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新天地へ  作者: 時坂 圭一
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不穏な夜

「おやおや・・・。こんなところに・・・。誰かお探しですか?よかったら手伝ってあげましょう。」

細めた目が怖い。わたしの値打ちを測るような目でぞわっとした。

「い、いえ。ちょっと急ぎの用で。すいません。」

と言ってそのまま行こうとすると、「それでもねえ」と言って話を続けた。

「もしかして迷子になったんじゃないんですか?あなた、ここの人じゃないでしょ?人を探してるんなら、私ならここらの人は全て知ってるし、事務所に帰ればこのへんの地図もあるからさ。ちょっと、寄っていきませんかね。出鱈目に歩いても、ろくな事起きませんぜ。特に夜はねえ。」

そう言ってにやつきながらもう一人の男を見た。

 それでも黙っていると、

「地図のことを心配してるんなら、そのへんのことも全然大丈夫さ。ここいら、常に道やなんかは変わるもんだけど、部下がそのたびに地図を新しくして持ってきてくれるもんでね。だから、なあ、ちょっと寄ってった方がいいって。なあ?」

隣の男は無言だった。わたしも救いを求めて見ても、わたしにも目を合わせようとはしなかった。

 ふと、地図くらい見てもいいなと思った。わたしがどこから来て、いまどこにいるのか、新天地まであとどのくらいか。彼の部下が作ったらしい詳細な地図を見れば一発でわかる。そうすれば、どの道を行けば一番いいか・・・。

 いや、そんなことわかってるじゃないか。今までもそうだったように、地図なんて持っていなくても、ここまで来れたじゃないか。

「いえ、いいです。」

そう言ってわたしは逃げるようにして走り出した。

「おい、」

男の声はさっきと全然違った。

「おい、追え、追え!」

 パズルのピースが頭の中で何度も瞬いた。その度に角を曲がって曲がって、それでも後ろから砂利を踏んで駆けてくる音が離れなかった。

 もっと、もっと早く、もっとたくさん瞬いて。そうしないと撒けない。怖くて怖くて、唯一すがっているのがちっぽけな頭の中にあるピースだけで、そんな自分がよけいに情けなくて、涙ぐみながらひたすら走り続けた。

 後ろの足音がもうすぐ後ろに迫ってきて、ああもうだめだと諦めたとき、後ろから腕を掴まれた。

「はなして!」

大声で叫ぶと、あたりが急に静かになったような気配がして、余計に恐くなった。ここには味方なんて一人もいないんだ。

「お前、どこに行くつもりだ。」

必死で腕をほどこうとしても、力強い腕はわたしの皮膚に食い込んで離れなかった。

「お前、迷ってるんじゃないな。どこに行くつもりだ。」

「新天地よ。」

そういってきっと男の顔を睨んだ。

 男は、わたしと同じくらいの歳だった。暗闇に光るぎらぎらした黒い瞳、顎の周りに適当に生えた髭。そして、口元に短い触手が二本、うねうねと動いていた。

 わたしはパニックを起こして声も出ず必死で身をよじって離れようとした。

「新天地?新天地だと?お前、あそこに行ってなにをするつもりだ。あそこがどんな場所かわかっているのか?バカな真似はよせ。とっとと元の場所に帰るんだ。」

 こいつ人間じゃない。待って、さっきのあいつは?あのにやついた顔を思い出す。触手は、生えてなかったはず。

 見間違いかと思ってもう一度顔を凝視した。

「おい、聞いてるのか。お前、なんでそんなところに・・・。」

ぱくぱく動く口元と一緒に、うねうねと触手が絶え間なく動いていた。

「気持ち悪い・・・。」

わたしは呆然としつつそう言って男を見つめた。それがわたしなりの攻撃だった。やっぱり女だな、とぼうっとした頭で思った。

男は驚いた顔をして、そして掴んだ手の力がふっと弱まった。

 その隙に腕を思いっきり振って掴んだ手を剥がし、身を翻してまた駆けだした。

追ってくる音は聞こえなかった。


 あたりはもう真っ暗だった。追手が来ないことがわかって一安心して、そばのフェンスにもたれかかって息を整えた。ちょっとひどいことを言ったかなと思って、胸の中が妙にそわそわした。

 にしても、あいつはなんだったんだろう。人間じゃなかった。人間に限りなく近い、人間じゃないもの。

 コンビニの前の男たちを思い出す。あいつらにも、触手が生えていたんだろうか?店員は?

