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あした、秘密の回廊で  作者: うえのきくの
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4

 


 廉はしばらく瑛太の胸で泣いていたが、泣きつかれたのか電池が切れたように眠ってしまった。 気づいた瑛太はそっと廉を抱き上げると職員室に連れていき来客用のソファに寝かせた。

「瑛太先生、お疲れさま」

「都先生……。子供の世界も大変ですね」

「本当ね。でも、よかったわ。ずっと廉くん、遠巻きにされていたからこれで仲間に入れるかもしれない」

「だといいですね」

 ソファで丸くなる廉の横顔を見ながら瑛太がつぶやく。 声も出さずに泣いていた廉は下唇を噛んだまま眠っている。 人差し指でくすぐってやるとほどなく噛み締めた口が緩んで薄く開いた。

「廉くんのお母さんはどうして亡くなったんですか。ご病気?」

「……ここでは事故っていうことになっているけど」

 ど、の形のまま口元の固まった都を見て、瑛太は首をかしげる。

「なっているけど?」

「殺されたのよ。犯人はまだ捕まってない」

「……」


 夕方になり延長保育の子供たちも少なくなった園内は昼間の騒々しさが嘘のように静かだ。 特に瑛太がモップをかけている二階の教室は、誰もいないから時計の秒針が動く音さえ聞こえる。

 廉の母親は殺された。 犯人はまだ捕まっていない。

 殺される。

 そんな人生の終わりがあることは、もちろん知っている。 毎日のように子供が男女が老人があるのかないのかわからない理由で殺されているニュースを見る。

 ましてや廉の母親は稲葉組の組長の娘だ。 そこにどんな遺恨があっても意外ではない。

 モップが進む方向に緑の紙屑が落ちている。 拾ってみると、午後に子供たちと折った折り紙だった。 

 子供たちを夢の世界につれていってくれるトントロ。 魔法のあめ玉をなめると空を飛べるようになり、手を繋げば繋いだものも一緒に飛べるようになる。

 あのあとほのかは職員室から戻った廉に「ごめんなさい」と言い、一緒にお昼を食べようと誘っていた。 様子をうかがっているとほのかと心音、それに航希と爽も一緒にお弁当を囲んでいた。

 そして午後には同じテーブルで頭を付き合わせ折り紙を折っていた。 四人は延長組ではないので、二時半に家の人が迎えに来ると「またあした、あそぼうねー」と手を振って帰っていった。

 明日遊ぼうなどと、恐らくはじめて言われた廉は、一瞬固まったが、慌てて早送りのように手を振り返していた。

 きっと実はみんなも廉に興味津々だったのだろう。 でも、多かれ少なかれ聞かされた大人の会話のなかで拾った恐ろしい言葉に、腰が引けていたのだ。

 トントロみたいに誰とでも仲良くなれればいいのに。 魔法のあめでどこにでも飛んでいけるように。 手を繋いだ誰もを友達と呼べたらいいのに。


 殺された?

 どうして、そんなことが起こるんだろう。


 少し期待したが、迎えに来たのは大中小だった。 相変わらずの高いテンションで廉を連れて帰っていった。

 今日は自分でちゃんと上着を着てボタンもゆっくりではあるがはめられるようになっていた。 靴もはくことができて、それを見守る大きい男の方が手を出したくてうずうずしているようだった。



 金曜の夜は、おさななじみと約束をしていた。 幼稚園、小学校と一番仲の良かった馬場彰(ババアキラ)だ。 瑛太たちが住むつつじが丘の警察署で刑事をしている。


「久しぶり……でもないか。こっち来てからは初めてだけどな?」

「うん。前の勤め先の時も結構こっちに来てたから」

 瑛太は元々ここ、つつじが丘の生まれで小学生の時に北陸に家族と移り住んでいる。

 都と同じように彰とも手紙やメールで交流が続いていたので、東京の大学に通いだしてからは頻繁に会っていた。 お互い確認したことはないけれど、親友といえるのではないだろうか。

「しかし、瑛太も大変だったのによく頑張ったな」

「……うん、都先生に声かけてもらえて本当に感謝してるんだ。彰もありがとね。しょっちゅう差し入れもらったり、電話で生存確認してくれたり……ほんと、二人がいなかったら、どうなってたか……」

