その強化、鍛練不要につき
迷宮に戻った俺は、こいつをどうすればいいかと考えていた。
「おおい、シエル。戻ってこいよ……ダメだこれは」
町の中では転移魔法が使えないそうなので、なんとか町の外にシエルを連れ出して転移魔法を使って迷宮に戻って来られたけれども、それでもシエルは本調子とは言えない。
「というかこれは――」
「気持ち悪い……ですか?」
「あぁ。武器屋に先に行ってよかったよ。こんな奴と長時間一緒にいたらこっちまでおかしく思われる」
と散々悪口を言っているにもかかわらず、シエルの顔はとてもにやけていた。
そんなに日替わり定食を食べることができたのがうれしかったのだろうか?
白パンと肉団子の入ったスープ、肉野菜炒めという簡素な料理だったのに。
「ムラサメ、武器屋で買ったあれ、早速使わせてもらうぞ」
「はい、ご主人様。こちらをどうぞ」
そう言ってムラサメが俺に渡したのは長い一本の鞭だった。
俺はムラサメから貰った長い鞭を口で咥えると、それを振ってシエルの体に巻き付けた。
そして――
「ふいっひほん(スイッチオン)」
鞭を口に咥えたまま、そう言って触手でスイッチを押すと、
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
鞭から伝わる雷の力によりシエルが悲鳴をあげた。
が、二秒で効果が切れる。さすがは激安バーゲン商品だ。魔力を自動的に補給する自動充填機能があるが、一度使えば再度使用可能になるまで二日かかる。
これで値段は八千シール。
シエルが買うのを嫌がっていたが、罠を作る時などに便利そうなので買わせて貰った。
「何するのよっ!」
鞭から解放されたシエルが叫んだ。
「よぉ、目が覚めたか?」
「もう、人が幸せの絶頂で死んでもいいって思っているときに」
「死んでもいいのなら何されてもいいだろ」
「痛いのは嫌なのよ」
我儘な奴だな。
でも、これなら普通の人間なら数秒足止めすることができそうだ。
どう使うかはゆっくり考えればいいさ。
「で、シエル。残りの三百ポイントを使って俺たちの強化を行いたいと思う。ゴブリンを捕まえに行くためにな」
「俺たち? タードだけじゃないの?」
「俺の強化も行うけど、今回のダンジョンバトルはチーム戦――というか俺は表で戦うつもりはない。俺の頭の風船が割られたら負けなんだしな。どちらかと言えば、俺の強化はダンジョンバトルではなく、ゴブリンたちと戦うときに少しでも交渉しやすいようにするため。メインの強化はムラサメのほうだ。それと、シエル」
「私?」
「お前の補助魔法は俺には意味はないけど、ムラサメやゴブリンには使えるんだろ?」
「私も強化してくれるの?」
「当然だ――今のままだとお前、使えないバカだからな」
「誰が使えないバカよっ! タードが変なスキル持っていなかったら私は大活躍だったのにっ!」
「へいへい、そういうことにしておいてやるよ――さて『起動』」
と俺はそう言うと、壁にスクリーンを展開させ、魔物管理一覧を触った。
「まずはシエルからだな」
「え? 私から? いいの?」
「ああ。実験台だ」
「その言い方やめて」
とシエルが文句を言ったが、無視する。
そして、シエルの名前を触り、その強さを表示させた。
今度はその左側に魔物強化という項目があるのでそれを選択。前はそんな表示はなかった。100ポイント貯まったことで表示されるようになったのだろう。
「えっと何々、魔力強化100ポイント、筋力強化100ポイント……結構無難なものが多いな……よし、これにするか」
と俺はその項目を見て迷わずシエルの強化項目を相談もなく決めた。
【バストアップ(一センチ):100ポイント】
ポイントが100ポイント消費される。
「ちょっと、タード! 何勝手に決めてるのよっ! ありがとうっ!」
「ありがとうって言われても、あんまり変わってないように見えるけど」
「まぁ、一センチだけですから」
ムラサメが冷静に言った。
それならもうちょっと大きくするか――と思ったが、
【バストアップ(一センチ):1000ポイント(ポイント不足)】
となっていた。他の項目に必要なポイントは変わっていない。
「同じ項目を連続してあげるときはポイントの消費量が上がるのか――これは覚えておかないといけないな。じゃあムラサメの胸も大きくするか」
