第4話:ジャスティス&アナザージャスティス
【ロールプレイングハントの常識】
・狩気
相手を狩るという意気込み。類義語:殺気
・狩法
狩人が狩りをするときのスタイルのこと。
あれからユーリアと別れたジャストロだが、数日たってからまたユーリアと狩りに行くことになった。ユーリアがジャストロの家を訪ねてきてくれたからだ。どうやら、先日のジャストロの狩りを見て、さらにジャストロから狩りの技を教えてもらいたいと思って来たという。
そんなユーリアをジャストロは温かく迎えいれ、すぐに村を出た。
「貴重な時間をすみません。今日はよろしくお願いします!」
ユーリアは自分のために時間を作ってくれたジャストロに感謝した。
「俺も狩りに出たかったところだから謝らなくていい。こちらこそよろしく」
ジャストロはいつも通りの余裕な雰囲気で言った。
その後しばらく歩き、ジャストロが足を止めた。
「今日の狩場はここにしよう」
そこは迷いの森の入り口前の草むらだった。
「ここって虫系モンスターが多い場所ですよね?」
ユーリアは記憶が定かではないため、一応ジャストロに聞いてみる。
「そうだ。この前より少しレベルアップした虫系を狩ってもらおうと思う」
「やっぱりそうでしたか。ヘマしないように頑張ります!」
気合十分なことをジャストロに伝えたところで、二人の近くを早速獲物が通りかかった。
獲物は、ユーリアが狩の際にいつも避けていたグリムホーネットだった。そのため、ユーリアの気合は消え、かわりに恐怖が襲ってきた。
いかにも危険そうな黄色と黒の縞模様、前足の研ぎ澄まされた大鎌、腹の先の太い毒針。これらがどうも苦手だ。
「あ、あの…狩る前にジャストロさんの技を見てみたいなーなんて…」
怖さをどうにかごまかし、ジャストロに頼んでみた。
「わかった。しっかり目に焼き付けてくれ」
ジャストロは、ユーリアのバレバレの発言を嘘か本当か見抜いているのかは分からない表情でそう言い、剣を構えた。
ジャストロの狩気を感じ取ったのか、グリムホーネットがこちらに気づいた。猛スピードでジャストロのほうへ突っ込んでくる。
ジャストロは、そんなグリムホーネットに全く動じず、後退も静止もせず、同じく突っ込んでいった。ジャストロの剣とグリムホーネットの鎌がぶつかり、耳をつんざくような金属音がしたと同時に、二人とも後方に吹き飛ばされた。しかし、すぐに体勢を立て直し、向かっていく。この攻防接戦が4度5度繰り返されるうちに、グリムホーネットのほうがぐらついた。長期戦は苦手なのだろう。ジャストロはその隙をつき、突進しての二連撃を放ち、グリムホーネットの羽を切断した。飛べなくなったグリムホーネットは背中から落ち、仰向けになった。なんとかひっくり返ろうと必死にもがき続けたが、その苦労も虚しく、その場でジタバタするだけだった。
「やっぱりジャストロさんはすごいです…こんな敵に突進していけるなんて」
ユーリアがそんなことをつぶやいた。
「いや、今だからこうやって向かっていけるけど、このグリムホーネットにはすごいトラウマがある」
ジャストロはユーリアの賞賛を肯定せず、少し目を伏せた。
「ユーリア、少しその時の話をさせてもらう。この話を聞いたらユーリアの気持ちも少しは変わると思う」
「わかりました。しっかり聞きます」
ユーリアはそのトラウマについてとても聞きたかったため、話を切り出してくれたジャストロに感謝し、真剣に話を聞こうと力強く答えた。
ジャストロはその場に座り、ため息をついた。グリムホーネットはもがくのに疲れたのか、静止している。
そのため、グリムホーネットが苦手なユーリアも、なんとかその場に座ることができた。
「じゃあ、話を始めるぞ」
「はいっ!」
「幼い頃の俺は、良く狩りに行っていた。そして、色々な獲物をとってきていた。その歳では普通だと狩ることの難しい獲物も稀に狩っていたから、結構村の人にも噂が広まって、俺はちょっとした人気者だった。ある日俺はいつも通り狩りに出た」
ユーリアは、子供の頃から強いジャストロに、さすがだなと思い聞いていた。
そんなユーリアの心境は知らず、ジャストロは話を続ける。
