その島、調査中につき・3
慰謝料の交渉は後程するということで、俺は“土いじり”に話を聞くことにした。
「で、調査の方は進んでいるのか?」
「勿論、進んでいるよ」
「本当か? わかったことを洗いざらい教えろっ!」
「ああ、何も見つかっていないという調査結果が次々に出てきている。町があった痕跡どころか、人が住んでいた痕跡すらない」
つまり、なにもわかってないってことじゃないか。
ただ、“土いじり”が言うには、人が住むということはその地面の下にも何らかの痕跡は残るらしい。例えば生ごみを捨てるのにも穴を掘ったりするだろう。
だが、それが何もない。
ということは、この島には誰も住んでいないことになる。
たとえダンジョンが崩壊しても、ダンジョンとは関係のない生ごみの類が消えるとは思えないので、これは妙な話なのだとか。
「うむ。面倒な話になったが、我は帰るとしよう。報酬は後日いただく」
アストゥートはそう言うと、馬車に乗り込む。
「おい、待てよ! お前が帰ったら俺たちはどうやって町に戻ればいいんだ!?」
「そこにいる“土いじり”にでも混沌迷宮に送ってもらえ。そうすれば貴様のダンジョンフェアリーの力で迷宮に戻れるだろう」
アストゥートがそう言うと、馬車の扉を閉じる。
そして、馬車はベエヤードに曳かれるように動き出し、空へと飛んでいった。
「アストゥートさん、変わりましたね」
ムラサメが遠ざかる馬車を見て小さく呟くように言った。
「あぁ、かなりバカになったな」
と俺はひねくれた口調で言った。
アストゥートに渡した報酬はミミコのライブチケット、そしてもうひとつの報酬の笛も俺たちが生きて帰らなければ渡すことができない。
勿論、俺の迷宮に帰る方法に関してもそうだ。
俺たちが死ぬなんて思っていないというより、これはアストゥートからの生きて帰れというメッセージなんだろうことくらい見て取れる。
吸血鬼のくせに牙が折れたような性格になりやがって。
勿論、それが全部俺たちを油断させる罠の可能性は零ではないのだけれども。
「さて、土いじりと言ったっけ。海の中は調べたのか?」
「海? 何言ってるの。海の中に町が沈んだとでも思ってるの?」
「ムラサメ、海の中を調べられるか?」
「はい。私は呼吸を必要としませんから。ご主人様、刀を預かっていただけますか? 私は刀からあまり離れることができませんので、海の上空に刀を持っていっていただけると助かります」
「ん、わかった」
俺は触手を伸ばし、刀を海面から五十センチほどの場所で止める。
と、これだけ触手を伸ばすとかなり辛いな。
「おい、アドミラ! 確か氷の魔法って水魔法の一種だよな? 使えるだろ?」
「正確には少し違うし、水魔法より少し多めに魔力は持っていかれるけど、使えないことはないよ」
「なら、海面の上に氷を作ってくれ」
「あぁ、わかった」
とアドミラは魔法の詠唱を唱え、
「氷の旋風!」
と唱えた。一瞬にして海面に氷が出来上がる。
海の水は真水より氷になりにくいって聞いたことがあるが、流石だな。
俺はもう一本触手を伸ばし、鞘からカタナを抜くと、氷にぶっ刺した。
「あの、ご主人様。あまり乱暴に扱わないでいただけると助かります」
「このくらい大丈夫だろ。自己修復機能もついてるんだし」
ムラサメの刀は少し壊れても簡単に修復する力がある。
錆びたとしてもすぐに元通りだ。
「いえ、そうなのですが、やはり冷たいといいますか」
「え? ムラサメって寒いとか暑いとかって感覚あるのか?」
「そうですね。恐らく人間とは違うと思いますが、骨が冷えている感覚でしょうか?」
「お前の体の中空洞で骨もなにもないだろ」
と言って見たが、その感覚はなんとなくわかる。
体の芯から冷える感じか。
「じゃあ、急いで調査にいってきてくれ」
「かしこまりました」
とムラサメは着物姿のまま、海の中に入っていく。
「一体、それで何がわかるって言うのさ」
“土いじり”がどこかつまらなさそうに俺に尋ねるが、俺にはこいつにはないある情報を持っているからな。
俺の予測が正しければ、きっと――
んー、でもただ待っているのも暇だな。
「ミミコ。俺に言われた通り、こっそりアストゥートの家から美味しそうな菓子とかパクってきたか?」
「うん。いっぱい貰ってきたよ」
とミミコが背中の宝箱から高そうなチョコレートの入った箱を取り出した。
やっぱり、あいつ子供の栄養管理とかに気を付けていると言いながら、甘やかすところではきっちり甘やかしていやがる。でないとあのロリっ娘どもの懐きようはありえないからな。
絶対に菓子があると踏んで、ミミコに漁らせていた。
「あんたたち、そんなことしていたのかい?」
アドミラが呆れたように言ってきた。
いや、他人の家で掃除を始めるお前よりはましだと思うが。
「アドミラは食べないのか?」
「……食べないとは言ってないだろ」
と言って、アドミラはチョコレートをひとつ摘んで口に食べた
「んー、うまいよ、これ」
とアドミラは本当に嬉しそうにいう。確かに美味いな。
一体、どこで売ってるんだろうか?
