そのコボルト、最後の一匹につき・2
緑色の服を着た二本足の犬――コボルトが警戒して木の棒を構える様子を見て、俺はムラサメにゴブリン語は話せるかと尋ねた。
「(シエルさんほど流暢には話せませんが)」
「(十分だ。敵意がないことを伝えろ)」
俺も最近になってようやく少しは話せるようになってきたから交渉はなんとかできそうだ。
ムラサメは両手を挙げて、ゴブリン語で言った。
『私は敵じゃありません。その武器を収めてください』
ムラサメがゴブリン語を話したので一瞬棒を下ろしそうになったが、コボルトは首を横に振って思い直した。
『嘘だ。お前は人間だ。人間は僕たちを襲う』
まぁ、こんな状態なら仕方ないだろう。
俺はムラサメに自分が魔物であること、そして俺のことを伝えさせることにした。
『私も魔物です』
『嘘だ! お前はどう見ても人間だっ! あいつの仲間だっ!』
あいつの仲間――おそらくあいつとはこのコボルトの死体の山を作った者のことを言っているのだろう。
予想はしていたがやはり人間の仕業か。
『本当です、私の中には私のご主人様がいます――ご主人様、どうぞ』
とムラサメが口を開けたので、俺はそこからゆっくりと這い出た。
『――スライム?』
現れたのが俺で拍子抜けといった感じだな。
『なんだ、スライムだからって油断してるのか? 言っておくがお前よりは強いと思うぞ』
『スライムが喋ったっ!? ってふざけるなっ! スライムがコボルトより強いはずがないだろ』
と言ってきたので、手っ取り早く俺の実力をわからせるために俺は触手を木の幹に伸ばし、伸縮スキルを使って触手をゴム状にして加速。
超硬化を使って木に体当たりした。
強力な一撃を受けた木は大きな音と衝撃とともに大きく抉れ、そして奥へと倒れていった。
『これでわかっただろ――俺はお前を殺そうと思えばすぐに殺せる。これでも俺はダンジョンボスだからな。このムラサメもなかなかの手練れだ。だが安心しろ、俺たちはお前をどうこうするつもりはない。何があったか教えろ』
『わ、わかりました』
俺の実力を知り敬語になる小コボルト。よしよし、ゴブリンたちより話が通じるじゃないか。
『といっても、わかると思いますが、半日ほど前にひとりの人間に襲われました。鎧と剣を持った人間です。金色の髪でした。父と母は僕を庇うように覆いかぶさって死に、僕は気を失っていました』
情報としてはこの程度か。
わかると思うが、この世に金髪で鎧と剣を装備している人間などごまんといる。これだけで個人を特定することはできない。
『その男は何か言っていなかったか?』
『何か言っていたようですが……人間の言葉でしたので僕には何もわかりませんでした』
『思い出せるだけでもいい。単語だけでもいいから人間が何を言っていたか言ってみろ』
『えっと……【スリャム】【ダンゾン】という言葉は覚えていますが』
スリャムにダンゾン? なんだそれは。
「あの、もしかして【スライム】と【ダンジョン】と言ったのではないでしょうか?」
とムラサメが人間の言葉で俺に尋ねた。
「おいおい、いくらなんでもスライムにダンジョンって俺の配下だからって考えすぎ……いや、待てよ」
もしかしたらコボルトは俺の配下の魔物と勘違いされて襲われたのではないだろうか?
金色の髪で鎧と剣を持っていて、しかもスライムとダンジョンを結びつけることができる人間を俺はひとりだけ知っている。
『おい、小コボルト。その男の目を見たか?』
『ええ、あの目ははっきりと覚えています。まるで切り傷のように細く、開いているのかどうかわからない瞳でした』
やはりあの糸目の聖騎士か。
かつて教会の現金輸送の任務をしていた時、俺とムラサメを見つけて石を投げてきた化け物。
あの時、俺の姿はしっかりと見られている。そして、その近くにダンジョンがあることはもう知られているだろうから、スライムとダンジョンとを結びつけていても不思議ではない。
ちっ、今は町に戻るのはやめたほうがいいな。
半日前だとまだあのマギノ町に聖騎士がいる可能性が高い。下手に鉢合わせしたら厄介だ。
ムラサメの姿を多少弄ればばれない可能性もあるが、姿を変えてもムラサメの本体であるカタナは姿を変えられない。
あの瞬間にムラサメのカタナを見られた可能性は低いが、用心は必要だろう。
『ムラサメ、今日は野宿をするぞ。小コボルト、休めそうな場所に案内しろ』
『……わかりました。その代わりお願いがあります』
『いっちょまえに条件を出すつもりか。なんだ? 言ってみろ』
『僕をあなたの配下にしてください』
『何が目的だ?』
『復讐をしたいんです。ダンジョンボスの配下になって功績をあげたら魔物は特別な力を手に入れることができると亡き父より聞いたことがあります』
『くだらん。お前がその人間より強くなるのに何十年かかるかわからんし、そもそもそこまで強くなれる確約なんてできん』
が、と俺は笑った。
『だがいいぞ。仲間にしてやるし強くもしてやる。ただし俺の命令には絶対服従だ。そうだな、試しにお前の仲間たちの右耳を切って集めてこい』
『右耳を――ですか?』
『そうだ。それを売って金に換える。できないというのなら仲間にする話は無しだ』
『わ、わかりました』
『ナイフはあるのか?』
『族長が人間が捨てたナイフを研いで大事にしていましたから』
と小コボルトはひときわ大きなコボルトの懐から鈍く光るナイフを取り出し、かつての自分の仲間たちの犬のようなその耳を復讐を誓いながら切り落としていった。切れにくいナイフで一匹ずつ、確実に。
俺とムラサメはそれをただ黙って見ていた。
シエルがいたらおそらく小コボルトを止めて、それどころか魔法で穴を掘って耳も切らずに埋葬しただろうが、今の小コボルトに必要なのは優しさではないと俺は思った。
仲間の耳を切り落とす行為は己への業となる。その罪の意識は復讐を成し遂げるまで絶対に消えることはない。そして、復讐の意思は強さになる。
その後、一時間かけて耳を集めた小コボルトは肉体的、精神的な疲労からその場に倒れてしまう。
全く、仕方のないやつだ。
「だが、いい手駒が手に入った」
コボルトならミミコに合成させたら強い魔物になるかもしれないし、そして合成したとしても復讐心は核となり小コボルトの意思は消えることはないだろう。
いろいろと面白いことになりそうだ。
「復讐心は諸刃の剣となります。ご主人様、ご注意を――」
ムラサメが俺を諭すように言った。
「んなこと言われなくてもわかってるよ。ただ、シエルにも前から言っているが、俺たちは危ない橋を歩き続けていることには変わらない。たかがスライムがダンジョンボスになっている時点で安全な道を進もうと思ったらすぐに行き詰まるんだ」
間違いなくあの糸目の聖騎士は俺の迷宮を調べている。
その糸目への切り札として、この小コボルトがどう活躍するのか――それは俺にもわからない。
「期待を裏切るんじゃないぞ、犬畜生が――あっ!?」
と俺は思い出すように呟いた。
寝床に使えそうな場所を聞くのを忘れていた。
とりあえず俺は小コボルトを触手で叩いて無理やり起こすことにした。
現在の課題 (クエスト)
・生き残りのコボルトから情報を得よう(complete)
・マギノ町で情報を集めよう
・勇者について調べよう
・10000ポイントを使ってタードを強化しよう
・エロいサキュバスを配下にしよう
・アドミラの胸を吸おう
・一年後の新人戦に備えよう
・冒険者を迎撃できるようになろう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




