんてなかったからな。

「せめて何か食べるものがあればいいんだけど」

「草でも食え――ってダメか……」

 クロウリーが言っていた。冥界の物を食べれば冥界の住人になると。

 少しくらいなら――とは思うが、リスクが高すぎる。

「なら、エルザに憑依されて魔力を貸してもらうのはどうだ?」

『それはやめたほうがいい――冥界に降りた君たちも、今は肉体と魂が不安定な状態だ――そんな中、エルザが憑依したら魂が混ざり合ってしまう』

 クロウリーが言った。

 ならどうすれば――

「シエル、お前の食欲に対する嗅覚で食べても平気そうなものを嗅ぎ分けろっ!」

「そんなの無理に決まってるで――あれ?」

 シエルはくんくんと鼻を鳴らすと、何かを見つけたかのように走り出す。

 いったいどうしたんだ、と俺は触手を伸ばしてシエルにくっつくと、大きく跳躍しシエルの頭の上に飛び乗った。

 そして、俺もそれに気付いた。


「――そうか、これがあったんだ」


 そこに落ちていたのは、クロウリーの城に行く前にミミコが落とした、藁と小麦粉の袋だった。

「藁と、調理前の小麦粉――調理器具もないのにどうするつもりだ?」

「どうするも何も、シエル、これだけで足りないか?」

「私を甘くみないでっ! これだけあれば一週間は生きていけるわっ! タード、肉体を変形させてお椀を作ってもらえる?」

「あぁ、任せろっ!」

 俺は触手を変形させ、お椀の形を作るとそれを切り離す。とうぜん、超硬化で高くしている。

 ただし、火を使えば溶けてしまうので、鍋として使う事はできない。

「これが最後の魔力よっ!」

 そう言って、シエルは魔法で水を創り出して、お椀の中に入れた。

 さらにその中に小麦粉と、粉々にちぎった藁を入れてかき混ぜる。

 調味料も何もない、小麦粉と藁の団子だが、シエルはそれをそのまま口の中に入れた。

「うーん、美味しいっ! できれば塩が欲しいところだけど、贅沢は言っていられないわよね」

 そう言って、さらに藁団子をひとつ、またひとつと食べていく。あまりにも美味しそうに食べるので、俺はひとつ食べてしまった。

「うおぇ、味がほとんどしねぇじゃねぇか」

「藁の味があるじゃない。コクがあって美味しいでしょ」

「いや、異物がある感じしかしねぇよ」

 空腹は最高のソースというが、シエルの場合、貧乏は至高の調味料と言ったところか。

 クロウリーもエルザも呆れた目で見ていた。

 しかし、これでシエルの栄養も補給できた。


 さて、冥界から脱出するぞ!

更新遅くなってすみません、仕事も一応一段落ついたので(本当は全然終わってないけど)、更新ペースを少し戻そうと思います。

一度感想閉じています。


「そのスライム、ボスモンスターにつき注意」1巻、現在全国書店にて発売中です!


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