その待遇、問題なしにつき・1
今回はシエルの話、3人称です。
「ここが、その先輩のダンジョンフェアリーが住むはずだったダンジョンなのですか? ほとんど完成しているように見えるのですけど」
そこは、周りが海に囲まれた島だった。
そして、その島の中心にあるのが立派な居城であり、その城の周りには町もあった。
ただし、誰も住んでいないし、気配もしない。
シエルはてっきり、自分のように何もない小部屋から始まるのだと思っていた。
(まぁ、リッシュだって遺跡からはじめてたし、無人の城からはじめる可能性はあるんだろうけど)
とシエルは改めて周囲の建物を確認する。
(普通、土地の狭い島がこれほどまでに栄えるとしたら、交易の拠点となっていて、かつ漁業も盛んになっているはず。逆に魔物という外的の数は少ないから、自然と剣などを扱う店は少なくなるはずなのに、この島はおかしい)
交易所は確かにあるが、巨大な倉庫というものはなく、せいぜいが自分の店で扱うものを置く程度。それに魚屋と同じくらい肉を扱う店もあり、そして武器屋も多い。
この特徴に鑑みると、この町はかつてダンジョンがあったと推測できる。
そして、ダンジョンが崩壊し、町は捨てられた。そう思えばわかりやすい。それならば、魔物の肉を扱う肉屋が多いのも、魔物と戦うための武器屋があるのも納得だ。
だが、ダンジョンが崩壊すればダンジョン領域であるはずの町が無事だ。否、この町がすべてダンジョン領域であったと推定するのなら、島全体が沈んでいても不思議ではない。
町が無事どころか、ダンジョン候補であるあの居城そのものがこうして今もなお築城されているところを見ると、
(やっぱり私の勘違いかな)
とシエルは思い至った。
元々ここがダンジョンだったという証拠は何一つない。すべて状況証拠に過ぎない。
「あの、ソルベ様?」
シエルの質問に何も答えようとしないソルベを見て、不審に思ったのかその名を呼んだところ、
「おっと、失礼しました。そうですね、私も詳しいことはわかりません。私の本職はダンジョン戦の管理者であって、ダンジョンフェアリーやダンジョンそのものを管理しているわけではありませんから。詳しくはあちらの方に聞いてください」
とソルベが手を出す方向から、ひとりの男が近づいてきた。
黒色の髪に白い肌、そして茶色い瞳の優男。
彼はソルベと似たような執事服を身にまとい、シエルに近付くと、彼女の手前で下を向いて片膝を折る。
「お待ちしておりました、我がボス。あなた様をお迎えに上がりました。私がダンジョンフェアリーのクロウリーです。以後お見知りおきを」
「シエル・フワンフワン・シャインです。あ、あの、私、まだクロウリーさんのダンジョンのボスになると決めたわけでは――」
「それでもあなたはここに来られた。一週間ここにいるという話を受けて。それでしたら、一週間、たとえ仮初の存在でもあなたは私のボスであり、仕えるべき主君なのです」
「それはそうかもしれませんが――でも、クロウリーさんのほうが私の先輩ですし――」
とシエルは遠慮がちに言った。
「話は伺っております。なんでもダンジョン学園を首席で卒業なさった、とても優秀な方だとか。しかも攻撃魔法まで習得なさっている。そのあなたの実力、確かにダンジョンフェアリーとしても申し分はないでしょうが、しかし、ダンジョンボスとしても十分に、いえ、それ以上に発揮できる実力の持ち主だと信じております」
「そ、それほどのことじゃないですよ」
ここまで褒められたことなどあまりないシエルは、頬を紅潮させて俯きながらいった。
「それでは、食事の準備をいたしますので、こちらにいらしてください」
「え、えぇ」
「よろしければソルベ様もご一緒にいかがですか?」
「残念ですが、仕事が立て込んでいますので、私はこれで失礼いたします。また一週間後にこちらに参りますので、シエル様はそれまでにご決断をお願いいたしますね」
と言うと、ソルベは転移扉を作って混沌の町へと去っていく。
残されたクロウリーとシエルは、無人の町を進んで居城へと向かった。
「あの、この町はいったいどういう町だったんですか? 誰もいないみたいですけど」
「元々はダンジョンがあったみたいですね。城の中庭にその入り口らしきものを見つけましたが、厳重な鍵がかかっていて入ることができません。中に入ることができれば、どうして町や城が無事なのかそのヒントがわかるかも……と思っていたのですが。シエル様がダンジョンボスになられた暁には、おそらくその鍵を外すことも可能なのでしょう……っと」
とクロウリーは己の失言に気付いたように口を閉じ、
「今の発言はプレッシャーになりますね。私はシエル様の意思を尊重いたします。一週間ありますので、ゆっくりとお考えください」
「ありがとうございます」
いい人だなと、シエルは思った。
勿論、それが自分と契約させるための方便である可能性は考えていた。
召喚したダンジョンボスと契約が結べなかったダンジョンフェアリーは十年間の休眠状態に陥るからだ。そのため、ダンジョンフェアリーはあの手、この手を使って召喚した魔物と契約を結ぼうとする。
二人は城の門を潜り、二階へ続く階段を横目に、奥の食堂へと向かう。
途中、ガラス戸の向こうの中庭に、小さな祠のようなものが見えた。
「あそこがダンジョンの入り口です。昔はこの城に多くの兵や冒険者が出入りしていたのでしょうね」
とクロウリーは悠久の時を見ているかのように呟いた。
確かにそうだったのかもしれないとシエルも思う。そして、ふたりがたどり着いた食堂はアドミラのいた家と同じくらいの大きさの長机が置かれていて、白いテーブルクロスが敷かれている。
「それでは、食事の準備をしてきますのでこちらでお待ちください。シエル様は嫌いな食べ物とかございませんか?」
「ベビースライムがアレルギーなんです――あの、もしかしてクロウリーさんがお作りに?」
「ええ、料理は私の仕事です」
「そんな! 私も手伝います」
「ダメです。ボスは厨房に入るべからずですよ」
「でも――」
「お待ちください」
その有無を言わせぬ態度に、シエルは結局根負けした。
「いい人なんだけど……だからこそ断りにくいなぁ」
ダンジョンボスの話を断ると申し出る機会を失ってしまった。
(どうせならタードみたいなダンジョンフェアリーだったら、何の躊躇もせずに断れるのに。もしかして、これも私の不幸のせいなのかなぁ)
シエルはそう思い、自分の主の姿を思い浮かべるのだった。




