その提案、リスキーにつき・2
エルザをシエルに憑りつかせる。
彼女が言うには、それでシエルは一時的に魔法を使えるようになるらしい――というより、エルザを魔力代わりに使って魔法を使えるらしい。
だが、それには問題がひとつある。
「そのままエルザがシエルの体を乗っ取らないという確証がないんだよな。エルザが憑りついた場合、体の主導権はどっちに物になるんだ?」
「えっと、恐らく私の物になると思います。人形などには憑りついたことがあるのですが、生きている人に憑りつくのははじめてのことなので」
申し訳なさそうにエルザが言った。
初めての憑りつきか。余計にリスクが増したな。そもそも、シエルが何か食べればいいだけの話なんだよな。
「シエル、お前、俺の体を食べるっていうのはどうだ? 触手一本くらいなら食べていいぞ。お前はベビースライムアレルギーだけど、スライムアレルギーじゃないだろ?」
「それは最初に考えたんだけど、ベビースライムと違って、スライムってすごく不味いのよ。なんていうか、そうね。味のなくなったガムを食べているような。それでいて、なかなか噛み切れないのよ。まるで味のない紙を食べているみたいなそんな感じ……ううん、まだ紙の方が栄養価があるわ」
……ベビースライムを食料にするという話はよく聞くけど、スライムを食料にするという話は俺も一度も聞いたことがないな。
「熱で溶かしたスライムに果汁を加えて味をつけたスライムガムっていうお菓子ならあたしも知ってるけどね。でも、シエルの言う通り、スライムに栄養価はほとんどないはずだよ」
とアドミラが追加情報を俺に教える。
なんだ、俺って煮ても焼いても食えないのか。
「私、シエル様の体を乗っ取ったりしません。必ず、体をお返しします」
と言われてもなぁ。寸借詐欺の常習犯だって、必ず金は返すっていうものだ。
「……ねぇ、エルザ。私の体に憑りついた場合、私の魔法って使えるの?」
「はい。心までは読むことはできませんが、修得した技術、スキル、魔法などは全て使えます」
「そう、それならよかったわ。転移魔法ってちょっと複雑だから心配だったのよね」
シエルは俺を見て、歯を見せて笑った。
「タード。私、エルザのことを信じるわ」
「……いいのか? エルザが裏切って、転移した先がクロウリーとその仲間のいる場所のど真ん中――とかになったらお前を庇って逃げられないぞ」
「本当にタードはバカね。わからないの? タードが今言ったようなことをするような女の子を、あのクロウリーがここまで必死になって助けようだなんて絶対に思わないわよ」
とそう言うと、シエルはエルザに手を差し出す。
それを見て、俺もため息をついて、もうシエルに任せることにした。アドミラも見守るらしい。
モルモルは、
「タード様が、シエル様を選んだ理由がわかる気がします」
と淡々と言った。
「勘違いするな。俺がシエルを選んだことなんて一度もないぞ」
なんで俺がシエルを選んだことになってるんだ? 逆だ、逆。シエルが俺を選んだんだ。なんで俺が好き好んでこんな貧乳幼児体形ダンジョンフェアリーを選ばないといけないんだ。
言っておくが、リッシュ、シルエッタ、ニキティス、シエルの四人の中ではシエルが一番ハズレだと俺は思っているくらいだからな。
お金を銀行に預ければ銀行は倒産するし、町に出かければ行方不明になるし、ダンジョンボスとして派遣されたらそのまま誘拐される。運が悪いとか以前の問題だと思う。
でも、まぁこんなバカの上司としてダンジョンを経営できる魔物は俺くらいしかいないだろうとも思っているので、嫌々ながら面倒を見てやっているだけだ。
俺とモルモルのやり取りが耳に届いていないのか、シエルは笑顔でエルザの手を掴んで向かい合った。
そして、ふたりはそれぞれ目を閉じて、額と額とを触れ合わせる。
すると――ふたりの体が発光した。
その光が止んだと思ったら、エルザの姿が無くなっていた。
そして、シエルは目をぱちくりとさせて、自分の手の平を見ている。
「お前がエルザなのか?」
と俺が尋ねると、シエルは口をパクパクさせている。
どうした? 陸に上がった魚みたいになっているが。
「…………あ、すみません。口で喋るのがはじめてなことでして」
とシエルが焦りながら頭を何度も下げた。どうやら憑りつくことには成功したらしい。
「霊体の時は口を開けてはいましたが、実際は念話のようなものを飛ばして話していましたから」
「あぁ、その感覚は俺と逆だな。俺も口を開けてはいるが、実際は体全体で話しているようなものだし」
最初にスライムとして召喚された時はまともにしゃべることもできなければ、目を開けることもできなかったからな。
「それに、耳で音を聞くのもはじめてで」
「それも俺とは逆だな。俺には耳そのものがないし」
「お互い変な体ですね」
「お互い変な体だな」
と俺とエルザは笑いあった。
その後も、エルザ(体はシエル)は自分が憑りついている体を確かめるように、手をグーやパーにしてみたり、少し歩いてみたりする。
スキルや魔法も使えると言っていたから予想はしていたが、初めての肉体に驚いて転ぶこともなく、普通に歩いている。
「なんか変なところで共感してるな」
アドミラが苦笑し、そしてエルザに尋ねた。
「それで、転移魔法は使えそうかい?」
その質問に、エルザはコメカミに指を当て、
「あぁ、確かにシエル様が仰っていた通りかなり複雑な魔法ですね。こんな魔法を使えるなんて、シエル様は天才です」
とエルザがシエルのことをべた褒めするが、見ている身とすれば、自画自賛しているようにしか見えない。
「タード様。もう転移陣を開きますか?」
「そうだな。頼む、城門の近くに通じる場所の、物陰に転移扉を開いてくれ! そこから走って町の広場近くまで出たら再度転移扉を作る」
とタードが言った。
エルザが頷き、
「転移扉!」
と唱えた。
すると、目の前に扉が現れたので、俺を先頭に扉を潜った。
「……誰もいない?」
妙だな。誰か待ち受けているくらい警戒していのだが、魔物の気配がまるでない。
俺、エルザ、アドミラ、モルモル、ペスの五人が城壁の内側に出たところで、扉が消えた。
ここから、一度、城全体を囲っている結界の外に出て、ムラサメたちが待っている屋敷に行くとする。
「ペス、お前は先に出口付近に行って、退路の確保を頼む。もしかしたらそこに敵がいるかもしれない。あんな狭い場所で挟み撃ちになればこっちはひとたまりもないが、お前の足があれば挟まれることはないだろ」
「……かしこまりました」
ペスは了承し、走っていった。




