そのお嬢様、自称ライバルにつき・1
シエルが魔法を唱えると、何もない壁に人ひとりが通れるくらいの穴が現れる。
その穴を通ると以前は草原に出たわけだが、今回は同じ草地の上でも目の前に巨大な門があった。高さ十メートルはあるかという巨大な鉄の門だ。
そこに、俺、ムラサメ、シエルの三人はしばし門を見た。
「立派な門だな」
俺はムラサメの頭の上でそう呟く。
「たまに巨大な魔物が中に入ったりするから大きめに設計しているのよ。逆にこの門を入れない魔物は中に入ることを許されないわ」
「この門より大きな魔物っていえば、一つ目巨人とか、それこそ本物の竜族くらいじゃないか?」
この門……俺なら一体何匹通れるだろうか?
そんなことを思いながらも門に近づく。
「ようこそ、混沌の町へ」
そう言って声をかけたひとりの男。手の甲のところに傷があり、その傷の下が石になっている……ゴーレムか。
「中に入らせてもらえないかしら?」
「構いませんよ。ですが、人型を取れない従魔は従魔証を着けてください」
と言って男は赤色のリボンのようなものを取り出す。
「俺は従魔じゃないぞ。こいつの主、ボスモンスターだ」
俺がそう言うと、男は平静な顔のまま、
「失礼しました。確認いたしますので少々お待ちください。確認しました。バス・タード様ですね。どうぞお通りください」
「どうやって調べたのかはわからないけど、まぁいいや。通してもらうよ」
門が自動的に開き、俺たちはそのまま町の中に入っていった。
そこに広がるのは煉瓦造りの建物が並ぶ街並みだった。奥には大きな城が見える。
「ここは城下町なのですか?」
ムラサメが城を見て尋ねた。それに対し、シエルは首を横に振る。
「あのお城に見えるのは、ダンジョン学園――学校よ」
「あぁ、シエルが卒業した学校か。そういえば、ムラサメ。東国の城は屋根の代わりに石の板を並べるって本当か?」
「瓦のことですね。その通りですよ」
「そして、カラテカと呼ばれる攻城兵が素手でその石の板を叩き割るというのも本当か? 達人になると一撃で十枚以上の石の板を割るとか」
「それは嘘ですね」
ムラサメが困ったような笑みを浮かべた。やっぱり嘘だったのか。
東国の文化はデマが多数飛び交っているから本当にわからないことが多い。
「タード、あそこでポイントをお金に換えましょ」
とシエルが指さしたのは、街に入ってすぐの建物だった。
大きな文字で、「1ポイント→51シール」と書いていて、51の数字の部分は入れ替えることができるようになっている。
どうやらポイントの相場は変動するようだが、51シールが安いのか高いのかは俺には判断できない。
「シエル、1ポイント51シールは安いのか?」
「昨年の平均相場は49シールだったから少し高い感じかしら。でも三年前は迷宮討伐隊が結成されて多くのダンジョンフェアリーが活動を自粛したから相場がぐんと上がってその時は1ポイント64シールが平均相場だったのよ」
「……全部覚えてるのか?」
「テストに出る可能性があったから」
シエルは当然のように言った。
記憶力には自信があるのか。
「何ポイント換金する? 1ポイント?」
「51シールで何をしろって言うんだよ。子供の小遣いじゃないんだから」
「私なら51シールあれば三日は生きていけるわよ」
「それはお前だけだ。というかお前は草を食べてるんだからお金が無くても生きていけるだろ。とりあえず200ポイント換金だな」
「そんなにっ!?」
「いいんだよ。金は腐るもんじゃねぇし、それに盗賊を皆殺しにできたら最低でも700ポイントは入ってくるんだから」
俺はそう言って、換金所に向かった。
「いらっしゃい――あら、かわいいお客さんね」
そう言って出迎えたのは三十歳前くらいの赤い髪の女だった。
頭に羊のような角が生えている――悪魔――サキュバスか。
うん、色っぽい。それに柔らかそうだ。やはり女はこうじゃなければな。
「あんたを一晩買いたい。いくらだ?」
「ちょっと、タード! 何を言ってるのよっ!」
シエルが怒鳴りつけた。
「おあいにく様。私はすでに売約済みなの」
と彼女は左手の細い指を俺に見せた。その薬指には翠色の宝石が嵌った指輪が輝いている。人妻か。
「じゃあ、その胸のテイスティングだけでもさせてもらえないか?」
「初回だから許してあげるけど、従業員へのセクハラ行為はこの店を出禁にするわよ。換金所はここしかないけどいいのかしら?」
「タード、お願いだから余計なことを言わないでね」
「……セクハラ禁止の店でサキュバスを置くって、どんな生殺しだよ」
「タードっ!」
俺が文句を言うと、シエルが窘めた。が、それを聞いてサキュバスは面白そうに笑った。
「そうね。でも、従業員は私だけじゃないの。私にセクハラ行為をしない客なら他の従業員にもセクハラはしないでしょ? うちの店は主人の意向で美人ぞろいが多いんだけど、初心な子も多いから私が試しているのよ。まぁ、あなたには怖いお目付け役がいるみたいだし心配ないかしら。それで、換金するの? しないの?」
「二百ポイントを頼む」
「ええ。わかったわ。それと、私の胸をテイスティングしたかったら、最低でも十万ポイントは用意してね」
とそのサキュバスは俺に囁きかけたのだった。
十万ポイント――約二千万シールってどれだけ自分に自信があるんだよ……いや、それでもあの胸はそれだけの価値があるのかもしれないな。
一万シール銀貨一枚をムラサメに、百シール銅貨二枚をシエルに持たせ、俺たちは町を歩いていた。
シエルがやけに周囲を警戒している。
そんなに友達に会うのが嫌なのだろうか?
