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あした、秘密の回廊で  作者: うえのきくの
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 涙目の瑛太に気づいてか、三人は立て続けに質問を繰り出す。

「どうしたんですか?社長なにか言われましたか?」

「感謝こそすれ、怒られることなんてあるわけないだろ?」

「え、俺なんてしょっちゅう怒られてるっす」

「おめえと先生は違うだろうがよっ!」

「そうだ、社長の車を塀にぶつけて修理代五十万も請求されんのは柴崎ぐらいだよっ!」

「社長の下ろし立てのジャケットにアイロンで焦げ作るのもおめえぐらいだな……言ってて悲しくなってきたぜ。あれ、いくらしたか知ってんのか?」

 柴崎はマシンガンのような文句を気にもせず、しれっと答えた。

「え、大塚さんに聞いたんすけど六桁はするけど気にするなって……」

 はあーっ、と田嶋と井上はため息をつく。

 相変わらず安定の漫談だ。 瑛太は目を潤ませたまま笑ってしまった。

「何でもないですよ。ちょっと自己嫌悪に陥っただけで」

 どうして人を好きになる気持ちは自分でコントロールできないのかと思う。 自分の心なのにこうなってはもうどうしようもない。 いつ消えてなくなってくれるのかわからない気持ちを、溢さないように押さえつけておくしかできないのだから。

「困ったことがあったら、俺らでも社長でも相談してください。みんな瑛太先生のことは特別な人だって思ってますから」

「うん、どうもありがとうございます……でも、大丈夫です」

 言えるわけない。 お宅の若頭に恋しちゃったみたいですなんて。

 この気持ちは彼らにだって悟られてはいけない。 こんなによく思ってくれているのに、若頭に良からぬ感情を抱いているなんて知れたら、気持ち悪い思いをさせるだけだ。

 柴崎がふかふかのタオルを出してくれたので、トイレと洗面台を借りた。 なぜかその間も大中小は立ち去らず、瑛太の後ろにきれいに並んでいる。 なんだか落ち着かない。

「そういやーね、先生。あの動物園で廉さんに向かって走ってきた男、なにか特徴とかわかりませんか?」

「お前も大概しつけーな」

「本当だ。柴崎の推理より近所の小学生の方がよっぽどましなことを言う」

 田嶋と井上になじられても、柴崎はどこ吹く風。 期待に満ちた顔で瑛太を見ている。

「警察の人にも言ったんだけど、本当に一瞬で、特徴って言われても……」

 咄嗟のことで、顔すら見えなかった。 ただ、男で、長身で、髪がたぶん長くて……

「匂い……」

「え、なんですって?」

「どこかで嗅いだような匂いがしたかも。果物……柑橘系とか……草っぽい? 香水つけるような知り合いはいないから、メーカーとかもわかんないけど……うーん、どこで嗅いだんだろうな……」

「香水か……」

「あとは、たぶん両膝ぶつけてるからしばらくは歩き方がおかしいんじゃないかな?」

「それなんですよ!」

「それ?」

 柴崎が言うには、裕之についている大塚は動物園での騒動のあと、二、三日仕事を休んだ。 そんなことはいままでなかったため不思議に思っていると出てきたら歩き方がどうもおかしい。

 いぶかしく思った柴崎が、その膝はどうしたのか、と聞けば「ちょっと転びました」などという。

 以前からやっかみにも近い気持ちを大塚に抱いていた柴崎は、大塚は怪しいと田島や井上に相談してみたが相手にされていないというくだりのようだ。

「……それはないんじゃないかな? だって、廉くんを誘拐して大塚さんになんの得があるんですか」

「俺は、あいつが塙のやつらが寄越したスパイなんじゃないかと思ってるんですよっ。井上さんだって言ってたじゃないですかっ! あいつ、色仕掛けで頭に取り入って側近になって、組の情報塙に回してるんすよっ」

 柴崎説を聞いた瑛太は、真面目に話している彼には悪いと思ったが吹き出してしまった。

「なんで笑うんすかっ!!」

「えー……それはちょっと映画の見すぎー」

「そう思いますよね?」

「絶対ないとは言いませんが……今の状況ではさすがに無理があるかと……」

「井上さんまでそんなことっ?!」

 三人に言われて柴崎は子供のようにじたばたとした。 ますますおかしい。

「もー! 絶対そうなんですってば! だったら、瑛太先生、あいつの近くに行って匂ってきてくださいよっ」

「え、やだ。なんか変態っぽい」

「おめえ、先生になにさせようっていうんだっ!」

「そうだぞ、先生が男の回りでフンフンしてたらド変態みたいだろうがっ」

 いや、そこまでしろとはさすがの柴崎も言ってはいない。 ちょっと近くで匂いの確認をしてこいと言っているのだ、と思うけど。

「組の安泰のためなんですよ! 廉さんの安全と先生たちの安全もかかっている訳じゃないですか!」

「気が進まないなあ……大体、どんな匂いだったかもおぼろげなのに、わかるかも自信ないですよ?」

「それでも!お願いしまっっす!」

 そこまで言われては仕方ない。 特別難しいことをしろと言われたわけでもない。 近くまでいって深呼吸すればい話だ。

「……わかりました。でも、すぐには無理ですよ? わざとらしくないタイミングでしますから」

「はいっ! お願いしまっす!」

「すいませんねえ、先生」

「本当にご迷惑かけます」

「いいえ……それにしても三人は、本当の兄弟か親子みたいですね?」

 テンポよい掛け合いを見て、思わずポロリと口から出てしまった。

「へ? いや、まあ……なあ?」

「そうですか、ねえ?」

「そうですか? そんな風に見えますかっ?」

 柴崎以外は、何となく照れているようにも見える。 恥ずかしがるようなことだろうか。


 とにかく、柴崎とおかしな約束をしてしまった。

 大塚は一人でいることはあまりないし、匂いが確認できるほど接近させてもらえるとも思えない。

 これは約束なんていつ守れるかわかんないな、と思っていた瑛太に、案外早くチャンスはやって来た。


 その日、幼稚園に行く準備もあるので帰る旨を田嶋に伝えると、朝食を準備したから一緒に食べてくれ、と誘われた。

 本当は起き抜けの珍事からまだ立ち直れず、裕之の姿をみるのが辛いから辞退したかったが、またも白いフリルエプロン姿の組員に引き留められ囲まれ、ダイニングテーブルにつくはめになった。