「その日の標的はグリムホーネットに決めていて、標的のいる場所に行ってみた。早速一匹のグリムホーネットが出て来たから、剣を構えて向かっていった」
ここでジャストロは一息つき、改めて話を進めた。
「しばらく相手と打ち合っていて、ふとあたりをみたら、グリムホーネットだらけだった。一体だけに集中してたから全然気がつかなくてさ。でも、その数は異様すぎて、明らかに罠だと思った」
「逃げ出したいと思ったけど、逃げたら背中を斬られるから、俺は途中からべそをかきながら必死に戦ったよ」
「あの時は本当に怖かった。自分の死がそこまで迫ってきていて、いつ死んでもおかしくない状況だったからな。頭の中も真っ白だった」
ジャストロは遠い目をしていた。ユーリアは、そんな死の瀬戸際のような状況にいた話をどう聞けばいいか戸惑っていた。
「そのあと無我夢中で剣を振り回したんだが、ついに一匹に胸のあたりを水平に斬られて、かなりの出血だった。そのあと倒れて、それからはもう記憶がなくなった。気がついたら村の保健所の前だった」
ジャストロは軽く笑みをうかべていたが、その顔は明らかに引きつっていた。
「それで、結局罠だったんですか?それとどうやって助かったんですか?」
ユーリアは続きが気になって、無意識に口を開いていたことに気がつき慌てた。
しかし、ジャストロはそんなユーリアの様子をみて安堵したのか、また口を開いた。
「結局それは罠で、仕掛けたのは俺と同じぐらいの年の村の三人組のワルだったらしい。どうやら、俺がちやほやされるのを悔しがってたらしくて、今回の計画を実行したんだ。計画は、こっそり俺の服にグリムホーネットが相手を敵だと認識するフェロモンを塗って、あとは次の日に俺が襲われるのを木の影から楽しんでみてるって作戦だった」
「その三人組は、本当はちょっとだけ脅すつもりらしかったんだけど、俺が斬られてかなりびびって、その後は必死に逃げて村に戻って救助隊に知らせたから、俺は死なないで救助されたって話らしい」
「これがこれの体験したトラウマ。俺にもこういった弱い時があったんだ」
しかし、ユーリアは一つの疑問をぶつけた。
「でも、ジャストロさんはその時は弱かったかもしれませんけど、普通の狩りの時はいつもみたいに強かったんじゃないですか?」
ユーリアはジャストロの答えが絶対にYESだと確信していた。しかし、またしてもユーリアの確信は外れた。
「いや、あの時は本当に泣き虫だった。ユーリアは自分が泣き虫だと思ってるけど、俺はユーリア以上に泣き虫だった。ちょっと怒られただけですぐ泣いたしな。でも、狩りで泣いたのはそれだけだったな。なんでかっていうと、毎日欠かさず狩りに出てたからかな。そうすれば自然と度胸がつく。ユーリアはまだ狩りはじめて数日。これから毎日欠かさず続けてれば、いずれ泣き虫なんて克服できる。頑張れ!」
「そうだったんですか。毎日の狩りならできそうなので、頑張ります!」
ユーリアの意気込みを聞き、ジャストロは満足そうに頷いた。そして、ユーリアに拳を突き出したので、ユーリアも拳を突き返し、お互いコツンとぶつけた。
そのあとジャストロが立ち上がり、力尽きそうなグリムホーネットにとどめをさそうとした時、巨大な地響きが聞こえた。
ジャストロは危険を感じたのか、ユーリアのところまで戻ってきた。
「あそこの木の影に隠れる。行こう」
そういわれ、ユーリアはジャストロとともに木の影に隠れた。
地響きの主はドラゴンだった。名前は「アーロックドラゴン」温厚な性格だがかなりの巨体で、緑色の鱗で覆われている。地面を這うタイプのドラゴンのため、歩くたびにその巨体によって地響きが起こる。
ユーリアは、はじめてみる大型ドラゴンにビビり、体全体がすくんでしまった。さらに涙も若干溢た。さらに、若干漏らした。
そんな怖さを紛らわそうと、ふとジャストロを見た。ジャストロも冷静にしているように見えるがが、表情は険しく、頬に冷や汗をかいていた。
アーロックドラゴンはそんな2人には気づかず、先程狩ったグリムホーネットの所へ歩みを進めた。全く抵抗できないグリムホーネットは、あっさりとアーロックドラゴンの口の中へ消えていった。アーロックドラゴンは草食だが、空腹時は昆虫すら食べるところから、相手はかなりの空腹だったと分かる。
