その盗賊、観察対象につき
「ご主人様、気持ちいいですか?」
「あぁ、気持ちいい。最高だ」
「そうですか、それはよかったです。ではもっと奥まで」
「あぁ、もうっ! 気が散るわねっ!」
俺とムラサメの憩いのひと時をシエルの怒声が壊した。
「そもそも、タード! あなた耳なんてないでしょ! なんで耳かきなんてしてもらってるのよ」
とシエルはムラサメが持つ綿棒を指さして言った。
綿棒は三十本一ポイントで購入した。
「雰囲気だよ――でもあれだよな。ムラサメの膝ってかなり硬いよな」
「申し訳ありません、なにぶん刀のマヤカシのものですから」
ちなみに、彼女が腰に差しているカタナが、本物の妖刀ムラサメだ。鞘はダンジョンのポイント五ポイントを使って手に入れた。
「綿棒に使うくらいなら、私にジャムコッペパン買ってよ」
「今日の見張りが終わったらな。盗賊たちの様子はどうだ?」
「別に。いつもの通り宴会しているわよ」
宴会……ね。俺も人間の頃は酒は吐くほど飲んだような気がするが、この体になってからは不思議と酒を飲みたいと思わなくなったからな。羨ましいとは思わない。
ムラサメが俺の配下に加わって一週間が過ぎた。
ダンジョン内の様子はスクリーンに映し出すことができるので、それからずっと盗賊たちの様子を見ていたわけだが、男だけを見るというのは苦痛で仕方ない。せめて女でも連れ込んで強姦でもしてくれたら見応えがあるのだが、今のところそれをする様子もない。ただし、盗賊のふたりで夜中にこっそりとごそごそしているのを目撃してしまったことはある。俺の人生において最も嫌なものを見た。
そのため、盗賊の監視はシエルに任せ、逐一報告させている。
「それにしてもラッキーだよな。盗賊のおかげで毎日ポイントが七十も貰えるんだから」
キラーアントも迷宮の拡大のために穴掘りを頑張ってくれているし、ダンジョン経営は順調だ。彼らがダンジョンの様子に気付く様子は今のところない。
「ご主人様、斬ったらダメなのですか?」
「盗賊はな。ベビースライムを毎日斬らせているからそれで我慢しろ」
キラーアントの餌となるベビースライムを最近、食べやすいようにムラサメが斬ってから提供している。
「ベビースライムは斬り応えがあまりありません」
「精神修行だ――耐えろ。シエルは斬るなよ」
「はい、ご主人様の命令は絶対ですから」
ムラサメはそう言って、俺の耳(?)を綿棒で撫でた。
さて、一応頭の中で盗賊についても考えておく。
盗賊は元傭兵の集まりらしい。そこそこ名の知れた一団だったらしいのだが、無能な将軍の指揮に従っていたら命がいくつあっても危ないと、命令無視をしたせいで上層部から目をつけられた。そのため、傭兵として生きていくのが難しくなり、盗賊となった。
本人たちはそう言っているが、実際のところはどうかはわからない。ただムラサメが言うには、
「剣の手入れがまるでなっていません。それだけでも彼らの実力の底が見えるというものです」
だそうだ。武器の立場からの意見だから説得力がある。
ちなみに、ムラサメは自動修復機能があるらしく、手入れ不要なのだとか。
そういえば、ムラサメの名前が魔物管理画面に追加されていた。
二匹のキラーアントは厳密には俺の配下ではないので、配下として初めて刻まれた名前だ。
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名前:ムラサメ
種族:妖刀
年齢:百七歳
状態:呪い・契約(主君:バス・タード)
スキル:狂化(呪い)・自己修復
特殊スキル:人傀儡具現化
称号:殺人刀
備考:製作者・ガロマツ
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ガロマツについて聞いてみたが、ムラサメは記憶にないそうだ。
と、話が逸れてしまったな。
盗賊たちを見たり話を聞いていてわかったことがいくつかある。
まず、盗賊たちのアジトのすぐそばに主要な街道があるらしく、常にひとり、街道を行きかう馬車等を見張っているらしい。
また、近くの町までの距離もわかった。馬を使って片道二日程度だ。