 全然思い出せない。なにせあんなちっちゃい触手、近づかないと見れない。

 ふと、コンビニに並んだへんてこな食べ物を思い出した。変わった、でも極上に美味しい食べ物・・・。わたし、食べちゃったけど・・・。

 急に怖くなって自分の口元を触ってみた。

 なにも、生えていなかった。

「よかった・・・。」

 一体、どうなってるんだろう?なにか、さっきから、コンビニのあたりから、何か変だ。微妙にずれているというか、異なっているというか・・・。

 そばの事務所の二階の窓が急にがらっと開いた音がして、わたしはまた走り出した。

 走りながら、だんだんわたしがわたしでなくなっていくような気がした。あの男も、ここに来たときは触手なんか生えてなくて、ここに住んで、ものを食べ、仕事をするうちに、気づけばあの気味の悪い触手が生えていたんじゃないんだろうか。そして生えてきたころには、もうこの世界に馴染んでしまって、触手の違和感にも気づかないんだ。

 もう空気すら吸いたくなかった。口を押さえながら、触手が生えていないか何度も確かめながら、それでも前へ前へ進んだ。

 だんだんとがやがやする声や音が聞こえ始めていた。嫌な予感がしつつ、お願いだからそっちへ行かないようにと頭の中のピースに頼んでみても、どうやらその方へ行かなければならないらしく、細い道を出ると大衆酒場が連なる飲み屋街が広がっていた。

 赤い提灯がながーい一本道にずらっと並び、ぼうっとしたその赤るい光に照らされて男たちがうじゃうじゃいた。飲み屋はみんなトタンでできたツギハギの簡素なもので、汚れたテーブルが道にまではみ出してそこここに置かれ、作業着のままの男たちがそこで酒を飲んだりなにかつまんだりしていた。

 そして案の定、すごーくいい肉の匂いがあたり一面に漂っていた。

 いままであんなにも事務所がひしめき合っていたのに、急にこんな開けた場所に出て、しかも今まで避け続けてきたのにこれからこんなにも大量の男たちをかわしていかなくちゃいけないのと思って呆然と突っ立った。

 せまい道で突っ立っていると、後ろから押すようにして男たちがわたしの横を通り過ぎて行った。細い目でわたしを舐めるように見た。

 これ以上はもう無理だよ、と頭の中のピースたちに言ってみた。ここに立っていても、この道を歩いていても、絶対なにか起きる。

 わたしが男だったら。悠々とこの中を歩いてやるのに。テーブルに置かれた酒を適当にかっさらって飲みながら、知らない男に適当に声をかけながら、新天地まで行って見せるのに。

 さっきのあの舐めるような目が悔しくて恐くて、やっぱりこのまま進めないよ、ごめんねと呟いて、来た道を引き返した。

 頭の中で固く白く光っていたピースたちがどろどろに溶けていくのがわかった。

 それでも構わずもとの道を引き返して、適当なところで折れ曲がった。方角的にはあっているだろうから、ここからでも新天地には行けるだろう。

 ご機嫌をうかがうように頭の中を覗くと、やっぱりどろどろになったピースだけがあった。

 お願い、ここから、この道から立て直して。この道から行けるよう、先導して。

 そう願っても、ピースは溶けたままだった。

 もういい、ピースなんかには頼らなくったって。新天地までもうすぐなんだから。

 そのまま適当に角を曲がり角を曲がり進んでいくと、妙な公園へ出た。

 こんなところに公園があるのも変だけれど、妙と感じたのはそこだけじゃなかった。

 公園の周りだけ、なぜか植木でずらっと囲まれて、まるで外から隠しているようだった。変わった形の植物だった。一本の太い茎から、手のひらよりも大きい葉っぱが放射状に生え、それが背丈の倍くらいの高さまでどれも成長していた。そしてなんともいえない、渋いような甘いような匂いをじわっと垂れ流していた。

 その植木の間から公園を覗くと、何人かの男がうずくまっているのが見えた。遊具に座っているものもいれば、地面に座っているものもいた。

 悪い夢を見ているようだった。来てはいけないところに来てしまったな、という感じがした。ここは関わっちゃいけない。

 それでもなぜか目が離せなかった。暗闇の中、どうやって遊ぶのかわからないようなピンク色の遊具が、適当にぽつぽつと置かれていて、砂場には地面に座っている黒い人影がたくさんいた。

 誰も会話せず、ずっと下を俯いていた。

 なぜかみんな子供に見えた。背格好は大人くらいなのに、公園にいるからか、それともさっきうじゃうじゃいた男たちとあまりにも違うためなのか、あまりにも脆く、そしてさっきとは異なる独特の怖さがあった。

 ふと、砂場の一人が顔をあげて、こちらを見た。顔は真っ暗で、真っ暗なのにわたしの方を見て笑った気がした。

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