 普段口に出せない感謝の言葉などを言うから、なんだか照れてしまう。 馬場もそうなのかもしれない。 二人同時にジョッキに口をつけた。

 あまり酒の得意ではない瑛太は大きなジョッキをもて余しぎみに口に運ぶ。 逆に馬場にはビールなんて水のようなものだからするすると半分ほどが喉をならして消えていく。

「……大袈裟なんだよ、瑛太は」

 やはり、照れていたのか。 馬場は泡のついた口の端を手の甲で拭うと、重そうな音をたててジョッキをおいた。


「それにしても稲葉組の若頭の息子ねぇ」

「うん、とってもいいこだよ」

「組自体はね、今は落ち着いてるんだけど」

「落ち着いてなかったの?」

「ああ……二年位前かな……」

 スティック野菜にマヨネーズをすくって、彰がかじる。セロリがこり、といい音をたてた。

「組同士の抗争があってな。跡目争い」

「跡目……?」

「稲葉組始めいくつかの組が、本栖会っていう暴力団の二次団体なんだよ」

「二次団体?」

「んー、会社でいったら子会社みたいな感じ? ラーメン屋の暖簾分けた支店みたいな感じっつーといいか?」

「あー……それなら何となくわかる」

「そこで次の組長は誰にしようかって揉めて、それぞれの派閥の支店同士が衝突したことがあったわけ」

「へえ……」

 へえ、くらいしか感想をもてない。 そうか、一般企業と同じように人事はデリケートな問題なのか。 そうか、そうなのか。

 のんきに唐揚げを頬張っていると、残りのビールを一気に煽った彰が吐き出した息と一緒に、さらに説明してくれる。

「稲葉と塙は、親分同士は仲がいいんだ。義兄弟に当たるのね。でもその下……塙の若頭がえげつない奴で」

「うーんと……廉くんのお父さんと同じ立場の人っていうこと?」

「まあ。でも、親父同士の話でいくと、塙の方が上だから、こっちも順番をつけるとすると稲葉が下っていうことになるな」

「ふんふん」

 普段ニュースを見ていてもドラマを見てても、そんな細かい設定など気にしたこともないので、瑛太は聞きながら自分の家系図にそれぞれを当てはめて納得していた。

「で、その頃、本栖会の会長が亡くなって、次の会長を決める選挙が開かれたわけだ」

 次期組長はそこのうちの息子と決まっているものだと瑛太は思っていた。 代々世襲していくものだと。

 しかし、昨今はやくざの家も少子化で子供のいないうちも多いらしく、本栖の家もご多分にもれなかった。

 その上、前会長が次の指名をする前に亡くなってしまったので候補者の中から選挙で決めることになったのだ。

「選挙って僕らが行く選挙と同じ?」

「そう。この人がいいですよって投票すんの。その時、違う候補者を推してた稲葉と塙の間で小競り合いが起きて」

「自分のところの候補者に票を集めたかったってこと?」

「そう。で、稲葉の娘が巻き込まれて亡くなったっていうのが、おおよその流れ。その、稲葉裕之の奥さんな」

「ああ…」

 組同士の抗争で、どうして家族が巻き込まれるのだろう? 理由が全くわからない。

 それにさっき、組長同士は仲良しだ、と言ったんじゃなかったか?

「ああ、親分たちは穏便に話し合いでケリをつけるつもりだったようだが、その、塙の若頭がどうもお父さんの言うことを聞かない子で」

「はは」

 同じ言うことを聞かないでも、瑛太が毎日耳にするのとはスケールが違う。

「その若頭の兵隊が何を勘違いしたんだか稲葉の家に乗り込んだ。稲葉の本宅じゃなくて娘夫婦が住んでた別宅な。セキュリティも完璧だったから侵入は出来なかったんだけど、出掛けようとした奥さんを後ろから」

「……」

「ほとんど即死だったとさ」

「……お付きの人とかいたんじゃないの?」

「一瞬の隙をついたんだろうな。回りには警官もいたんだよ。ほら、殺気立ってる時期だったから。でも、やっちまったんだな。そいつは現行犯逮捕されて裁判ももう終わって、ムショにぶちこまれてる」

「……あれ、でも」

 さっき園で都はなんと言っていたか。

「犯人は、捕まってないって……」

「……誰から聞いたんだ?」

「幼稚園の先生」

「ああ、それはきっと」

 話を途中で切り彰が大声で店員におかわりを注文した。瑛太にはウーロン茶を。

 そして瑛太を見据えて言った。

「兵隊が独断で動くことなんてない。だから必ず黒幕がいたはずなんだ……でも動機がな……」

「動機?」

「そう。娘なんて殺したところで、選挙がひっくり返るわけがないんだ。その時だって結局稲葉が推してた方が当選したんだし。でも、逮捕された男は『ちょっと刺して脅かせば稲葉が従うと思った』って最後まで主張を変えなかった」

「理由としてはおかしいと?」

「そう。実行犯の男は自分ひとりの独断で動いたの一点張りだし、だいたい彼女をどうこうしたところで、誰が得をするのかがサッパリ。でも、そいつの単独犯って言うことで起訴された。もし主犯がいたとして、永遠に見つからないだろうな……」

 人を殺すことなど、そういう職種の人たちは何でもないのかと思っていた。 テレビドラマではみんなが当たり前のように銃を放っている。

 しかし現在の日本では暴力団といえど殺人などはよほどでなければ起こさないのだという。

 倫理の問題ではない。単に面倒なのだと。 秘密裏に人を葬れば隠さなくてはならない。 ところが日本は狭い。 どこに隠しても見つかってしまう。 また、白昼のもとで殺人といわず騒ぎなど起こし逮捕者が複数出れば、小さな組ならあっという間に解散の危機だ。

 誰がそんな面倒をわざわざ好んで引き起こしたいか。

 それなのになぜ、裕之の妻は殺されたのだろう。 人事であればそんな下手を打てばかえって不利になるのではないか。 だとしたら、もっと個人的な恨み? 

 裕之に、その義父に。 または妻だった女に。

 気になって気になって仕方ないけれど刑事である彰がそれ以上を知らないのだから、そこから先は瑛太の想像でしかない。 そしてそんな想像はするだけ無駄だ。

 他人の心は誰にもわからない。 出口のない真っ暗な迷路だ。 一度足を踏み込んでしまえば右も左もわからなくなり力が尽きて歩けなくなるまで迷わなくてはならない。

 なぜ、どうしてそんなことを。 理由を探して答えを探って、歩き続ける。わからなくて悲しくて悔しくて、自分の無力さに茫然自失になる。


 そんな闇の中を、瑛太もまたさ迷っている。



 笑い要素無し回(;´д`)

明日はどうだったか……。

またこの時間にお会いしましょう!


うえの

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