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プロローグ

 赤や緑、青に水色。

 色とりどりに光る鍵盤の上を、光沢を持った鼠色の針金のように細い指がなぞる。鍵盤が並んだ機械は、パソコンのキーボードのような、入力装置といったところか。それぞれの鍵盤には、ギリシア文字とも、アラビア文字とも、キリル文字とも、似ても似つかないような記号が刻まれ、刻一刻とまるで揺らめく炎のように変わっている

 針金のように細い指を生やした、つやつやとした鼠色の手は、銀色のコップ、これは好都合なことに、タンブラーと形容すればそれでまかり通る。タンブラーには、緑色の――そう、ちょうどスライムのような液体が注がれていて、それを勢いよくぐびりと喉を鳴らして飲み込む、頭部が異様に大きい鼠色の生物。

 四肢の位置が、人間のものと同じなのでヒューマノイドと言っておこうか。


 彼らの身体からすれば、何百倍の大きさはあろうかという透明のシールドの向こうには、無数の星々が瞬く夜空の中心に、青い惑星が――


「ガガーリンだっけ? 地球は青かったと言った奴」

「そうだな」


 鼠色のヒューマノイドたちは、談笑を始める。


「――本当に、青いのだな……」


 艦長席と思わしき、コックピットの中心部に座るヒューマノイドは、操作盤から身を乗り出して、もとから細長い目をさらに細めた。


「グレイ艦長、どうされましたか?」

「いや、何でもない……」


 どこか苦しそうな表情だ。

 彼らが人間ではないので、それがそういう表情なのかどうかは定かではないが。なぜか、彼はこの青い星に、物憂げな視線を投げかけるのであった。 

 

 シールドの向こう側に広がる世界は、まごうことなき宇宙。そこに浮かぶ青い星は、そう、まさしく地球だ。


 操縦席には折り畳み式のテーブルがついており、その上には白い保温性の素材を使ったコップがある。中には湯気の立ち込めるスープに長い麺のようなものが浸っている。喉越しがつるりとしていて美味しそうだ。ただ、成分が小麦粉を整形して揚げたものをお湯で解いたものかどうかは、定かではない。


 これは、差し詰め彼らが仕事を始める前の晩餐会といった具合。 


 グレイ艦長は、立ち上がり右の手を高々と掲げた。


「地球人は勘違いしている。我々を興味の対象としている。故に忠実な描写は少ない」


「――インデペンデンス・デイは、途中まではいい映画だった。我々を友好的と勘違いして、エンパイアステートビルが破壊されるシーンまでは実に素晴らしい」


「が、その後が気に入らん……」

 

 そう言って、グレイ艦長は、身体のサイズからは不釣り合いなほどに大きい頭部に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「まあいい。このあとは我々の手で塗り替えよう。我々の繁栄を願って」


 そこで、皆は息を合わせて、カップ麺と思わしき食物をすすった。ちょうど人間がそうするように、箸と思わしき食器を使って器用に。


*****


 ピピピピ、ピピピピ。


 枕元、サイドテーブルに置いたスマートフォンがアラーム音を鳴らしながら震えて、天板の木目を泳ぐ。

 その魚を手づかみしようと布団からにょきりと出た腕が、どたどたと天板を叩く。二三度外したところで、布団からパジャマ姿の少女が這いずり出てきた。


「もう、うるさいな」


 サイドテーブルを手繰り寄せるかのようにして、少女は天板の上に状態をのし上げる。やっとのことで、スマートフォンを手にする。近眼なのか、やけに顔面に近づけて、アラームを止めるとともに、自身の起床時間に驚愕する。


 八時十分


「うぇえっ、やっばっ!」


「理穂ーっ、理穂ーっ!」


 少女の名を呼ぶ声が階段をメガホンにして聞こえてくる。理穂の母親だ。

 理穂は膨れっ面をして、サイドテーブルの引き出しから、眼鏡を取り出してかける。ようやく落ち着いた視界で、クローゼットの中から制服を取り出す。


「お母さんっ、なんで起こしてくれなかったの!」

「自業自得は起こさないことにしてんの。早くしないと遅刻するわよ」


 さっぱりとした返事が階下から返されて、さらにむくれてしまう。――だが正論だから、言い返せない。パジャマを脱いだシャツの上から直接ブラウスを羽織り、ボタンを下から止める。そして、襟元で最後のボタンホールがない。


「ああもう、掛け違えたっ」

「あんたって、寝ながらケータイのアラーム止めれるのに、起きると不器用なのね。寝てた方が成績上がるんじゃないの」


 母親の声が近づいて来るのを耳でとらえる。

 がちゃりとドアが開く。母親が理穂に向かって、弁当箱とグラスに注いだ一杯のココアを突き出してきた。


「からかいはよして。――ありがと」


 ココアを受け取ると、理穂はぐいっと一気に飲み干す。喉を鳴らして、口の周りを手で拭う。


「粉、ケチった?」

「もう無くなったわよ」


「じゃあ、帰りに買ってこようか。ついでに夕飯の買い物も、メールすれば買ってくるから」


 そういうと母親は、にっこりと笑ってありがとうと言った。理穂も母親から弁当箱を受け取ると、その言葉をそっくりそのまま返す。着替え終わった理穂は、鞄を携えて、どたどたと階段を駆け下りて。洗面所にたどり着くと、簡単に歯磨きだけを済ませる。


「髪型もしっかり整えな。女の子なんだから」


 追いかけてきた母親が、洗面所の鏡の横の棚に置いてある櫛を手に取り、理穂の髪の毛をとかす。


「いいの。あたしみたいな地味で眼鏡には、人生のスポットライトなんて当たらないんだから」


「親の前で、一丁前に腐るんじゃないわよっ」

「いっつ!」


 根暗な発言を、理穂の頬をつねって否定する。これから始まったばかりの、思う存分人生を謳歌できる青春を前にして、それも親の前で腐る奴があるかと。


 青春が過ぎた人間は、それがさも美しいものであるかのように謳う。青春を彩るのは、実ることなく散っていた淡く美しく切ない恋たち。たとえ、自分の経験が少なくあろうとも、他人に話すときはいくらか美化するもの。


#####


 青春は、若いことは素晴らしいと、皆は言う。――だけど、思うのである。

 この世には、何十億の人間がいて、何十億の人生がある。そして、過去のものと合わせれば、きっと無量大数くらいの物語がある。その中で華々しかったり、波乱万丈だったりには、似合う人物像というものがある。

 ラブストーリーのヒロインにも、アクションで暴れるアンチヒロインにも、おそらく私は慣れないのだろう。


 人生のスポットライトなんてきっと、当たらない。それはもっと、華がある人物に相応しいのであって。地味で眼鏡な私には、似合わない。


 私にはきっと、相応しい地味な青春が待っているのだろう。

 そう考えていた高校生活の始め。


 私を待っていたのは、思いもよらぬ青春だった。――結局、華々しいかといえば、コメントに困るのだけれど。




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