ユーリアは、こういった狩人以外の獲物同士の世界でも弱肉強食だということを今始めて知り、恐ろしいながらも心の中で感心していた。
アーロックドラゴンはさらに、近くの木々の葉や、地面の草などをゆっくり食べた後、元来た道を引き返していった。
アーロックドラゴンが去ってから、ジャストロとユーリアは話し合い、このことをジーク幻将軍に伝えるべく、その場を立ち去った。ジーク幻将軍は、後で村内の一区画に村の全狩人を呼んで自身がそのことについて話すと取り合ってくれた。
そのため、二人は安心し、狩りに戻った。
さっきの場所に戻ったが、別の狩人の気配があったため、2人は草むらに隠れた 。こっそり覗いてみると、そこには一人の狩人がいた。第一印象は、とにかく赤い!燃えるような赤い髪に、ディープレッドの服と装甲。狩りをするのには少し目立ちすぎる格好でもあった。その狩人が戦っているのは、中型の獲物だった。名前は「スナイパーマンティス」といい、一言でいうと大型のカマキリ。ジャストロも狩るのを少し手こずる獲物だ。大型ではあるが、地球にいるカマキリとほぼ同様のスピードで襲ってくるため、前から攻めるのは効率が悪く大怪我を負う。そのため、普通は死角から攻めるか、武器の大鎌を切り落とすのがベストだ。
そのため、スナイパーマンティスと戦う赤い狩人の狩法は、ジャストロにとってはあまりにも無謀に思えた。
そんなことを考えているうちに、スナイパーマンティスの素早い一撃が赤い狩人を襲った。ジャストロは無計画にもスナイパーマンティスに狩られた赤い狩人にため息をついた。一方のユーリアは、見ていられずに顔を手で覆い、しゃがみ込んだ。
そして、細長い物体が草むらに落ちた。多分赤い狩人の腕か何かだろう。ジャストロは無残にも狩られ、吹っ飛んだ物体に哀れみの目を向けたが、直後目を見開きそれを凝視した。
そこにあったのは赤い狩人の腕ではなく、襲いかかっていたスナイパーマンティスの右鎌だった。
ジャストロはそのまま顔を赤い狩人の方に向けたが、腕は両方ともあり、右手には剣が握られていた。不思議とその剣は、刀身が揺らぎ、そして刀身のまわりが蜃気楼のように揺れて見えた。
一方のスナイパーマンティスは、自分の完璧だと思われた狩りを妨害されたと共に、反撃されていたことにも戸惑い、草むらに吹っ飛んだ自分の右鎌を呆然と見つめていた。
その隙をつき、赤い狩人はスナイパーマンティスの左鎌も切断し、相手を翻弄するかのように走りって跳躍し、全身を切り刻んで狩ってしまった。
ジャストロはユーリアの肩を叩き、狩りが終わったことを告げた。
ユーリアは恐る恐る顔を上げて、赤い狩人の両腕があることと、スナイパーマンティスが狩られていることに驚いた。
「あの狩人すごいですね…!かなりの上級者なんですかね?」
「たぶんそうだな。あそこまで簡単に狩れる狩人は、俺たちの村には5人といない」
ジャストロとユーリアはただただ感心していた。
そんな中、赤い狩人がこちらに気づき、振り向いて歩み寄ってきた。
ジャストロとユーリアも、茂みから抜け、歩いていく。
「ようよう、さっきから見てるようだけど、俺になんか用か?」
赤い狩人は、初対面に対しては、少し馴れ馴れしい言葉遣いで話しかけてきた。ユーリアは気にしなかったが、ジャストロは不快感を覚えた。
さらに、近くで見るとさらに際立つ赤色や、ピアスやブレスレットなどの装飾品など狩りをする格好としてあまりにもかけ離れているこの男に、ジャストロは強さを認めたことを後悔した。
一方のユーリアは狩りの経験が浅く、そんなことは知らないため、フレードを憧れの目で見ている。
「いや、別に…ただ、気になったから見ていただけだ」
ジャストロはそっけなく答えた。
「ふーん。そんなに俺の狩りってすげぇかな?」
赤色の狩人がそう言った途端、珍しくおとなしいユーリアが、目を輝かせて答えた。
「とってもすごかったです!あの狩法、僕も習ってみたいほどでした!」
さすがにこの狩人にユーリアを任せられないと思ったジャストロは、ユーリアを説得しようと口を開いた。
しかし、一足早く、赤色の狩人が話し始めた。
