その冥界、脱出困難につき・1
風が吹いている。
穏やかな風だ。
とても気持ちがいい。
「……ここは?」
混沌の迷宮……か?
見渡す限りの大草原のど真ん中に俺はいた。
なんでこんなところにいるんだ?
と俺は振り返ってみると、俺の触手が伸びていて、その先にシエル、クロウリー、エルザの四人がいた。
そうだ、思い出した。
俺たちはたしか冥界の底へと落ちたんだった。
「じゃあ、ここが冥界……なのか?」
そうはとても見えないぞ。
むしろ、クロウリーのいた町のほうが冥界っぽかった。
「ん……あれ? タード……ここは? 混沌の迷宮……じゃないわね」
「起きたか、シエル。冥界の底なんだと思う。早速だが、敵探知の魔法を使ってくれ」
「敵探知ね。わかったわ――」
シエルは頷き、魔法を唱えた。
そして、その結果を俺に伝える。
「えっと、私たちだけみたい。他には誰もいないわ」
「誰もいない? スケルトンもか?」
スケルトンも俺たちと一緒に落ちたと思ったんだが、いないのか。
まぁ、いたら厄介だし、いない方がいいんだが、しかし魔物の気配がまるでないというのは少々気味が悪いな。
「シエル、クロウリーを起こしてやれ」
「襲われないかしら?」
「そうだな、一応俺の触手で縛っておくか」
超硬化で簡易の手錠を作り、クロウリーを縛り上げておく。
そして、シエルがクロウリーの額をペチペチと叩いて起こす。
回復魔法をかけてやれって意味だったんだが、伝わっていなかったのだろうか?
でもまぁ、クロウリーは起きたようだ。
「ここは……そうか、ここが冥界なのか」
「おぉ、察しがいいな。でも、知らないってことは、クロウリーは冥界に来るのは初めてなのか?」
「ああ――そうか、こんな場所だったのか」
クロウリーはそう言って立ち上がると、足元にあった草を口に含んだ。
……こいつ、シエルに感化されて草を食べるようになったのか?
「シエル、お前は食べないのか?」
「んー、食べたいんだけど……」
とシエルが固まった。
まるで見えない何かがシエルの食事を妨害しているかのようだ。
「……ここは……一体どこなんですか?」
「起きたか、エルザ。ここが冥界なんだそうだ」
「え? ここが?」
「あぁ――まさか、冥界がこんな場所だなんて――綺麗だ」
クロウリーはそう言って地平線の向こうを眺めた。
お気楽だな。
こっちはどうやって冥界から脱出すればいいかと悩んでいるというのに。
「クロウリー、どうやって脱出したらいいかわかるか? おまえ、冥界の研究とかしていたんだろ?」
「それは簡単だ。落ちてきたのなら空に上がればいい」
「そうは言うが、空を飛べないんだよ。エルザ、お前なら俺だけでも持ち上げられないか?」
「そうですね、タード様だけならなんとか。ですが、シエル様を持ち上げる力はありません」
「よし、俺だけで――」
と言ったところで、俺の触手をシエルが思いっきり引っ張った。
「タード、お願いだから置いていかないでっ! ここ、かなり嫌な空気なのっ!」
シエルが涙目で言った。
「仕方ないな――エルザ。悪いが、空を飛んで救援を頼んでくれないか? ミミコから、笛を預かってきてくれ」
ババアの笛でババアを呼べば、地上まで帰ることもできるだろう。
「笛ですか? わかりました」
エルザはそう言って、上空へ飛ぼうとするが、ある程度飛んだところで、その動きが止まった。
「どうした?」
「それが――これ以上、上に行けなくて」
「……やはりか。次元が異なるんだ。普通に飛んでいくのは無理だろう」
「お前、わかっていたのか?」
「予想をしていただけだ――確証はなかったが」
クロウリーはそう言って、再度草を食べる。
くそっ、ならばここで待つか?
ムラサメたちが俺たちの無事を祈って笛を落としてくれる……いや、笛がなければムラサメたちも地上に戻ることができない。そもそも、上空から落として笛が壊れない保障がない。
モルモルも一緒にいるんだ、するとしたら俺たちが自力で脱出するのを待つことくらい。
タイムリミットは少ない。
「君は、まだ諦めていないのか? ここからの脱出を?」
「勿論だ。俺はやらなければいけないことがあるっ!」
アドミラの胸をもっと揉みたいし、ムラサメと悪代官遊びもしたい。それに、ミミコがもっと有名なアイドルになってくれたらアイドル枕営業ごっこもしないといけない。それに――
と俺はシエルを見た。
このバカで間抜けで不幸の権化な、やっぱりバカ女を、もっとセクハラのしがいのある一人前のダンジョンフェアリーとして育てないといけないからな。
「こうなったら、伸縮スキルを使ってゴムのように飛ぶ――いや、それでも限度があるか」
「……仕方ない。タード、君にここからの脱出方法を教える」
クロウリーが考える俺にそう言った。
どういう風の吹き回しだ?
「交換条件にシエルを寄越せって言っても断るぞ?」
「そんなことはしないさ。僕はここでエルザと二人で生きていくことにしたからね」
クロウリーはそう言って、エルザを見つめたのだった。




