転校生と天才劣等生
「何してるんだ?」
俺の名前はレント=ブラックハート。今年で高等部一年生になった。
昼休みに屋上へと赴いたところ、五人ほどの男女が一人の女子生徒を囲んで魔法を撃ち込んでいたところを目撃した。興味があり、五人グループの金髪の男子生徒に話しかけた。
金髪の男子生徒は俺の顔を見ると「あ?」と言い眉間に皺を寄せて、俺を睨んできた。それと同時に魔法を放っていた他の連中も俺に注目する。魔法を撃ち込まれている少女は涙を流しながら、俺を見てくる。
「誰だこいつ」
「あ、転校生じゃん。あんた、寝てたから知らないだけよ」
「転校生? 転校生が転校初日に俺らに喧嘩売るとか……ナメてんのか?」
「っつか、転校生がなんで屋上に来てんだよ。しかも、一人だぜ」
何か色々言っているが、俺はもう一度同じ事を質問した。
「何してるんだ? 見たところ、ただじゃれているようには見えないが」
「てめぇには関係ねぇだろ。てめぇもあいつと同じ目に合わされたいのか?」
そう言って、金髪の男子生徒は俺に殴りかかってきた。なんと、初対面の相手にここまで好戦的な人間は初めて見たかもしれない。
俺は金髪の拳を受け止めて、彼の拳を強く握りしめる。
「イテテテテ!! 何しやがる!! てめぇ、俺が誰か知らねぇだろ!!」
「当たり前だ。俺は今日、転校してきたばかりだからな」
そう言って俺は彼の拳を放した。
俺は今日、この学園に転校してきた。彼の名前が誰なのか、周りの奴らが誰なのか、そして魔法を撃ち込まれていた彼女が誰なのか俺は知っているはずがない。
しかし、彼の口ぶりからして彼は権力を持っている人物の子供かその関係者であることは間違いないだろう。
金髪は自分の拳をさすりながら青筋を浮かべて言う、
「俺はバラト家だぞ!! 上級貴族に逆らってんじゃねぇ!!」
なるほど、上級貴族か。七大貴族の次のランクの貴族だ。そりゃ学校でこうやって威張ることもできるわけだ。
バラト家の金髪は俺を睨んで言ってくる。
「てめぇ……転校生だか何だか知らねぇが、俺に逆らってただで済むと思ってんのか?」
「さぁ。わからない」
「ナメやがって!! ぶっ殺してやる!!」
そう言って金髪は炎の中級魔法【炎の槍】を放ってきた。炎でできた槍が俺に向かってくる。
普通なら少しぐらい焦るかもしれないが、所詮は中級魔法。中級魔法は中級魔法で相殺できる。
「【水の槍】」
俺は水の中級魔法【水の槍】を放ち炎の槍を相殺させた。金髪は少しだけ驚いたようだが叫んだ。
「炎の上級魔法【炎の爆弾】!!」
俺の周りが赤く光り始めた。それはどんどん赤くなっていく。
なんと、上級魔法を使えるのか。中々、優秀な生徒のようだ。素行は悪いが。
俺は水の上級魔法【水の防御壁】を展開しようと思ったが、あの金髪の周りの連中も俺に向かって魔法を放っているのを確認した。どれも中級や初級程度だが。
【水の防御壁】じゃ全部を防ぐのは難しい。
というわけで光と闇の混合魔法【闇光の防御壁】を発動した。
【闇光の防御壁】の特徴は上級魔法の上、特級魔法であること。基本である七属性のうちの二つの混合魔法であること。
この防御壁は特級魔法以上の魔法以外すべて反射するということ。
【闇光の防御壁】に当たった魔法はすべて反射し、彼らに向かっていく。魔法を放った本人達は慌てて避けると唖然とした。
「……」
「まったく……この魔法を生身に放つなんて…外道だな」
俺はそう言いながら彼らの間を通って、魔法を受けていた少女に近寄る。
少女の容姿は銀髪に銀色の瞳。高等部だというのに中等部の生徒に見えるほどの幼い童顔。彼女の着ている制服は魔法を受けていたからか、ボロボロでところどころ破けている。
……制服が破けているため、彼女の恥部があらわになっているところもある。俺はなるべく見ないように魔法を使用する。
「よし、これでいいだろ」
俺が魔法を使用すると、彼女の制服は見る見るうちに修復していった。
「……え」
「お、おい!! あいつ今、時の魔法を使いやがったぞ!!」
名前も知らない男子生徒が俺を指さしてそう叫んだ。人を指で刺すとは失礼な奴だな。
そう、俺が今使った魔法は時の上級魔法【再生】だ。無機物のみを対象とし、それを再生するという魔法だ。壊れていたものとかを壊れる前の状態に戻すといった感じの魔法だ。
金髪が俺に向かってこう言ってくる。
「お、お前なんなんだよ!! ただの転校生じゃないのか!?」
「転校生だよ」
ただのとは言わないけど。
「時の魔法なんて時帝しか使えないんだぞ!? お前、まさか時帝か!?」
「いや、そんなわけないだろ。時帝は女だぞ」
「じゃあお前は何なんだよ!!」
同じ事しか言えないのだろうか。
俺は金髪の質問を無視して、気になることがあるので金髪に問う。
「何でお前らはこの子をリンチしていたんだ? 彼女が悪いことでもしたのか?」
「話を聞け!! 俺が質問してるんだよ!!」
「どうしてだ?」
俺はそう言いながら、金髪の顔の真横に炎の槍を放つ。これでおとなしく喋ってくれればいいのだが。
金髪が炎の槍にビビッて腰を抜かすと、周りの連中が金髪を連れて行って屋上からいなくなった。質問にも答えられないとは、貴族のボンボンは無能だな。
