そのコボルト、最後の砦につき・3
戦いの火蓋が切られた時、先に動いたのはカレイナの方だった。
彼女は魔女であるにもかかわらず、やはりこれまでのリザードマンエースたちとの闘い同様格闘スタイルでペスへと戦いを挑むようだ。
彼女の回し蹴りがペスへと放たれ、次の瞬間、ペスは大きく後方に吹き飛び壁に激突した。
「ちっ、やっぱり付け焼刃じゃダメなのか」
俺が舌打ちをし、悪態をついた。
だが、スクリーンに映っているカレイナが怪訝な表情になる。一体どういうことだ? 自分で蹴っておいてその顔は。
いや、待てよ? なんでペスは後ろに吹っ飛んだんだ?
カレイナの左脚を軸に右脚で放たれたその回し蹴りはペスの左脇腹に当たりそうになっていた。それなら吹き飛ぶとしたら真後ろではなく、当たった場所によるかもしれないがペス目線右の方向、もしくは右後ろに吹き飛ぶんじゃないか?
俺の咄嗟に思った疑問を、スクリーンでカレイナが尋ねた。
『なんですか、今の動きは――』
カレイナがペスを見て尋ねた。
吹き飛ばされ、壁に激突したはずのペスなのだが、痛みなど全く感じさせる様子はなく、自分の右脚、左脚の膝を交互に曲げてまるで自分の脚を確認するような行動をすると少し笑って言った。
『すみません、全力での回避運動ははじめてなもので――加減を間違えてしまいました』
ペスは笑って言った。
ったく、そういうことかよ。普通にバックステップで避けるつもりが、全力で跳んだら吹き飛ばされたようになったのか。
にしても、正直に答えすぎだろう。情報が洩れすぎだ。戦闘中の会話での駆け引きの仕方は今度俺がみっちり教えないといけないな。
『それでは、仕切り直しさせていただきます』
と叫ぶと、(自分の加減ミスで)吹き飛ばされた時以上のスピードでペスはカレイナとの距離を詰めると同時に剣を抜いた。
その直線的な攻撃に彼女は横へと回避しようとするが、
『スキル、空中蹴り』
とペスが呟くように言って足を動かすと、まるで見えない何かを蹴ったような不自然な体制になり、ペスの動き代わりカレイナの避けた方向に行く。
そして剣はカレイナの顔を捉えるかと思ったが、わずかにカレイナの回避が勝った。剣は彼女の頬を掠りこそすれど、虚空を打ち抜く。そして、そのミスは隙を作り出した。
カレイナの拳が剣の次に迫りくるペスの鳩尾を下から捉えた。天井へと吹き飛ばされ激突するペス――だが、鉄の剣の柄を掴むその手の力は弱まるどころかさらに強くなり、
『スキル、地衝剣』
と呟き、天井を蹴って一気に降下する。
その剣はカレイナではなく彼女の近くの地面に突き立てられた。と同時にペスを中心にまるで波紋のように地面が波打って広がっていき、その波がカレイナに迫る前に彼女は魔法で咄嗟に土の壁を作り出した。シエルがよく使う『土壁』という魔法だ。そして波が壁にぶつかると、壁は大きく揺れて瓦解した。
地衝剣は地面に剣を突き立てることで衝撃の波を作り出し、その波にぶつかった対象に振動を与えるスキルだが――できればダンジョンの中では使ってほしくないものだ。カレイナの生み出した土の壁が壊れただけでなく、シエルの魔法によりしっかりと強固なものになっているはずの壁にもわずかながら罅のようなものが入っている。壁の向こうに何かあるわけではないし、ダンジョン領域に設定している以上壁が砕けても落盤に繋がることはないのだが、それでも補修は後々必要になるからな。
だが、五十万ポイント近く費やしただけのことはある、はじめて戦闘でカレイナに魔法を使わせた。これは面白い戦いだ。
ペスが覚えたスキルは二十。そしてその全て、しっかり使いこなす練度はなくスキル名をわざわざ呟かないとしっかりと発動できない様子。
逆にカレイナは本来ならば詠唱を必要とする魔法を無詠唱で使い、魔法を発現させる。
正反対の戦い方をするふたりだが、その背には主人からの命令というふたつがついている。
この戦い、俺の期待通り長引きそうだ。
そして、長引けばこちらが有利となる。
現在、時刻は二日目の十一時。カレイナのダンジョン攻略開始から二十三時間が経過し、トールのダンジョン侵入まで残り一時間。
スクリーンを見ると、トールは太陽の位置と、懐中時計で時間を確認しながら、その時を待っていた。
(残念ながら、トール。お前にはダンジョンに入ってもらったらカレイナ以上に防ぎようがないからな。お前をダンジョンに入れるわけにはいかないんだよ)
俺はそう呟くと、スクリーンでそれを確認した。
思っていたよりも狭い範囲ではあるが、しかし十分な成果だ。
俺は最後に残しておいた五万ポイントを、そこに投入した。トールに関してはムラサメがうまくやってくれているのはそれだけでもよくわかる。
さて、ペス――本当にお前にすべてを賭けたぞ。
と思っていたが、カレイナの戦い方が変わってきた。
戦いに魔法を使うようになってきた。
格闘に加えて魔法の波状攻撃にペスは徐々にだが押されはじめている。
このままではまずい――そう思ったとき――
『ひゃぁぁぁぁぁっ!』
とスクリーンの向こうからバカな声がして、何かが落ちてきた。
『ぎゃぶ』
まるで踏みつぶされたカエルのような声をあげたその姿を見て、俺の緊張が一気に解れた。
「なんてところに現れているんだ、あのバカは――よく帰ってきたな」
地面に激突し、ぴくぴくと痙攣する彼女――シエルを見て俺は小さな笑みを零した。
現在の課題 (クエスト)
・カレイナを迎え討とう
・トールの動きを封じよう
・シエルを探そう(complete)
・勇者について調べよう
・10000ポイントを使ってタードを強化しよう
・エロいサキュバスを配下にしよう
・アドミラの胸を吸おう
・一年後の新人戦に備えよう
・冒険者を迎撃できるようになろう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




