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プロローグ

新連載です! よろしくお願いします!

 リラックス効果のある手作りアロマの香りが本棚と椅子しかない部屋に広がる。だが、その効果はいまいちのようだ。彼女は落ち着かない様子で、それでも気分を落ち着けようと本を必死に読む。時間を潰すために読んでいたボロボロの『ダンジョンフェアリー教本』の中身は全て頭の中に入っている。だが、いまは緊張のあまり自分が何を読んでいるのか頭に入っていかない。


「はぁ……ダメだ」


 と彼女は本を閉じて眼鏡を外し、そしてまたかけた。

 彼女の名前はシエル。

 見た目は十六歳前後、眼鏡をかけた黒髪ショートヘアの少女だ。本当の年齢は十八歳。そして、外見通りではないのは年齢だけではない。彼女は人間ではなく、ダンジョンフェアリーと呼ばれる精霊の一種だ。


「ダンジョン学園規則その一。ダンジョンフェアリーは清く正しくルールに則り行動しなくてはいけない」


 と言って、彼女は自分の服装を確認した。

 学校で支給された黒色のローブはところどころ繕った後があり、お世辞にも新品同様とは言えないが、それでも綺麗に洗濯されているのはわかる。被っていたケモノ耳のような突起のついた黒色の帽子。その突起の隙間に入った埃を取り、被りなおり、襟を正す。


 彼女はこの一連の動作をこの一時間で五回は行っていた。もう取る埃も全く残っていない。


「大丈夫、私はよくやったわ」


 と言い聞かせ、時間が来るのを待つ。

 彼女はこれから、ダンジョンを作るためのボス召喚を行う。ボス召喚を行ったら、ダンジョンフェアリーはそのボスモンスターに仕え、ダンジョンを成長させるという使命がある。


「大丈夫、私はよくやったわ」


 と再度同じことを言った。

 実際、彼女はダンジョンについて学ぶダンジョン学園において首席で卒業した。全教科満点というのは学園始まって以来の快挙だ。

 魔物語学、魔物知識、補助魔法学、ダンジョン基礎戦略、ダンジョン史、その教科書の全てが彼女の頭の中に入っている。

 それでも知識と実戦は違うこともまた、彼女は重々承知していた。

 そもそも、どんなボスモンスターが召喚されるのかは完全なる運。そして、その魔物がダンジョンボスにならない可能性がある。稀有な例――といっても百人にひとりは、召喚した魔物にその場で食べられてしまうそうだ。だから、強いからといって知識のない魔物を召喚してはいけない。そして、召喚された魔物がダンジョンボスになることを拒んだ場合、ダンジョンフェアリーは十年間冬眠状態に入らなければいけない。


 そのため、最初の交渉に必要なのは魔物語学と魔物知識。

 召喚した魔物とコミュニケーションを交わすには魔物の言葉を理解しないといけない。ほとんどの魔物は魔物共通語、もしくはゴブリン語を使う。ただ、竜族は竜語を話すし、魔物によっては音の高低だけで意思疎通をすることもある。そして、シエルはそれらをすべてマスターした。

 彼女は努力家だった。

「大丈夫、私はよくやったわ」

 と何度目かの自分への励ましを行った、その時だった。

 部屋全体が青く輝きだした。


「はじまったっ!」


 シエルは慌てて松明の炎を消した。余計なエネルギーが召喚魔法に与える影響を懸念してのものだった。

 そして、光は文字を生み出す。

 部屋の壁全体に文字が書き込まれていき、そして埋め尽くされた。


(凄い――本の絵では見たことがあるけど、実際に見ると全然違う)


 鼓動が高鳴るのを感じた。心臓がバクバクして、今にも飛び出そうだ。

 そして、彼女は自然とその文字を目で追っていた。もう今は使われていない古代文字であり、資料もほとんど残っていないためほとんど翻訳することはできない。

 でも、わかる単語がいくつかあった。その単語は「祝福」や「幸福」といった意味のある言葉だった。まるで学園を卒業し、これから一人前のダンジョンフェアリーとして生きていく自分への祝福の言葉だと、シエルは思った。

(きっと、私はこの光景を一生忘れないわ)

 さっきまでの緊張がそのまま興奮へと変わり、シエルは無言でその光景に見入っていた。

 そして、光の文字はバラバラになって部屋の中心に来ると消え失せた。

 シエルは急いでランプの灯を点け、部屋の中に


「……へ?」


 部屋の中にいたそのモンスターを見て、シエルは思わずそんな声をあげた。

 それは手も足もない。それどころか目も鼻も口も繭も毛もない魔物。

 その体は青色の半透明で、ランプの光を反射して映し出している。


「……スライム……」


 そう呟き、シエルはその場に頽れた。

 スライム。世界最弱の魔物とも言われ、現れたスライムのひとまわり小さいスライムはベビースライムと呼ばれ、三歳の子供でも倒せる。普通のスライムでも成人男性ならば楽に倒せる――それほど弱い魔物だ。そして、もうひとつ大きな特徴がある。

(コミュニケーションが取れない)

 スライムは喋らない。というか知性がほとんどない。ボスモンスターとして契約することができない。


「……なんで……なんでよりによってスライムなのよ」


 涙が出てきた。


 いつもそうだった。

 シエルはいつもこういう時にハズレを引く。

 くじ引きの類で当たりを引いたことはない。

 学校の授業にしてもそうだ。一日学校を休んだら、テストには休んだ日の内容が重点的に出てくるし、答えがわからない選択問題で正解を引いたことがない。九割内容を理解してたら理解していない一割がテストの問題になる。零点を回避するためには十割理解するしかない。魔物語にしてもそうだ。

 魔物語を九割覚えたら、きっと召喚されるボスモンスターは覚えていない魔物語を操る魔物になってしまうと思ったから全部覚えた。


「なのに……なんで」


 シエルは思った。

 きっと自分は十年経って再度、ダンジョンフェアリーとしてボスモンスターを召喚してもらっても、ハズレを引き続けるのだろうと。

 そう思った。


「なぁ、泣いているところ悪いんだが――ここはどこだ?」


 その声を聞くまでは。


「……え?」

「聞こえなかったのか? ここはどこだって聞いてるんだ――ってか、やけに視線が低いんだが、俺、いったいどうなってるんだ?」


 とそのスライムは魔物の言葉ではなく、人間の言葉でそう尋ねたのだった。


 そのスライムこそがこの物語の主人公。

 今は目と鼻と口どころか、名前すらないが、いずれこの世界に大きな変革をもたらす存在――かもしれない。

次回から、スライム視点での物語が始まります!

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