「お、マジか!んなら、俺んとこ来て一緒に稽古でもすっか?」
「ぜひ、喜んで!色々なことを教えてもらいたいです!」
既に二人とも話がヒートアップして、ジャストロが口を挟む間はなく、あっさり話は決まってしまった。
「よしきた。っと、名乗ってなかったな。俺の名前はフレード!よろしくな!」
赤色の狩人、フレードはそういい、ユーリアに手を差し出した。
「僕はユーリアです!よろしくお願いします!」
ユーリアはその手を握り、上下にブンブンと振った。
その様子をもう見ていられなくなったジャストロは、無言でその場を去った。
「おい!あんたはなんて名前なんだよ!」
フレードの声が背中から聞こえるが、この事が納得のいかないジャストロの耳には、一言も聞こえていなかった。
その背中を見ていたユーリアは、ジャストロに悪いことをしてしまったと今更自分の行動を恥じた。元々はジャストロに狩りを教えてもらうつもりで来ていたのに、何処の馬の骨とも知れぬ狩人に会い、ただ上級者だからといって狩りを教えてもらうなどというのはジャストロを下に見ているうえに、教えてくれる人には大変無礼なことだ。
「なんだアイツ?ブスッとしやがって」
ユーリアとジャストロの関係を知らないユーリアは、ただ二人を見比べて、眉間にシワを寄せていた。
それからユーリアとフレードは、毎日狩りに出かけた。フレードはユーリアに色々と新たな狩法を教え、ユーリアはそれをどんどん習得していった。フレードはユーリアの成長を見るのが楽しかった。ユーリアもまた、フレードから色々と教えてもらうのが楽しみになっていた。しかし、ユーリアはいつも頭の片隅に、ジャストロの事を考えて狩りをしていた。狩りの時に余計なことを考えるのは良くないことだが、ユーリアとしては、自分をこの狩りの世界に連れ出し、最初に色々教えてくれた師匠ともいえる狩人であるため、考えるのをやめることはできなかった。
一方のジャストロは、狩りをする際にあの二人に会わないように狩場を決めていた。これは、ユーリアが自分のことを思い出し、狩りに対する迷いを増幅させないようにするためであった。余計な考えが増えてしまえば、命を落とす可能性も大きくなる。
そんなジャストロの思いやりを当然知らずに、ある日、二人は少し手強い獲物を狩ることを目標に村を出た。
「ユーリアはここんとこすげぇ成長したもんな!今日は俺からの最終試験だ。頑張れよ!」
フレードはユーリアに笑いながらいった。
「はい!頑張ります。獲物が強いということで少し怖いですが、がんばって狩ってみせます」
ユーリアは意気込んでそう答えた。足取りも軽かった。
そのあと二人で冗談などをいい楽しく歩き、やがて狩場に着いた。
そこには既に標的である獲物が悠々と歩いていた。
獲物の姿をみて、ユーリアは一気に青ざめた。
「あ、あれですか…?」
震える手で指さしたところには、フェンブレンというドラゴンだった。全身は黄土色の鱗に覆われ、狼を思わせるような赤い目、口から伸びる鋭い二本の牙が特徴の四速歩行型のドラゴンだ。動きは素早く、その牙に噛まれたらひとたまりもない。
「んあぁ、なに狩るかいってなかったっけか。そうそうあいつだ。そんな怖くねぇって!いつも通り集中していきゃあ大丈夫だ」
フレードは笑ってそういうが、ユーリアはまだ青ざめていた。しかし、ここで気持ちを引き締めなければ、確実に狩られる。そう思い、ユーリアは両頬をぺちぺちと叩き、気合を入れた。その音に反応したのか、フェンブレンがこちらへ向かって歩きだした。
ゆっくりと、ユーリアに狙いを定めながら近づいてくる。
一方のユーリアは、剣を構え、迎え撃つ準備をした。二人の距離があと数メートルというところで、フェンブレンが突進してきた。ユーリアはここぞとばかりに大きく右に跳んだ。フェンブレンはいきなり止まることができず、ユーリアの横を猛スピードで横切った。それを見逃さず、ユーリアは力を込め、横切るフェンブレンに剣を縦に振り下ろした。剣はフェンブレンの尻尾を切り落とした。尻尾を失ったフェンブレンは、痛みに苦しみ、躓いて前のめりに倒れこんだ。
「おし、隙ができたな!今だ、畳み掛けろ!」