そう思っていたら、
「全員、敵に見えてくるわ。私のお金を狙ってくる敵に」
どうやら銅貨二枚を守ろうと必死のようだ。シエルに銀貨を持たせなくてよかった。彼女が銀貨を受け取っていたら緊張で一歩も歩けなかったかもしれない。
でも、シエルから話は聞いていたとはいえ、混沌の町の通貨も人間の国と一緒なんだな。この貨幣は聖ヴァーチュ教会が発行している。いわば、迷宮にとって敵のお金も同然。
それを通貨として使うのはどうしてなんだ?
「シエル。少しは落ち着け。それで、この町の主な施設を教えてくれないか?」
「私も興味ありますね。武器の店などもあるのですか?」
と俺とムラサメが尋ねると、シエルは大きく深呼吸をした。
「……わかったわ。まず、私たちが主に使うことになると思う施設から紹介するわね。さっき行ったのが両替商。ポイントをお金に換えてくれるわ。次に買い取り屋。道具やお金をポイントで買い取ってくれる店よ」
「お金をポイントに換える――か。ちなみにいくらくらいなんだ?」
「両替商の一割増しくらいね。だから今なら56シール渡したら1ポイントに換えてくれるわ」
「結構手数料としては割高だな……」
「そうね。他にも魔物とかも買い取ってくれるわ。あとはオークション会場も覚えておいたほうがいいわね。十日に一度開催されるの。最もここで売られるのは道具類だけよ」
「ここで……って妙な言い方だな。つまり、裏のオークションがあるってことだな」
「ええ。裏オークションっていうのがあるの。魔物はもちろん、捕まえた人間なんかも売っているわ。正式に認められてはいないけれども、黙認されている状態よ。会場もオークション会場の地下に設けられていて入り口には看板もあるし」
「なるほどな――」
「あとは取引所。ダンジョンフェアリー同士で交渉をしたり募集をかけたりするの。これは建物じゃなくて広場にあるわ。掲示板も自由に使えるし」
なるほど。俺が行くべき場所は取引所か。
「最後に、今の私たちには関係ないけれど、ダンジョンバトル申請所ね」
「ダンジョンバトル?」
「ダンジョンフェアリーとそのボスモンスター同士、ルールを決めて戦うの。例えば、魔物五対五で戦って、勝ったほうに千ポイント支払う、とか。他にも攻撃側と防御側に分かれてダンジョンの外に転移ゲートを設置してダンジョンの攻略をさせるとか。練習試合の他にも公式試合もあって、優勝したら莫大な富が得られるものもあるのよ。まぁ、そういうのは遥か先輩のダンジョンフェアリーが参加していて勝ち目がないわ。私たちが参加できるとしたら、ダンジョン作成三年以内の新人フェアリーが出られる新人戦くらいね」
なるほどな。
「あの、武器屋は――」
とムラサメが言いかけたその時だった。
「あ、シエルちゃんだっ!」
「本当だ、シエルだ。生きてたよ」
と女の子たちの声が聞こえてきた。
そして、その時のシエルは、俺の頭の中に永久保存しておきたいくらい面白い顔をしていた。
現在の課題 (クエスト)
・混沌の町に行こう(complete)
・取引所へ行こう(new)
・武器屋へ行こう(new)
・盗賊の対処をしよう
・盗賊を四日以内に皆殺しにしよう
・100ポイントを使ってタードを強化しよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