これは、盗賊が酒を仕入れるために馬に乗って出かけて四日後に帰ってきたことからわかった。遅いとも早いとも言わなかったので、やはり片道二日くらいかかるのだろう。
主要な街道なのに近くに町がないというのは少し妙な気がするが。
「ねぇ、タード。盗賊たちが妙なことを話しているわよ」
盗賊たちの会話に聞き耳を立てていたシエルが言った。
「妙なこと?」
「四日後のお昼頃に教会の馬車がこの近くの街道を通るから、公金を奪おうって計画を立てているみたい」
「教会の公金をっ!?」
おいおい、バカだろ、こいつら。
教会――特に指定のない場合は聖ヴァーチュ教会のことを示す。世界でももっとも大きい宗教組織だ。そのため、聖ヴァーチュ教会が運ぶ公金も莫大な金額になることも多々ある。だが、その金を狙う盗賊はほとんどいない。
なぜなら、その公金を運ぶ馬車には必ず聖騎士と呼ばれる護衛がついているのだから。聖騎士の逸話は数多くあり、ひとりで千人の盗賊団を倒しただとか、黄金竜を一パーティーで倒しただとかそういう話が数多く残っている。
とてもではないが、傭兵崩れの盗賊が敵う相手ではない。
何より厄介なのは、聖ヴァーチュ教会は迷宮の存在を良しと思っていないことだ。
つまり、聖騎士に見つかれば間違いなく俺たちの迷宮は潰される。
「くそっ、せっかくの金蔓、もといポイント蔓だと思っていたのに残念だ。四日以内に盗賊を皆殺しにしないといけなくなったようだな」
ただし、どうやって倒すか。
正攻法でいえば、ムラサメがひとりで乗り込んで、全員滅多切りにすることだ。他にもムラサメをカタナの状態で盗賊のアジトに放り込み、誰かに持たせてそいつを狂わせて殺してしまうという手もある。
だが、それも確実ではない。一応は聖騎士よりも強いと思っているような盗賊だ。万が一、失敗した場合、盗賊たちが迷宮の存在に気付く可能性がある。
そして、盗賊たちを殺そうとした俺たちもまた盗賊に狙われることになる。
「……保険は必要だな」
俺は頷くと、現在のポイントを確認した。
少しポイントを使ってしまったが、現在約500ポイント持っている。もともと俺自身を強化するために貯めていたのだが、今は無駄遣いはできない。
「シエル――教えろ。お前たちはどうやって情報交換している? お前、言ってたよな。ポイントで魔物を召喚することはできないが、他のダンジョンフェアリーから魔物を雇ったり貰ったりすることができるって。それってつまり、ダンジョンフェアリーは何か遠くにいるダンジョンフェアリーと話す手段があるってことだろ? それを教えろ」
「……でも」
シエルが何かを躊躇い、そして俺に教えようとしなかった。
こいつはバカだが頭はいい。この状況がどれほど悪いかわかっているはずだ。
「シエルっ!」
俺が怒鳴りつけると、シエルはようやく重い口を開いた。
「……混沌の町。混沌の迷宮にある町にダンジョンフェアリーが営む多くの店があるの。ポイントをお金に換えて買い物をしたり、傭兵を雇ったりすることもできるわ。他にも世界中のダンジョンフェアリーが集まるの」
「なるほど、それがお前が俺に黙っていた理由か」
俺は彼女がどうしてその説明をこれまで避けていたのか腑に落ちた。
そりゃ言えないよな。言えるわけない。
「学年首席で卒業した期待の星のお前が、まさかスライムをダンジョンボスにしてたかが盗賊相手にするのに右往左往しているだなんて、そりゃ知り合いにでも知られたら笑い種だもんなっ!」
俺が快活に笑って言うと、
「うわぁぁん、絶対タードはそういうと思ったわよ。だから言いたくなかったのよっ!」
と泣きながら叫んだのだった。
よし、じゃあ早速行くとしますか。
その混沌の町とやらへ。
現在の課題 (クエスト)
・ポイントを100ポイント貯めよう(complete)
・混沌の町に行こう(new)
・盗賊の対処をしよう
・盗賊を四日以内に皆殺しにしよう(new)
・100ポイントを使ってタードを強化しよう(new)
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




