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あした、秘密の回廊で  作者: うえのきくの
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「それは聞けない相談だわ、瑛太先生」

「そんな……」

 週明け、いつまでも休んでいられないと観念した瑛太は都に園を辞めようと思っている、と打ち明けた。 都はしばらく考える仕草を見せていたが、顔をあげるとそう言い放った。

「でも、僕がいるせいで子供たちや他の先生に迷惑どころか命まで脅かすようなことになったら……」

「瑛太先生」

 都はまだ言葉を連ねる瑛太をバッサリと切った。 そして力強く言う。

「あなたは、何一つ悪いことはしていない。それなのに不当に脅迫を受けるのはおかしい。それを恐れて逃げ隠れするのもおかしい。それを引き起こしたのが警察の捜査がきっかけなら、当然責任はとってもらいます」

「責任って……」

「二十四時間体制で園とその周辺また、瑛太先生の警護をしてもらいます」

「え?」

 驚きに瑛太は目を丸くして都を見た。 都は当然の顔をして瑛太を見やる。

「もちろん私服で保護者の皆さんに不審がられるようなことは一切ありません。だからあなたも腹をくくりなさい。こんな卑劣な相手に振り回されて、人生を差し出すことなんかありません。戦いなさい」

「先生……」

 そういえばいつもこの人はそうだった。 普段はとても優しいのに間違ったことは許さない。 例えそれが子供だろうと保護者だろうと。

 この世の中に誰もが納得する正しさなんてない。

 例えば瑛太を攻撃している人にだって自分なりの考えがあって正しいと思うことをしているのだろう。

 決して許されることではないが、あの事件の犯人にも何かしら本人にとっての正しさがなかったとは断言できない。


 子供の頃、都から言われたことはよく覚えている。

 弱いものに優しくしなければいけない。 強さは威張り散らすことではない。 好意も押し付ければ悪意になる。

 子供同士、保護者同士のトラブルはそんなことから始まる。 両方の話を同じだけ聞き、その場合正しいのはどっちかというジャッジをする。 間違っていた方へのフォローの方が手厚く、だから卒園生たちも園から離れてなお、都に会いに来るのだろう。


「先生のおっしゃることはわかります。でも実際に誰かが怖い思いをしたり怪我をしたりしたら、僕は自分を許せない」

「そうならないような措置は十分考えてとってあります。私はここの責任者として子供たちももちろんだけど職員を守る義務もあるんです。皆さんがしっかり子供たちを守ってくれるように、あなたたちのことは私が守らなくちゃならない。他の先生に同じことが起きても、私はこうするわ。これは、あなただけの問題じゃないのよ」

「都先生……」

「それに、あなたに今日から休んでもらうのは簡単よ。でも、それじゃあ『真面目に一所懸命やっているのに、困ったことがあったら切り捨てる大人』だと、子供たちに思われちゃうもの。それじゃあ胸を張って子供たちに「お友だちに優しくしてね」なんていえないわー。そうでしょ?」

 都はいたずらっぽく笑った。

 きっと瑛太に気を使わせないためだったのだと思うが、結構、染みた。

「だから今日からまたキリキリ働いてちょうだいね? 子供たち瑛太先生の来るのを待ってるんだから」

「……はい、頑張ります」

 そこまで言われたのではやらざるを得ない。 自分にできることをしなくては。 子供たちの成長を見守ろう、つまずいたときに手を貸そう。 そうして自分も一緒に成長するのだ。

 瑛太はぎゅっとエプロンの紐を結び、気合いをいれて背筋を伸ばす。 まっすぐ前を見て教室に向かってあるいていった。


「ねえ、何でいつもここに隠れるの?僕は背が大きいから頭見えそうなんだけど」

「そんなこといったって、きゅうにおもいつくところがなかったんだもの、しかたないじゃない。えいたせんせいってつまんないこときにするのね……あ、しずかに!」

 足音を忍ばせた誰かがすぐそばを通る。 それを息を殺してやり過ごした。

 園児が全員揃う十時半までは自由遊びの時間だ。 子供たちはスモックに着替え、時間になるまで思い思いに遊ぶ。

 今日も今日とてほのかたちに捕まった瑛太はかくれんぼに参加させられている。 瑛太はどうもこの細い通路に押し込まれる運命にあるようだ。 一緒に隠れるよ、と腕をつかんだ瀬戸ほのかに引きずり込まれた。