「いえ、私はこれ以上大きくすると着物が着辛くなりますので。今でも少しきついくらいですし」
「あぁ、ムラサメはそう言えばかなり着やせするタイプだったもんな」
俺は思い出すように言うと、
「え? なんでタードがそんなこと知ってるの?」
「ん? そりゃお前が寝ている時――まぁいろいろだ」
「変態っ!」
とシエルが怒鳴ってそっぽを向いた。
まぁ、シエルの勘違い等ではなく、実際に変態行為をしているのでそう言われても仕方ないな。でも、俺がムラサメを配下に加えて何もしていないって思うお前の考え方がお子様すぎる気もするが。
「あれ? バストアップがない……あ、そうか。ムラサメは女の子じゃなくてカタナが本体だから項目がいろいろと違うのか……ん?」
と一番下の項目にそれがあった。
【狂化(呪い)の解呪:10万ポイント(ポイント不足)】
ムラサメは呪われている。
その解呪法がわかったわけか。
まぁ、ポイントが全然足りないわけだが。
「…………」
ムラサメはその項目を見て固まっている。彼女もわかっている。10万ポイントというポイントがいかに高いかを。そして、実際に10万ポイントあったとしても、自分の呪いの解呪のために、そう簡単に俺が使うわけがないということを。
「盗賊退治が終わったら、たまにでいいから迷宮の外で魔物を狩ってきて迷宮の中で殺せ。得られたポイントの一割くらいはお前の小遣いにしてやるよ」
「ありがとうございます、ご主人様」
ムラサメは俺の言葉を聞いて俺にそう礼を告げた。
「え? そこってお礼をいうところなの? 九割ピンハネされてるけど」
「いいんだよ。そうだな、ムラサメは耐久度強化でいいか? カタナって折れやすいって聞いたことあるし。自己修復機能があってもすぐに直るわけじゃないから、刃こぼれとかしにくいほうがいいだろ」
「はい、ありがとうございます。ご主人様」
ムラサメもそれでいいと言ったので、彼女の耐久度を強化した。
すると、
【耐久度強化:110ポイント】
と項目が変化した。どうやらすべての強化項目が二度目以降十倍になるわけではないらしい。最後に俺の番か。
ってあれ?
「なんか俺の――凄いざっくりしてね?」
「ざっくりしてるわね」
「ざっくりしています」
俺の問いに、シエル、ムラサメも頷いた。
だって、俺の項目、一個しかないんだから。
【強化:100ポイント】
まぁ、これしかないのならこれでいいか。
と選択。すると、
【強化:500ポイント(ポイントが不足しています)】
となっていた。ダンジョンバトルまでの強化は無理っぽいな。
「どう? タード、変化はある?」
「……触手を伸ばす距離が少し伸びた……かな」
触手の伸びる距離が六メートルくらいにまで増えている。
が、それ以外の変化は見当たらない。
と思ったが、実はものすごい変化が俺を襲っていた。
それに気づいたのは俺の管理画面を見た時だった。
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名前:バス・タード
種族:スライム
年齢:十五日
状態:契約(パートナー:シエル・フワンフワン・シャイン)
スキル:触手2 溶解液1 自己再生1
特殊スキル:魔法無効・超硬化
称号:元人間・ボスモンスター
備考:前世の知識と記憶一部有
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特殊スキルに超硬化という項目が表示されていたのだ。
もしかして、俺ってとうとう魔法だけでなくて物理攻撃も無効になった……とか?
現在のポイント32ポイント
現在の課題 (クエスト)
・100ポイントを使ってタードを強化しよう(complete)
・500ポイントを使ってタードを強化しよう(new)
・超硬化のスキルについて調べよう(new)
・ダンジョンバトルの準備をしよう
・今度こそゴブリンを勧誘しよう
・盗賊を四日以内に皆殺しにしよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう
・シエルの胸のサイズを大きくしよう(new)
タード「こら、シエル! 勝手にクエスト追記するな!」
シエル「だ……だって」




