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新天地へ  作者: 時坂 圭一
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邂逅

何が来ているんだろう。背の高いやつか、すごく太いやつか・・・。

 そんなのに捕まったら、わたしの首の骨をポキンと折っちゃって全部終わり。こんな知らない世界で死んじゃったらどうなるんだろう。誰か探しに来てくれるのかな。王子様とか。

 馬鹿馬鹿しくて自然と笑いがこみ上げてきた。昨日の草の影響がまだ出てるのかな?なぜか無敵の気分だった。

 振動は一歩一歩大きくなっていた。いまではもう地面からちょっと浮いてるんじゃないかというほどの振動が地面から伝わってきていた。もうすぐ近くにいる。

 わたしは限りなくしゃがんで扉を睨んだ。

 今までで一番大きい揺れと一緒に、それを見た。重い足取りのそれを。小さい角が二本生えた、緑色の巨大な身体。

 大きく、そして太かった。高さは二メートルは軽く超えるだろう。腹は妊娠しているかのようにぱんぱんに丸く膨れ、そのくせ腰周りには贅肉がたくさんの皺を作っていた。そして体中から太く長い真っ黒な毛がぴょんぴょんと生えていた。

 そして、それは大きな大きな金棒を担いでいた。

 鬼だ・・・。

 とっさにわたしはそう思った。見たことなんて、そもそもいるなんて信じてなかったけれど、今わたしの目の前にいるのは、鬼だ。トゲトゲの、すごく重そうな金棒を持っているこれは、どう考えても鬼だ。

 あまりの恐ろしさに身体がすくんで動けなかった。今、こっちを見られたら全部終わる。

 さっきまでの高揚は吹き飛んで、恐怖に絡めとられていた。

 鬼の一歩はとても遅かった。機嫌がいいのか、空を眺めながら歩いていた。ただ、息遣いが、牛のような、でももっと恐ろしい、その躯体に見合った息遣いが、捕まれば容赦ないことを物語っていた。

 鬼はそのままわたしのいる小屋を通り過ぎてゆっくりと去っていった。

 しばらくすると地面の振動が落ち着いてきた。だいぶ遠くまで行ったようだ。

 けれど、必ずまたここへ戻ってくる。だって一本道をただ歩いて来ただけなんだもん。

 あの工事現場との境界まで行った後、また引き返してくるような気がした。

 いつこの小屋から出よう?もしもう引き返していたら?一本道だから、逃げ出すわたしなんてすぐ見つかってしまう。

 それとも、引き返すまでここで待ったほうがいいのかな。その方が追われることはなくなるけど・・・。

 そのとき、頭のピースがまた道なりに進むよう指し示した。

 今行けってことなのかな。あのゆっくりした歩調が逆に怖かった。

 けれど振動が収まっていたので、だいぶ遠くに行ったと判断し、扉の隙間からそっと這い出してもとの通りへ出た。

 腰を低くしたまま、鬼の行った方へそうっと見てみると、遠くに緑色の、黒い金棒を持った生き物が見えた。

 いま振り向かれるとばれる。いまじゃなくても、引き返した途端、見つかってしまう・・・。

 頭を覗いてもピースは相変わらずだった。このピースは方角は示してくれるものの、いつとか、早くとかはちっとも言ってくれない。

 見つかるのは時間の問題だと思った。どうしてか、隠れても無駄な気がした。この道にいる限り、必ずばれる。

 わたしは全力で走った。でもばれないよう、腰を屈めながら、ひたすら足の回転を早くした。

 鬼がこちらへ引き返さないうちに。

 これでわたしはもう追われる立場だ。

 