 子供が歩いて頭がちらっと見えるくらいの壁は、瑛太がしゃがんでも頭が出る。 なのでここに隠れるときにはさらに背中を曲げるか、首を折らなければすぐに見つかってしまう。 幅にゆとりもないので立ち上がるのにも一苦労なのだ。

 全く勘弁してほしい。

「ところで、今日は廉くんも一緒に遊んでるんだね?」

「だって……なかまはずれはよくないもん」

「そうだね、ありがとう。ほのかちゃんたちが廉くんと仲良くしてくれて、僕も嬉しい」

「どうしてせんせいがうれしいの?」

 この間の悶着から、ほのかたちは廉を受け入れだした。 瑛太が休んでいる間にすっかり仲間になったようだ。

 瑛太は嬉しさに顔を緩め、そっとほのかに打ち明けた。

「だって、廉くんのこともほのかちゃんたちのことも好きだもん。好きな人たちが仲良くしてくれれば嬉しくなるよ」

「……ふうん、そうなんだ……」

「なにかあった?」

 ほのかはなにか言いたそうな顔で瑛太を見た。 瑛太も話しやすいようにほのかを見るためにさらに首を不自然に曲げる。

「わたし、えいたせんせいみたいな、おとなのおとこのひとがすきだったんだけど、れんくんってちょっとおちついてて、いいかもっておもって……」

「……へえ」

「せんせいをきらいになったわけじゃないの。でも、としがはなれすぎてるでしょう? すごくまよってるの」

 後ろに回した手の甲をギリギリと思いきりつねった。 そうでもしなければ小刻みに震える腹筋をどうにもできないと思ったからだ。

 瑛太は込み上げる笑いをなんとか圧し殺す。 涙が浮かんできたが堪えた。 そして真剣な顔を作りほのかに言った。

「廉くんはいい子だよ。同じ年だからずっと一緒にいられるしね。それでも、女の子より男の子の方が恥ずかしがりだから、ほのかちゃんの気持ちを押し付けないで、ゆっくり仲良くするといいよ」

 瑛太の瞳に滲むものをなんと思ったかはわからないが、ほのかは切なそうな表情を浮かべ呟いた。

「……そうね、おんなのほうが、はやくとしをとるっていうしね。きながにせめてみるわ」

「……うん、それがいい」

 一瞬、自分を封じ込めるのに成功したかと思った瑛太だったが、次の瞬間盛大に吹き出してしまった。 お陰で鬼だった廉にあっけなく見つかってしまい、ほのかにもこっぴどく起こられた。

 でも、ほのかが悪いのだ。 真面目な顔で「えいたせんせい、ごめんなさい。でも、せんせいはすてきなひとだから、すぐにつぎのひとにであえるとおもう。だから、なかないで」などと言われれば今までの我慢は水の泡というものである。



「どうしたの? それ」

 都から残留を求められそれを飲んだ週明けから数日。

 幼稚園にも園児にも、瑛太にもなんの異常もなく過ぎていた。 時折、園庭からスーツの男がちらっと見えたりするし、家の前にも誰かが立っている。 あれが都の言っていた警察関係者なのかと思えば、少し不気味ではあるが安心だ。


 落ち着いただろうから飯でもどうだと、馬場に誘われやって来た瑛太が見たのは、松葉杖をついた彼の姿だった。

「いや……横から飛び出してきた女の子避けきれなくって、スッ転んじゃって」

「それぐらいで松葉杖って……」

「怪我自体は大したことないんだけど、使った方が治りが早いって医者に言われて」

「そっか、良かったね」

 馬場は空手の段持ちで護身術を指導したりもしている。 その彼が避けきれないような勢いで突っ込んでくるとは、相当慌てていたのだろう。

「かわいい子だったの? 運命感じちゃったりしてるんじゃないの?」

「バカ言うなよ……。きれいな人だったけど、そんだけだよ」

「名前とか聞かなかったの?」

「……聞いた。つーか、向こうから名刺渡してきた」

 偶然ぶつかった男がなかなかのいい男だったら、お詫びがしたいのでとか言って連絡先を交換したくもなるだろう。 それなのに馬場はどうしてそんなにむずかしい顔をしているのだろうか。