フレードが大声で叫んだのと同時に、ユーリアは地面を蹴り、倒れているフェンブレンに向かっていった。立ち上がろうとする背中に一撃、さらに、フレード直伝の狩法で、数分でフェンブレンを狩ってしまった。
フェンブレンは最後に奇妙な雄叫びをあげて力尽きた。
「よっ!お見事!こりゃあ余裕で最終試験合格だ」
フレードが満面の笑みで言った。
「ありがとうございます!こんなに簡単に狩れたことが、自分でも信じられませんよ」
そういって、ユーリアがフレードの方を向いた…途端、草むらから新たなフェンブレンが飛び出してきた。
そう、フェンブレンはその姿ゆえに、狼としての習性がある。先程の絶命する前の雄叫びは遠吠えと同じく、仲間を呼ぶ合図となっている。普通だと、フェンブレンを狩った時はすぐにその場を離れるのが常識である。
「ユーリア!武器を抜け!俺が支持する通りに動きゃ狩れる」
そんな常識を知らないフレードは、フェンブレンに対して応戦できる状態だったが、ユーリアを使った方が早いと考えた。
ユーリアは慌てて武器を抜き、応戦した。初めのうちはフレードの言うように動いていたが、あまりに突然のことだったため、焦り始め、戦況はどんどん悪くなってしまった。最終的にはフレードの言葉も耳に入らず、狩られないようにと必死に武器を振り回した。
「おい!俺の言うこと聞けって!死んじまうぞ!」
自分の言うことを聞けばどうにかなると考えていたため、フレードは苛立っていた。そんな状況の中、ユーリアと1匹のフェンブレンが相打ちとなり、大きくのけぞった。さすがのピンチだろうと思い、フレードは苛立ったまま、大声で叫んだ。
「ユーリア!右によけろ!」
その声は聞こえたらしく、ユーリアは右に身体を寄せた。
フレードは、やっと自分の言葉通り動いてくれたことに満足したが、直後大きな間違いを犯していることに気づいた。本当は左によけろと言うつもりだったが、苛立っていたため、間違えて右と言ってしまった。
どうにか正気を取り戻し、フレードの言葉が聞こえたユーリアは右によけた。が、すぐにフレードの声が聞こえた。
「違うユーリア!左だ!左によけろ!」
「左ですかぁ⁉︎」
まさかの変更に驚き、ユーリアはフレードの方を向いてしまった。フレードはかなり焦った顔をして、ユーリアの方を指差し、叫んでいた。
「ユーリア!ちゃんと前向け!!」
そう言われ、ユーリアは、狩りの途中だということを思い出し、前を向こうとした。直後、ユーリアは頭に激痛を覚え、目の前が真っ暗になった。
ジャストロは、今日は狩りをする気になれなかった。そのため狩りにはいかず、しばらくやっていなかった家の掃除を始めた。さすがに久しぶりのため、箒をはくと沢山の埃が舞った。そんな埃にむせながらも、家の隅々まで掃除をした。掃除が終わった時にはお昼の時間になっていたため、冷蔵庫の中の物で昼食を済ませた。昼食後は眠気が襲ってきたため、少し仮眠を取るために横になった。疲れていたのか、さほど時間も立たずに深い眠りに落ちた。
しばらく経って外の騒がしさに起こされた。外は赤かったため、夕方の5時ぐらいだろうなと思い、身体を起こした。外の騒ぎが気になるため、窓から外の様子をみたところ、村の門のところに人だかりができていた。なにかすごい獲物を誰か狩ったのだろうかと思いながら、ジャストロはしばらく眺めていた。やがて、人だかりが減ってきて、何かが見えてきた。ジャストロが目を凝らし見てみると、そこにいたのは血だらけのユーリアだった。
慌てて家を飛び出し、ユーリアの元へと向かった。着いてみると、ユーリアは頭から流血していた。傷は髪の毛に隠れてわからないが、肩で息をしているため、重症なのは明らかだった。
「おい、ユーリア!大丈夫か!」
ジャストロはユーリアに向かい叫んだが返事はないまま、担架で治療場に運ばれていった。残ったのは、立ち尽くすジャストロと、申し訳ないという顔で立ち尽くすフレードだけだった。
そんな中、ジャストロがフレードに掴みかかった。
「ユーリアになにがあった…!なんで守れなかった…!弟子を守ってこそ師匠だ!なんであんな重症なんだ!」
