そのダンジョン、冥界の狭間につき・2
町の中を俺たちは歩く。
「モルモル、敵探知を使えるか?」
「はい」
と頷くと、モルモルはゆっくりと屈み地面に手を置いて呪文を淡々と唱える。
「敵探知」
雰囲気で叫んでいたシエルと違い、淡々とした口調で彼女が魔法を唱えた。
「どうだ?」
「……城の中には結界が張られているらしく、中の様子はわかりません。そして、既に囲まれています」
「それは予想していた」
さっきからムラサメとペスが剣を抜いて左右に分かれて警戒していたからな。
「ゾンビ132、スケルトン256です」
「そりゃ出迎えにしてはかなりの人数じゃないか。VIP待遇だな。アドミラ、お前は魔力を温存しろ」
「あぁ、わかったよ」
アドミラが頷く。魔法を放つには魔力が必要になる。先程、地上で土人形たちに広範囲の魔法を使っているアドミラは今回は休ませることにした。
「モルモル、光属性の補助魔法があればペスの剣にかけてやってくれ。あと速度上昇の補助魔法を」
ムラサメのカタナは呪われているから光属性の魔法とは相性が悪い。というか、かけても弾かれてしまう。
あと、ムラサメの本体はカタナのため、速度上昇や腕力上昇のような身体機能を高める補助魔法も効果がない。
「命令とあれば従いますが、それはなさらないほうがよろしいかと」
「は? なんでだ?」
「バヴァールナール様の冥界王の護符の効果は素晴らしいですが、他の補助魔法との親和性はあまりよくありません。剣への属性付与ならば構いませんが、肉体への補助魔法にはリスクが伴います。制限時間の二十四時間が大幅に削られる可能性もありますし、下手をすれば冥界の瘴気を跳ね返す力が弱まり魂に影響をもたらす危険性も孕みます」
「そうか。まぁ、ペスやムラサメならば雑魚不死生物に後れを取ることはないだろう」
と俺が言った時だった。周りの店や民家の扉が開き、中からスケルトンやゾンビたちが現れる。
大きいのや中くらいのや、いろんな服を着たり鎧を着ているゾンビにスケルトンたちを見て、
「うぅ、鼻が曲がりそうです」
臭いに敏感なペスが涙目で言った。嗅覚が良すぎるのも大変だな。逆に嗅覚を全く持たないムラサメは余裕そうだ。
そして、剣を持ったスケルトンと素手のゾンビが俺たちに襲い掛かる。
俺たちの中で最初に動いたのはムラサメだった。ムラサメは自分の本体ではなく、マヤカシで作られたカタナを抜いた。
すると、カタナが五メートルくらいに伸びた。
「ムラサメ、大丈夫なのかっ!?」
かつてムラサメは地竜と戦うとき、カタナの形状を大きく変えて戦った結果、大きな後遺症を残し、数週間の間子供の姿――ロリサメとして過ごす羽目になった。
「平気です。この程度なら問題ありません」
とムラサメはそう言うとカタナでスケルトンたちの胴を薙ぎ払った。次から次に瓦解していくスケルトンたち。
ムラサメの方は心配無さそうだ。問題なのはペスのほうか。
ゾンビたちの臭いのせいで動きが悪い。
「強風っ!」
魔法を唱えたのは、モルモルだった。
強風を巻き起こす魔法を唱えた。
「モルモル、攻撃をしても平気なのか?」
「これは攻撃ではありません。ただの強い風ですから」
あぁ、確かに攻撃魔法でも攻撃として使わなければ問題ないんだよな。
不死生物に対して効果の強い光球の魔法も、シエルは普段から照明代わりに使っているから。
でも、何故強風なんだ?
「そんなものなんのため――あぁ、そういうことか」
と俺は納得した。
ペスの動きが先ほどと違い、明らかによくなった。
風で臭いを吹き飛ばしているのだ。しかも、必ずペスの位置が風上になるように風の動きをコントロールしている。
モルモルの奴、攻撃魔法が苦手みたいなことを言っていたくせにしっかり使いこなしているじゃないか。
敵の数は目に見えてその数を減らしていっている。
これなら余裕そうだと思ったのだが――
「何っ!?」
倒したはずのスケルトン、ゾンビたちの体が再生をはじめ、再び俺たちに迫ってきた。
どういうことだ?
「この空間が不死生物にとって特別な場所なのではないでしょうか?」
「つまり、ここで戦う限り敵は倒れないってことか――モルモル、敵がいない安全な場所はどこかにあるか!?」
「はい、案内しますっ! 土壁」
とモルモルが一メートルくらいの土の壁を二枚作り、魔物たちとの間に隔たりを作った。
ただし、土の壁は外から攻撃がくわえられ、早くも罅が入り始めている。
「行くぞ、走れっ!」
そして、俺たちはモルモルを先頭に大きな屋敷のような場所に辿り着いた。
モルモルが扉を開けた瞬間、俺たちは思わず身構えたが――
「これは、ただの白骨遺体か」
スケルトンだと思ったが、そうではなく普通の人骨だった。
「紛らわしい」
と、俺は触手でその人骨を薙ぎ払うと、カタカタと音を立ててバラバラになった。
そして、最後にペスが屋敷に入ってきて、扉に鍵をかけ、さらにテーブルでバリケードを作った。さらに窓の場所にも棚を動かして塞いだ。これで暫く持てばいいのだが。
どうやら、ここは交易商の店だったらしく、棚には数々の賞状の類が飾られていた。
「にしても、あの不死生物たち、一体何なんだ? クロウリーの配下の魔物なのは予想がつくが……もしかして」
「あぁ、たぶん元々この町の住人だった奴らだろうな」
とアドミラが忌々し気に吐き捨てた。
普通、スポーンから生まれる魔物は大きさがほぼ同じ状態で生まれる。しかし、先ほどのゾンビもスケルトンも大きさや服装には個体差があった。死んだ人間の中で、剣を扱える人間はスケルトン、扱えない人間はゾンビとして利用したのだろう。
問題は、倒しても再生する奴らの対処だ。
無視して走り抜けるには敵の数が多すぎるし、囲まれた時、アドミラやミミコの身が危うい。
「ねぇ、タードちゃん。なんでこの人死んだのかな?」
とミミコが人骨を見て不思議そうに尋ねた。
「そりゃ、こんな場所にいたら死ぬだろ……ん?」
と俺はふと疑問に思った。
もしかして――
「アドミラ、モルモル、この店に食べ物の類がないか調べてくれ」
「どうした? 腹でも減ったのか?」
とアドミラが尋ねるが、俺の目が真剣だったことに気付いたのか、
「わかった。すぐに調べるよ」
と店の裏に回った。
そして、すぐに戻ってきた。
「食料の類は全く残っていなかったよ」
「水を生み出す魔道具がありましたが、魔石が見当たりません」
アドミラは空になった穀物が入っていたであろう袋を、モルモルは水を生み出す魔道具を持って戻ってきた。
やはり、この男の死因は栄養失調か。骨もだいぶやせ細っていたから、もしやと思ったが。
ということは、この男は町がこんな状態になってから、少なくとも何日間かは生きていたことになる。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
「この屋敷をもっと探すぞ」