「おはようございます」

 ダイニングに入るとすぐ大塚に声をかけられた。 寝癖がどうにもならずに爆撃を受けた鳥の巣のような自分の頭に比べ、いつもと同じ寸分の狂いもなく整った髪型の大塚のそばには行きたくない。

「……おはようございます。大塚さんも、朝御飯はこちらで?」

「いえ、いつもは自宅からなのですか、今日は社長が本家に泊まられましたので、私も一緒に」

「あ、ああ。そうなんですね」

 ということは、夕べ布団を敷いて瑛太をそこへいれてくれたのも、大塚なのだろうか。

 夕べ……? 瑛太の頭のなかでぼんやりと何かが浮かんでは消える。 何かとても大変なことがあったような気がするのだが。

 湯気をあげる味噌汁椀を見つめて、瑛太はポツリと一人ごちた。

「なんだっけ……?」

「あおさですよ、先生。三重から送らせたんでいい香りっすよ」

「あ? ああ、はい。あおさ、好きです」

「それはよかった! おかわりもありますから、じゃんじゃん召し上がってくださいねっ」

 フリルエプロンがほかほかと白いご飯を瑛太の前においてくれた。 どうしても顔とエプロンの違和感はぬぐえないが、少し目が慣れてきた。 もう二回くらい見たら、驚きもしなくなるだろう、か。

 瑛太の隣にワイシャツとスラックスだけの裕之が腰かけた。 こちらもいつも通りにスッキリと整っている。

 その彼にもフリルエプロンがかいがいしくご飯と味噌汁をおく。

「よかった。あのまま帰ってしまったかと思いました」

「すみません。図々しくごちそうになるところです」

 ふっと、裕之が笑った気配がする。 でも、そちらを見ることはできなかった。

 大塚はといえば、田嶋たちと一緒に離れたところに座っていた。 考えてみれば、自分はいわゆる上座に座っていたのだ。 この間も、廉の祖母や裕之たちと一緒にこの辺りに座った。 今朝は組長も不在のようだ。

 大塚の近くで食べることができれば、柴崎の宿題も早く片付くかと思ったが、そうはいかないようだ。

「それじゃあ、いただこうか」

 あちらこちらで「いただきます」の声が聞こえる。食前の挨拶ができない若い人も多いが、目さえつぶれば真面目な好青年に囲まれている気分だ。 実際は前に座っている男には眉毛がないのだが。

 食事を初めてからも、どうも隣に座っている裕之が気になってギクシャクしてしまう。

 この至近距離で意識せず食事をするのは難しい。 程よく糊の効いたワイシャツが動く音にさえ、気をとられる。

(きれいな箸の持ち方……)

 つい視線の端で動く美しい箸づかいに目を奪われる。

 いけない。

 瑛太は小さく息を吐き、目の前の食事に集中した。

「お料理上手ですね」

 給事のためかキッチンの入り口に立っていたフリルエプロンに話しかける。

「とんでもないっす!」

 なぜか頬を赤らめて、エプロンがもじもじしている。

 怖さ倍増だからやめて。

「うちの若いのには、入ってきたその日から澄子さんが料理を叩き込むんですよ」

「へえ、そうなんですか」

 笑いをこらえたような声で裕之が言う。 やはり彼から見てもこのエプロンには違和感があるのだろうか。

 せめて、デニムとかチェックとかにすればいいものを、なぜに白フリル?

「若い奴らの仕事に食事にを作るっていうのがありますけど、その他にも、掃除洗濯、買い物の仕方、アイロンのかけ方も澄子さんや兄貴分たちが教えるんです。だから、最初は驚くんじゃないですかね?」

 なあ、と柴崎たちの方を見ると、うんうん頷いている。 それはそうだろう。自分はやくざになろうと思ってここの門を叩いたのに、なぜか家政婦のようなことをしているとあれば。

 そういえばさっき、柴崎は裕之のジャケットをアイロンで焦がしたと言われていなかったか。 しかも、十万単位の。

「いやになって辞めちゃったりしないんですか? 男性ばかりですし、みなさんそんなことしたことない人でしょう?」

 ジャケットを思い出したからではないが、素朴な疑問を裕之に投げてみる。 そして、恐る恐るその顔をみた。

 博之は面白そうな表情で「お前たち、辞めたかったか?」と、下座の方へ話しかける。

「いえっ!俺は会長や社長のために頑張るって決めたんすっ!」

「みんな、同じ気持ちですよ」

 田嶋がにっこりと笑いかける。

 瑛太もつられるように微笑み返したが、不意に馬場の言葉が頭を掠めた。

『奴らは組長と組のためにだけ動く兵隊だ』

 あの、小柄な組長もここにいる裕之も、場合によってはこの人たちに残忍な指示を出したりするんだ。 誰かを傷つけたり、財産を奪ったり、法に触れることだっていとわないのかもしれない。

 そんなことを考えたら急に喉に何かがつまったように感じて口の中のものを飲み込むのに苦労した。






今日もありがとうございました。

また明日この時間にお邪魔いたします!


うえの

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