前髪で隠れて目は見えなかったが、ジャストロは泣いていた。フレードは、この狩人はクールで無愛想であまり喋らないタイプだと思っていたので、その気迫に圧倒された。
「す、すまねぇ…ほんとに…まさかこんなことになるなんて…俺がユーリアを助けりゃよかったんだ…なんでユーリアを使っちまったかなぁ…」
フレードは全く言葉が出てこなかった。ただ謝ることしかできなかった。
「使うって…弟子は道具じゃない!感情がある!師匠なら身体はって弟子ぐらい守れ!それが師弟の関係だ!」
ジャストロのその言葉を聞いて、フレードは自分が間違った道をすすんでしまったことを恥じた。自分は強いからとか弟子ができたとか調子に乗って、自分が正しいと思って進んできた。その結果、今回のような取り返しのつかないことを起こしてしまった。
「ほんと…すまねぇ…俺は間違ってた…なぁ、あんた…正しい道…俺に教えてくれねぇか…?俺は道を誤って、今は右も左も分かんねぇんだ…頼む…」
そういいながら、フレードは土下座をした。今まで舞い上がってた自分を恥じた。しばらく沈黙が続いたが、やかて頭上から声がした。
「明日の昼に…村の門に集まってくれ…どっちが沢山狩れるか勝負だ。それであんたが勝ったら、正しい道を教える…」
「わかった…あんたに勝てるように頑張るぜ…」
そんな会話をかわし、フレードはユーリアのいる治療場に、ジャストロは自宅へと戻った。
ユーリアが目覚めたのは、ベッドの上だった。身体を起こそうとしたが、頭に痛みを覚え、そのまま身体を元に戻した。記憶の整理をし、やっと自分がフェンブレンに襲われたことを思い出した。そのあとどうなったか気になったが動けないため、寝て待つことにした。
しばらくして最初の来客があった。その人物はフレードだった。いつものような笑顔はなく、申し訳なさそうな顔でベッドの横の椅子に座った。
「すまねぇ…俺のやり方は間違ってた…あの茶色の狩人いるだろ?ほら、お前と最初にいた。そいつに今怒られてきたんだ」
フレードはおもむろに口を開いた。その言葉を聞いて、ユーリアは不思議に思った。
「ジャストロさんですね。そんなに落ち込むようなこと言われたんですか?あの人なら注意でも、優しく言葉をかけてくれると思うんですけど…」
しかし、フレードは首を縦に振らず、言葉を続けた。
「あいつ、俺に掴みかかってきてなぁ…表情は見えなかったけど、泣いてた。必死に歯を食いしばってさぁ…すっげぇ剣幕だったし、言う言葉の一つ一つが正しいんだ…」
「えっ⁉︎あのジャストロさんがそんな感情的に怒ったんですか⁉︎」
ユーリアは驚くと同時に、また頭痛を覚えた。穏やかなジャストロしか知らないため、そういった面があることについて気になった。
「おぅ…師匠は弟子を守るもんだとかいっててなぁ…すっげぇその通りだと思った。あいつはパートナーのことを一番に考える心優しいやつだぜ。だから、俺がユーリアに指示ばっかして自分は動かないってことに憤りを覚えたんだろうなぁ…」
ユーリアは言葉が出なかった。絶対にジャストロは自分の事を見限っていたと思ったが、実は一番に考えてくれていたことに、驚きと感謝と、裏切ってしまった自分の弱さを感じて涙をこぼした。
「んで、明日あいつと狩りの勝負することになったぜ。俺が勝てば、あいつから狩りの正しい道を教えてもらえて、あいつが勝てば、俺はもうこの件から一切手を引いて、自分の村に帰るぜ」
フレードの言葉を聞いたが、ユーリアは涙が止まらなかったため、なにも言えなかった。
「んじゃ、俺は帰るぜ。明日ジャストロだっけか?あいつが報告に来るからよ」
そういってフレードは席を立ち、出口へと向かった。ユーリアは出て行くフレードの背中に、どうにか小さな声で声をかけた。
「ありがとう…ございます…頑張ってください…」
その後、ユーリアは、疲れからか睡魔に襲われ、そのまま眠りについた。目覚めたのは外が暗くなってからだった。村の門限を告げる鐘が鳴ったので、正確な時間はわかった。そして、その鐘が合図のように、二番目の来客があった。ユーリアは身体を起こせたので、その姿勢で待った。来たのはジャストロだった。ユーリアは目を合わせられず、反射的に目を背けてしまった。しかし、ジャストロはユーリアのところまで歩み寄り、先程フレードが座っていた椅子に腰掛けた。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、ユーリアが口を開いた。