「連絡しないの?」

「……」

「なんで? すればいいじゃん」

「そんなにしたきゃ、お前がしろよ……たださ……」

 かわいい子だったならもっと喜べばいいのに、やけに険しい顔で財布から出した淡いピンクの名刺をテーブルに滑らせて、馬場はジョッキを一気に煽った。

 なんだかんだでそんなところに大事にしまってるんじゃないか、とからかおうとした瑛太の声は喉で絡まって息を詰まらせた。

「同姓同名ではないよな」

 偶然? いや、そうじゃないのかもしれない。 ストーカーは瑛太の住まう町を知ってる。 どこかでいつも見ている。 馬場は数少ない友人で、騒ぎがあってからも幼稚園関係以外では一番よく顔を会わせている。

「どう思う?」

「この人……髪の長い、二十代後半位の人だった?」

「ああ。お前と一緒で保育士やってるって言ってた」

 名刺には西原菜奈美、と書いてあった。

 あの日この町で出会ったのは偶然じゃない。 瑛太を探していたのかもしれない。 この怪我も仕組まれたことだとしたら?  菜奈美は馬場に怪我をさせようと事故を装いぶつかったのだとしたら?  どうして? 瑛太と特別親しいから?

「瑛太のことを知っているか、さりげなく聞いてみたんだ。でも知らないって。やっぱりこいつはお前の元同僚で、嘘をついているってことか……」

「そう……だったとしたら……」

「まあ、お前をつけてる奴はこいつで間違いないな。俺にぶつかってきたのは、俺が刑事だってところまで調べてて……お前に近づくなって警告ってとこか」

 菜奈美は、翔馬の事件の時、職員室で電話を待とうとした瑛太の代わりに病児室に入った保育士だった。

 しかし鑑識の結果が出るまで一番怪しかった瑛太を擁護していた一人でもあった。

 あれは、もしかして瑛太に好意を寄せていたからだろうか。 しかし瑛太はそれには気づかずになにも言わず園を去ってしまった。 行き場をなくした気持ちが歪んでこんな形で現れたのだろうか。

「早速明日、この住所当たってみるわ。お前、大丈夫か? あんま、気にすんなよ」

「でも、彰の怪我、俺のせいかもしれない……!」

「それでもさ、これで解決すりゃあいいじゃないか」

「……」

 馬場は瑛太の髪をくしゃくしゃとかき回した。 元々癖の強い髪は鳥の巣のようになってる。

 瑛太があまりに悄然としてうつ向いているので、馬場は悪いことをしたような気がして自分が乱した髪を軽く整えてやる。

「……ごめん」

「なにいってんだよ。俺だって避けきれなかったんだから、お前のせいじゃないよ」

 馬場がどんなにふざけた調子で笑っても、なんと言われても、瑛太の気持ちは晴れなかった。


 翌日の昼頃、馬場からメールがあった。 名刺の住所も電話番号もすべて架空のものだったそうだ。

 つまりあの名刺は、自分の存在を回りまわって瑛太に知らせるためだけのものということになる。

 昼食後、少し手の空いた瑛太はそのメールを確認して肩を落とした。

 同性愛者である自分に思いを寄せても報われない。 はっきりと打ち明けてくれればこんなに苦しい思いをさせずにすんだのに。

 あの名刺で連絡がとれないいうことは、次に接触してきたときに説得しなければいけない。 馬場は彼女をストーカー禁止法以外に園児たちに対する傷害未遂でも事情を聞こうとしている。

 瑛太は彼女の仕業なのであれば自分の分は被害届を取り下げるつもりでいた。

 どういう理由であってもあのとき信じるといってくれたことは本当にありがたかったのだ。







今日から後半戦!

明日もよろしくお願いします(^-^)/

うえの

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