と思ってチョコレートが入っていた金属製の箱を見たけれど、小物入れとして使われる物で、店の物ではなかった。
もしかして、これって手作りか?
「それでは僕も――」
とペスがチョコレートに手を伸ばそうとするが、
「ペス、お前はダメだ。コボルトにチョコレートは毒だからな」
「そうなのですか!?」
「そうなのだ」
もっとも、それは犬の話であり、進化を果たしたペスがチョコレートを食べても毒になるとは思えないんだけどな。
確か、魔物学者の間でもコボルトにとってチョコレートが毒かどうか意見が分かれるところだったはずだし。
「だから、お前の分は俺が貰ってやる」
と俺は触手で氷が流されないようにカタナを握りながら、もう一本の触手を最後のチョコレートに伸ばして食べた……ん、最後?
確かチョコレートは六個入りで、二個が俺、あと三個がアドミラ、ミミコ、そしてしれっとモルモルまで食べている。
モルモルもあれで甘い食べ物が好きなのか。
そして、
「なんでお前まで食べてるんだよ、“土いじり”」
「いいだろ。僕に食べさせないのなら、アストゥートにタードがチョコレートを盗んだって言いつけるからね」
と言って、チョコを一口で食べた。
ちっ、三個くらい食べたかったのに。
「ミミコ。他に持ってきてないのか?」
「うんと、これならあるよ」
とミミコが取り出したのは、アストゥートご愛用の官能小説だった。
んなもん持ってきてやがったのか。あとで古本屋に売ってこよう。
そのあと、やることがないので俺たちは砂場で海を眺めてぼーっとしていた。
「……タードって、もしかして海水に入れたらナメクジみたいに溶けないかな」
“土いじり”がニヤニヤと笑いながら言ってきた。
「溶けねぇよ、海水程度の塩分濃度じゃな」
ナメクジが溶けるというのも体の水分が奪われているだけで、実際に溶けているわけではない。
そのあたり誤解しているバカって本当にどこにでもいるんだよな。
「え、ナメクジって塩をかけると溶けるのっ!!!!!!?」
……まぁ、うちにはナメクジに塩をかけるとどうなるかすら知らない馬鹿もいるんだけどな。
『!』マークを連打するな。そこまで驚くことじゃないだろ。
なんてバカなことを話していると、
「お待たせしました、ご主人様」
と急にムラサメが現れた。
そうか、海底のマヤカシを消して、俺の目の前に新たなマヤカシを生み出したのか。
「待ってろ。本体を抜くから」
俺は触手を伸ばしてカタナを抜こうとするが――ん? あれ、抜けないな。
「……よし、諦めるか」
「諦めないでください。私が抜いてきますから」
とマヤカシを再び消して、自分のカタナの前に再度マヤカシを生み出すと、自分の手でカタナを抜いた。
そして、カタナをこちらに向かって放り投げる。
って抜身のままでカタナを投げるな。
そのカタナはまっすぐ“土いじり”の方に飛んでいき、彼女の目の前に現れたムラサメによって寸でのところで受け止められた。
「きゃっ」
あまりのことに、土いじりがその場に尻餅をついた。
「おぉ、可愛い声で悲鳴あげるじゃねぇか。もっと鳴いてみるか?」
「タード、そこまでいくとただの変態に聞こえるよ」
「自覚はあるから問題ない」
とアドミラに返した。
「で、ムラサメ。海底はどうだった?」
「このあたりの海底を見て回りましたが、何もありませんでした」
ムラサメが述べた。
「ほら、なにもあるわけないじゃないか。無駄な時間を過ごしたよ」
「本当になにもなかったんだな?」
「はい。正確には枯れた草などが残っていましたが、ほとんど何も……しかし、離れた場所には海草がたくさん生えていました」
「俺の予想通りだな」
「予想通りって何をいってるのさ」
土いじりの奴、まだわからないのか?
俺は彼女の目の部分に触手を絡ませた。ただし、目の周りだけ隙間を開けて。
「うわ、何をするのさ」
超硬化で固める。そして――
「ムラサメ、“土いじり”を放り投げろ」
「はいっ!」
とムラサメが「やめろ、やめろよ」と暴れる“土いじり”を持ち上げて海へと放り投げた。
そして海の底に落ちた彼女がなかなか上がってこない。
「おい、タード。大丈夫かよ」
「大丈夫だ。その目で見ているんだろ、その異常を」
そのために簡易ゴーグルを俺の体で作ったんだからな。
暫くして土いじりが海面に顔を出すと、
「……ちっ」
と舌打ちをして陸にあがってきた。
「どうだった?」
「あぁ、綺麗に分かれていたよ。そして、タードの言いたいこともわかった。この島は、たぶん元々ここにあった島じゃないってことがね」
すみません。原稿やっと終わったので、毎日更新に戻ります。