「ごめんなさい…」
言えたのはこれだけだった。この言葉しか出てこなかった。
「誰でも一度は過ちを犯す。だから、一度起こしたことは一度謝れば許す。ユーリアは謝ってくれた。今回のことはこれでおしまいだ」
ジャストロはそういい、ユーリアのベッドの脇に座ると、ユーリアの肩を抱き寄せた。ユーリアは泣いていた。こんなにも簡単に許してくれるジャストロの器の大きさに泣いた。そんなユーリアを見ながら、ジャストロは口を開いた。
「さっきフレードが来たと思うけど、明日はあのフレードと狩り競争をやることにしたよ。これで決着をつける。」
ユーリアは泣きながら聞き、その後も泣いていたがどうにか泣くのをやめ、一つ気になっていた質問をした。
「あの…フレードさんに掴みかかったって本当ですか?」
「その話か…確かにあの時は掴みかかったし、怒鳴った。だって、大事な仲間が傷ついたし、あいつは明らかに舞い上がっている部分があったから」
ユーリアは、仲間という言葉が心に響いた。それと同時に、ジャストロは感情的になると性格が変わることも改めて分かった。
「やっぱりそうなんですね。でも、そういうところも含めてジャストロさんを尊敬します。僕のためにそこまでやってくれるなんて」
ユーリアはそう言った。その言葉を聞き、ジャストロはユーリアの頭を、傷が痛まないように軽く撫でた。
ユーリアはそれが嬉しく笑った。そして、自分が怪我をしてから今まで笑っていないことに気づいた。
「よし、俺は帰る。明日は狩りの結果報告に来るつもりだ」
そういい、ジャストロはベッドから腰を上げ、出口へ向かった。
「ありがとうございました。あの、元気出ました」
ユーリアはジャストロの背中にそういった。ジャストロは振り返らず、右手を上げ、外に出て行った。
二人の狩人に励まされ、ユーリアは気持ち良く眠りについた。
それぞれ見舞いをした二人はその後、フレードは村の宿屋へ泊まり、ジャストロは自宅で寝る支度をし、明日に備えて床に就いた。
そして、二人の狩人は朝を迎え、それぞれユーリアの見舞いに行き、約束の時間を待った。
そして、ついに約束の時間になり、二人は向かい合うように村の門の前に立った。
「タイムリミットは30分。必ず戻って来いよ」
「おうっ、任せとけ!」
二人は言葉を交わし、お互いの拳を打ち合うと、それを合図に村を飛び出した。
ジャストロはなるべく競争心を抑え、狩りに専念した。競争心を持つと力んでしまい、いつもの力を発揮できないからだ。そのため、ジャストロはいつものペースでどんどん獲物を狩っていった。
一方のフレードは、いつも使っている自分の剣は使わず、武器屋で選んだ手に馴染む剣を使って狩りをした。
なぜ自分の剣を使わなかったかというと、フレードのいつも使っている剣は、反則といってもいいからだった。
フレードの持つ武器は、神器と呼ばれる、惑星ライアスに3つしかない武器(三狩の神器と呼ばれている)の一つだ。見た目は普通の剣だが、ストッパーを外すと、刃先が熱せられ、あらゆるものを焼き切り裂く剣になる。この武器は容易に獲物を切り裂くため、一度この剣を使うと、普通の剣をほぼ使えなくなる。神話では、3人の狩神様のうちの一人、光炎神レギンが所持しているという剣だ。フレードはこの剣を、自分の住む村の近くの森の奥で拾った。村に持って行こうとしたら、謎の男が現れ、それはお前が持てと言ったため、所持することにした。今では相棒だ。
しかし、相手が普通の剣を使うため、フレードも神器ではなく、堂々と普通の剣で狩りをすることにした。
だが、神器に頼っていたフレードは普通の剣ではまともな狩りができなかった。力任せに剣をふるってみても正確性がないため、剣は空を切るばかりだった。
こうしてお互いがお互いの狩りをし、ついに約束の時間となった。二人はそれぞれ獲物を抱え、門の前に戻った。ジャストロは獲物を山のように積み上げたが、フレードは数匹しか狩れなかった。その差ははっきり分かった。