 どれくらい経っただろう。もう走るのは止めて早歩きをしていた。

 振り返っても鬼の姿はもう見えなくなっていた。

 さっきからずっとこの一本道だった。脇道もなく、似たような小屋が延々と続くだけで、わたしはこの道に飽きかけていた。

 新天地はあと少しあと少しと思いながらも全く近づいている気配がなかった。

 わたしはこの単調な景色を歩いている間、この世界のことを考えていた。

 どう考えてもおかしい。

 口元の触手が生えた人間くらいなら、わたしが知らないだけで、もしかしたらいるのかもしれない。でも、鬼だ。あれは鬼だ。作り物なんかじゃない、確かに生きていた。

 怖いと同時に、なぜか心が震えた。

 新しい世界に踏み込んだ興奮だった。

 信じられない。

 わたしのいたあの場所、あの会社のある世界と、本当は地続きで知らない世界があった。

 まるで異次元、異世界に来たような感覚だった。

 でもそれは違う。

 この足で、地を歩いて歩いて来ただけで、鬼なんかがいる所へ来た。異次元に飛んだわけでもない。この同じ空の下で、会社のあの人たちが仕事をし、触手がうねうねと動き、そして鬼が歩いている。

 すべては一つの世界の下で起こっている。

 今まで教え込まれてきた常識がひっくり返ったため、わたしはこれからは出来るだけ頭をまっさらにしようと心に決めた。

 ふっと妙なにおいが鼻をかすめた。

 どこかすごく不快なもので嗅いだことのあるような、ないような。

 振り返ってみて目をこらしても、彼方まで鬼は見当たらなかった。

 再び歩き出すと、また変な臭いが鼻についた。

 服を嗅いでみてもほんのり公衆トイレの匂いがしただけで、鼻につくのはそれとはまた別の、えぐい臭いだった。

 進むにつれて臭いはひどくなっていった。

「おえ、なにこの臭い・・。」

 妙な嫌な予感がした。

 口で呼吸するくらいになったとき、道の右側が急に開けた。

 何の気なしにそこを振り向くと、臭いの原因がそこら中にあった。

 たくさんの動物の死体がぐるっと円を描くように太い木の枝に刺さってぶらさがっていた。それだけじゃなく、地面にもあちこちに、体が途中までの動物が足や手をだらんと伸ばしたままへばりついていた。

 白っぽい地面には動物たちが引きずられた血の跡や血だまりが一面に飛び散っていて、中でもぐるっと枝を回したその中心部分は少し窪んでおり、そこに黒々とした血がなみなみと溜まっていた。

 突然の光景にわたしは吐きそうになって顔をそむけながら目をぎゅっと瞑った。それでもぶらぶら揺れている動物の死骸とそこから血が滴ってぽちゃぽちゃ跳ねる血の池が瞼の裏にこびりついて離れない。

 ハエの音がうるさかった。

 それでもゆっくりと顔を向けて目を開くと、やっぱり壮絶な光景が広がっていた。

 動物はほとんどが角の長い牛だった。巻き角を上にして、舌がだらんと落ちて、中には充血した目を開いたまま刺さっているのもいた。

「あの鬼が餌を食べるところだ・・・。」

それにしてもなんて酷い食べ方だろう。あのへんに転がってるのは頭と片足しか食べてないし、あそこなんか、体が引きちぎられて延びているだけで、食べられてすらいない。

 ただの食料用じゃない。遊んでるんだ・・・。

 よくよく死体を見ると本当に食べられているのはごくわずかだった。ほとんどの動物は体の一部がただただ損壊していた。手足の間接だったり、首だったり、角が付け根から抜き取られていたり。中にお腹だけが地面にぺたっと着くくらいぺちゃんこに叩き潰されていた。

 生き物の体でそうやって遊んでいることが、食べられるよりも、遥かに恐ろしかった。

 それが死んでからされたのか、生きているうちにされたのか、そこは重要な気がした。

 ぶるっと体が震えてとにかく急ごうと思った。さっきまでなんで呑気に歩いてたんだろうと不思議に思った。

 後ろを振り返ると、今まで歩いてきたずらっと延びる道の遠くの方に小さい影があった。

 見つかったかな?と思って身じろぎせずに目を凝らした。

 影は身動き一つとらなかった。じっとこっちを見ているような気がした。

 数秒経った時、影がもごっと動いたと思うと、ウオォォォォォォォォと心臓をえぐるような長い咆哮が耳に弛みながら聞こえてきた。


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