俺はぽかんとして、座り込んでいる少女に手を差し出す。
「大丈夫か。怪我もしてるし保健室に行った方がいいぞ」
「あ、はい……あの、ありがとうございます…助けてくれて……」
「あぁ、気にするな。それより何で抵抗もせずに魔法を受け続けていたんだ? 初級や中級だけで済んだが、もっと強い奴だったら大怪我をしていたかもしれない」
「……ないんです」
「え?」
「私、生まれつき魔法が使えないんです。使えないっていうよりも……私、魔力が無いんです。魔盲なんです…」
……魔盲か。
魔盲とは魔法を使うための魔力が体に備わっていない病気だ。魔法を使うこの世界で魔盲ということはかなりのハンディキャップを背負うことになる。
金髪たちがこの少女をいじめていた理由も、魔盲であるからだろう。魔盲であるだけでこのようにひどい目にあうことは珍しくない。魔盲に生まれた者は親に殺されるか、自分で自殺することが多いとも聞く。
しかし……
「本当に魔盲なのか?」
「……本当ですよ。生まれてから魔法なんて使ったことないんです」
「しかしだな……先ほどから強い魔力の波動を感じる。魔盲じゃなくて、封印魔法を受けただけじゃないのか?」
「え?」
「ちょっと失礼」
俺は彼女の胸に手を置いた。奥に成長しているわけでもないが、彼女も女性である為、俺の突然の猥褻行為に顔を真っ赤にして声にならない叫び声をあげている。
しかし、これは猥褻行為と同時に彼女から感じる魔力の波動が最も強い場所に触れているのだ。
俺は彼女の体が傷つかないように破壊の特級魔法を使用し、彼女にかけられた封印を解いた。
その瞬間、彼女の体から絶大な魔力があふれ出し、魔力のせいで突風があたりに吹き始めた。これはよそ以上だ、ここまで魔力量が多いとは。俺以上だな。
突然、起こった出来事に彼女は驚き慌てふためく。
「落ち着け。とりあえず、大きく深呼吸しろ」
「え? あ、はい……でも、これどうすれば……」
しかし、参ったな。俺は魔力制御のやり方なんて知らない。勿論、この少女もだ。俺も魔力は多いが、物覚え着いた頃から魔力操作できていたので根本的な魔力制御なんてやり方すら知らない。
このままでは、騒ぎになるかもしれない……しょうがない、最終手段だ。
「ちょっと我慢してくれ」
俺は自分の唇を噛切り、そこから出てくる血を指に付着させる。そして、彼女の制服の胸元のボタンを外す。先ほどと同じように少女は顔を真っ赤にする、こっちだってちょっと恥ずかしい。
そして、彼女の胸元に十字架と描いて魔法を発動する。魔法の種類は封印魔法。別に封印魔法で彼女の魔力を再び封印するわけではない。
封印魔法で俺と彼女の魔力を共有させるのだ。
封印魔法が発動するまでに五分ほどかかり、彼女が溢れさせていた魔力は俺と共有された。若干、そよ風が吹いているが気にしない。
そして、今、俺の状況はというと……少女に抱き着かれている。そして、少女は号泣している。
どうやら魔盲であることが相当なコンプレックスだったようで、そのコンプレックスを取り除いた俺に感謝のあまり抱きついているようだ。制服に彼女の涙やら鼻水が付着してしまっているが、気にしていない。
ある程度、泣いて落ち着いた少女は俺に謝ってきた。
「すみません……嬉しくてつい……」
「あぁ、別に気にしなくていい」
「あの……レントさんですよね?」
「え? 何で俺の名前を?」
「私、同じクラスなので……あ、私はルノ=ヴァーミリオンです」
「ルノか。よかったな、ルノ。魔盲じゃなくなって」
「はい! 本当にありがとうございます!」
そう言って嬉しそうな笑顔を浮かべるルノ。それとは対照的に俺の心はかなり焦っている。
……ああ、参ったな。本当に参った。
秘密を……バラさないといけない状況になってしまった。
「ルノ。落ち着いて聞いてほしいことがある」
「何ですか?」
ずっと笑顔のままのルノ。すごい言いにくい。
「……実は、魔力を共有することで…ある秘密を共有してもらわなくちゃならない」
「そうなんですか?」
魔力を共有することで、俺とルノはある意味では一心同体なのだ。それ故にこれからは極力ルノと行動を共にしなくてはならない。離れると、魔力は共有されずルノの魔力は再び溢れだす。
行動を共にするうえで必ずルノにバレてしまう、俺の秘密がある。
その秘密をルノには共有してもらわなくちゃいけないのだ。
「レントさんの秘密って何ですか? 私、絶対に喋りませんよ」
「あぁ、そうしてくれると助かる……そろそろ来ると思うから」
「え? 誰がですか?」
「すぐにわかる」
俺がそういった瞬間だった。屋上の上空に黒い空間が広がり始め、そこから誰かが現れた。
黒いコートに身を包み、真っ赤な髪をたなびかせてその人物は屋上に降り立った。
彼は世間で言われる“魔王”なのである。
「な、何で魔王がこんなところに……!?」
ルノが心底驚いている。しかし、彼女は忘れている。俺が先ほど言った言葉を。
「おっす、レント。調子はどうだ?」
「転校初日に何もできるわけないですよ。目立てば終わりですから」
「はっはっは、それもそうだな。で、そのお嬢ちゃんは誰だ? お友達?」
「え? レントさん…え?」
「ルノ、実は俺な……
魔王軍の幹部なんだ」
ルノは口を開けてぽかんとしている。