フレードは剣を取り落とし、膝から崩れ落ちた。負けるのは分かっていたが、自分の想像よりも多くジャストロが獲物を狩っていたところに力の差を感じ、体から力が抜けてしまっていた。
「へへっ、やっぱ俺の負けかぁ…んじゃ、俺は荷物まとめるか」
フレードはそう言い、その場を立ち去ろうとしたが、ジャストロが肩に手を置いた。
「ん、なんだよ?俺は負けちまったんだぜ?」
フレードはジャストロに言ったが、ジャストロは気にせず口を開いた。
「あんたもしかして、普通の剣使えないのか?」
「んぁ、まあな。あの赤い剣しか使ってきてねぇからな。普通の剣は見ての通りまともに使えねぇぜ」
フレードのその言葉を聞き、ジャストロはため息交じりに言った。
「普通の剣もまともに使えないのに、ユーリアの師匠になったのに納得いかないな。ちゃんとした剣の使い方教えるから、しばらくこの村にいろ」
その言葉を聞き、フレードは慌てた。
「ちょっと待て⁉︎話が違うぜ!なんでお前が勝ったのに俺がここに残るんだよ!」
「普通の剣ぐらい使えるようにしないと、神器がなくなったらどうする?普通の剣は神器みたいな切れ味はないし、力任せにふるったら隙だらけになる」
ジャストロにそう言われ、フレードは黙った。確かに言う通りだった。神器がなくなったら、自分は数日でドラゴンなどに狩られてしまうだろう。
「でもよぉ、俺宿に泊まる金とかそんなねぇし…」
実際、フレードは今日帰るつもりだったため、所持金はあと少しだけだった。
「俺の家に来ればいい。俺の家、もともと宿屋なんだか知らないが、使ってない部屋がたくさんある」
ジャストロのこの言葉に、フレードは固まった。
「…は…?いやいやいや⁉︎そんなんダメだろ!負けたうえに世話になるとかすげぇ申し訳ねぇぜ⁈」
「気にするな。あんたが普通の剣を使って狩りをできるようになれば、俺は満足だしな」
ジャストロの言うことが正しいのかよくわからないまま、フレードはその条件を承諾した。
その後、二人はユーリアのところへ行き、今までのことを話した。話を聞いたユーリアは目を丸くして驚いた。
「へー、まさかそんな展開になったとは…意外すぎて言葉も出ませんよ。でも、お二人の仲が深まったみたいで、僕としては満足です!」
ユーリアはそういって笑った。
その笑顔をみて、ジャストロとユーリアはお互い顔を見合わせ、微笑んだ。
そのあと、ジャストロが改まってフレードに一つ提案をした。
「なんか狩りだけで勝っても面白くないから、色々な対決をしてみたい。一つお互いを理解し合ったところで」
「面白そうだな!よし、その話乗ったぜ」
フレードは一つ返事で承諾した。
ユーリアはその様子をニコニコしながら見守っていた。
ユーリアと別れた二人は、色々な対決をした。サウナ我慢対決や、大食い対決。女性口説き対決、料理対決など、多くの対決をした。結果は、二人とも勝ち負けが同じ数のため、引き分けで終わった。この対決を通して、二人の仲はさらに深まった。
そして次の日、フレードは予定通りジャストロの家に訪ねて来たが、なんと荷物をまとめて引っ越してきた。まさかの展開にジャストロは驚き、ユーリアは大喜びだった。ジャストロの家は住める部屋がいくつもあるため、むしろ引っ越して来てくれて好都合であった。
ユーリアの頭の傷の完治には、あと2週間ほどらしい。そのため2人は、ユーリアの傷が完治するまで、交互にユーリアの面倒を見ることにした。さらに、それ以外の時間は、ジャストロが普通の剣での狩りをフレードに教え、フレードはそれを習得するということを決めた。
こうして、ジャストロに3番目の仲間、そして、初のパートナーとも呼べる狩人ができた。性格も正反対で狩法も違うが、お互いがお互いを認め合う、良き狩り仲間となった。
どうもお久しぶりです!閃光眩です。年の終わりが近いということで、色々な予定があったため、更新が遅くなりました。今回の見所はなんといっても、新たな狩人「フレード」の登場です!また、ジャストロの意外な一面などもあるので、今回も盛りだくさんです。次の話はジャストロとフレードの2人がメインのお話になると思いますので、よろしくお願いします。では、また次話の後書きで会いましょう。