そのゴブリン、強情につき・1
この超硬化というスキルは俺の体の表面の一部、または全体を鋼よりも硬くすることができるというものだった。ムラサメも硬化した俺の体を斬ることができないと言ったほどだ。ちなみに、硬くなっている部分は鉄色に色が変わる。
ただ、これで完全無敵になったかと言われたらそうではなく、全体硬化だと三秒。部分で硬化を続けても一分程度しか硬くできず、一度解除してしまえば硬化の範囲、時間に関わらず三分間のインターバルを置かないといけない。
しかも、硬くなるのは表面だけなので、ハンマーなどで殴られた時の衝撃は体の内部にしっかりと伝わる。
そして一番厄介なことがひとつ。
硬化している部分の体が動かないということだ。つまり、全体硬化してしまえば身動きがまるで取れなくなる。
「あまり使えないスキルじゃないの?」
「そうでもないぞ。例えば触手の先端だけを硬くすれば、触手そのものは動くからリーチの長い鈍器になる。それに斬りかかられたときも部分的に守ればダメージはない。逆に弱点はハンマーだな。あれで殴られたら硬くなっていても体の内側にダメージが来るぞ。それにしても珍しいな。シエルが知らないスキルだなんて」
「教科書に載っているスキルは全部覚えてるのよ? 例えば硬化ってスキルはあって、それは体を鉄のように硬くするスキルなんだけど、鋼よりも硬いって本当なの?」
「ムラサメはかつて鋼を斬ったことがあるそうだからな。もしかしたらオリハルコンより硬いかもしれないぞ?」
「それはさすがにないでしょ。オリハルコンって言ったら神々の金属じゃない」
「そういえば、オリハルコンがポイントで交換できるのって知ってるか?」
「……うん、それは学校で習ったわ」
とシエルが遠い目になって呟いた。
まぁ、こいつがそんな目をするのもわかる。
オリハルコンを交換するのに必要なポイントは100万ポイント。しかも1グラムにつきだ。2キログラムの剣を作ろうと思えば20億ポイントは必要になる。
効率よくポイントを稼ぐ方法を考えないと、とてもではないが貯められる額ではない。
「何か裏技的な方法でポイントを貯められないか?」
「人間や魔物を捕まえて迷宮の中で飼い殺しにする方法は昔はよくつかわれていたそうだけど、今それをすると風鬼委員に攻められるから――正攻法だとダンジョンバトルトーナメントに優勝することかしら? 年に一回のグランドファイナルで優勝すれば一億ポイントを貰えるそうだし、相手のボスモンスターを倒せばその相手の持っている迷宮のポイントも財産も全部貰えるそうだし」
とシエルは笑顔で言ったかと思ったら、山の天気なみの速さで表情を変え、どんよりと落ち込んだ。
「そんな風に思っていた時代もありました」
「なんで俺を見てため息ついてるんだ?」
「別に? それで、これからどうするの?」
「とりあえずキラーアントたちには今、別の入り口への穴を掘ってもらってるから、それが終わったら地図作成。それまでにゴブリンの勧誘だな。まぁ、ムラサメがいるから余裕だろ」
「タード、わかってるの? 確かにムラサメひとりいればゴブリンの十匹や百匹いても平気だと思うけど、でも私たちの目的はあくまでも勧誘で、それはボスモンスターであるあなたがしないといけないのよ? スライムの部下になるくらいなら死んだ方がマシ――そう言われたの、忘れたんじゃないでしょうね?」
シエルがそう尋ねたが、俺は何も答えない。
俺が忘れた?
そんなわけない。あの時の屈辱、百倍にして返してやる。
とりあえず、村ひとつ潰す覚悟でやらせてもらうとするか。
ということで、俺とシエルとムラサメは、混沌迷宮のゴブリンの村に行くことにした。
村の場所はシエルの魔法、敵探知によってすぐに判明。
歩いて四十分の場所にあったので、俺はいつも通りムラサメの頭の上に乗って移動した。
「ご主人様、木の上から見られています」
ムラサメが不意に言った。俺も当然気付いていた。
シエルだけはそう言われ、前方に生えている複数の木を交互に見て、俺たちを見ている奴を探そうとしたが、
「斥候のゴブリンだろ――放っておけ」
と俺は吐いて捨てた。
「御意に」
俺が言うと、ムラサメは前に進む。
「ね、ねぇ、タード。その斥候のゴブリンだけでも先に仲間にしたら?」
「斥候にいるゴブリンは三匹いる。一匹倒して説得している間に残り二匹が村に走るかもしれない」
「でも、既にゴブリンには私たちが来たことはバレてるんでしょ? それなら――」
「斥候のゴブリンを戦って倒すということは、俺たちの強さを相手に見せることだ。そしてゴブリン数十匹がかりでも倒せない相手とわかると村を捨てて逃げるかもしれない。傍から見たら、俺たちはスライム一匹に美女ひとり、ちんちくりんひとりの変わったメンバーだからな、これだけだと警戒はしても村を捨てようとは思わんだろ――」
ついでに言えば、前回も直接戦わずに落とし穴でゴブリンを落とすだけだった。
もしも、あの時のゴブリンが少しでも知恵のまわるやつだったら、俺のことを大した実力はないと思っているはずだ。
ならば、なおさら村を捨てて逃げるなんてことはしないはず。
もっとも、そのゴブリンがさらに知恵のまわる奴だったら、俺みたいな人間――じゃなくてスライムがなんの作戦もなしに近付いてくることなどありえないことに気付きそうな気もするが――まぁ、所詮はゴブリンだ。
きっと俺たちを盛大にもてなしてくれるだろうさ。
「ムラサメ。ゴブリンをひとりも殺さずに気絶させることは可能か?」
「怪我をさせてもよろしいですか?」
「シエルが回復魔法で治療できる範囲なら好きにしろ――ひとりくらいなら殺しても構わない」
「それならば問題ありません」
「……タード、殺してもいいって――相手はこれから配下になって一緒に戦う仲間なのよ」
「だな。でも勧誘する時に相手を従わせるのなら、褒章よりも恐怖のほうが手っ取り早いだろ」
俺がそう言うと、シエルは何も言い返せない。
ただ、彼女の中の倫理に反しているようだ。そんなシエルを見て、ムラサメは笑顔で言った。
「シエルさん、安心してください。私ならば殺さずとも相手を恐怖に落としいてる術を心得ていますから」
「……うん」
ムラサメの言葉を聞いても、彼女の表情は暗いままだった。
本当にシエルは甘ったれだな。いや、俺が盗賊を皆殺しにすると言ってもシエルは今回ほど反対はしなかった。
きっと彼女の中では明確な線引きがあるのだろう。そして、その線引きの中ではすべてを割り切れる強さは持っている。だが、さっきの俺の提案はシエルの線引きのアウト側だったんだろうな。
(まぁ、その線引きが甘すぎるんだが)
俺の本当の作戦を聞いたら、きっとこいつとは喧嘩になるだろうな。
現在の課題 (クエスト)
・超硬化のスキルについて調べよう(complete)
・ダンジョンバトルの準備をしよう
・今度こそゴブリンを勧誘しよう
・500ポイントを使ってタードを強化しよう
・盗賊を四日以内に皆殺しにしよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




