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中編

 シノは自称忍者なだけあり、隠し事がとても上手い。ただし誰しも欠点は付き物で、うっかりやらかしてちらほら証拠を残す間の抜けたところがある。

 未熟者め! と思いきり高笑いしてやったら面白い反応をもらえそうなので一度やってみてもいいかもしれないと時折お茶目な悪魔が囁いてくるけれど、幸か不幸か彼にはツメの甘さを見事カバーしてしまう曲者がいた。

 彦にゃんだ。彼は並大抵のことなら卒なくこなせるが故に、元来の世話焼きな気質もあって補佐に回ると恐ろしいまでにその能力を発揮した。客観視すればするほど、なかなかに凶悪なタッグである。


 だけどうちも伊達に三年間親密な関係を築いてきたわけじゃない。

 ここ最近、二人とその他大勢がなにかを押し隠そうとしていることは察していた。


 彼等の些細な動向や耳に入る情報で推測をたてるくらいならわけないし、うちも相当な狸なもので素知らぬフリをしてきた。というのも、隠し事なんて前々からあったし、一々目くじら立てたところで結果は変わらない。そういう時のうちは完全に蚊帳の外状態だからだ。まあ顔を突っ込んで精神的疲労を味わうのもなあ、という本音が七割方占めているから大抵どうでもいい。放置だ。

 しかし今回はいつもと違って手こずっているのか、長丁場になっていて見過ごすのも段々疲れてきた。みんなが何を思って行動しているのか――それが例えうちに関することだとしても、うちを巻き込まないとあちらが決めた時点でうちは無関心だ。無関心の姿勢を貫いた。シノ曰く、些事はすべて部下に任せて主君は堂々としていればいいのですとのことなので、まさしくその通りにしてきたのだ。

 報告してこない限り介入しないスタンスは、信頼の裏返しだ。任せたぞ、みたいな。

 だけどそうも言ってられんかなーと先ほど彦にゃんにそれとなーく探りを入れた時に感じたわけで。


「主君っ、お、お帰りなさ」

「シノ、随分と遅かったねえ」

「ももも申し訳ございませぬっ! 主君にご不快な思いをさせるなぞ、せ……切腹を!」

「忍者と武士混ぜるな危険するでなし」


 しかもケーキの箱を抱え込んで言う台詞じゃない。まさかケーキで自殺してみせるとかトリッキーな手段とらんよな。


「ま、多分今回ばかりはシノの手に負えんみたいやし」


 教室の入り口付近で慌てふためくシノに笑いかけながら、スカートのポケットからとある物を取り出す。


「うざくらしーの夏まで続くのはさすがにごめんこうむりたいんで新展開でいきましょうか」

「……やっぱり気付いてたか」

「そこまで鈍感やないし。それに、」


 そしてぱしんと軽やかな音をたてて平手におさめ、唇にはっきりと微笑を形作った。


「身内把握しとんは当たり前やろ」


 オオオ――――ッ!!!


 騒ぎに気付いて廊下に飛び出した連中が、揃って形容しがたいどよめきをあげた。さすが殿だとかとうとう武器を持ちだしたぞとか聞こえるけど武器じゃないから。家の食卓に置いてあったのを持ってきただけで意図的どころか偶然だから。カッコつけてみるのにいいかなー程度のポーズなのに解せぬ。


「団扇はわかるけどそれはギリアウトじゃねーの。なんでいち女子高生が扇子なんか所持してんだよ」


 彦にゃんにはお見通しらしく、呆れた眼差しをいただいた。


「ギリアウトって。彦にゃんはうちを何様だと思っとん」

「お殿様扱いされてる変人」

「失敬だな! 主君は正真正銘の殿であり唯一無二のお人だ! 桧室はまず主君と友人であることを心から名誉に思うことからはじめるべきだ。さあ主君を崇めて称えて平伏しろ!」

「ダッラ。なんでそこでシノが出しゃばっとんが」


 いつの間にかうちらの傍らに立ち、無駄に偉そうに命令するシノの頭を扇で軽く小突いた。途端に崩れ落ちて平伏する有言実行の忍者。申し訳ございませぬうううううと心からの謝罪を口にする態度には慣れたものの一歩後ろに下がってしまうのは本能というかコイツとことんうちに弱いな。放置しておいても問題ないともわかっているためフォローする気力も湧かず、代わりに廊下に出てきた妙に煌びやかな連中に目を向けた。

 四人の男達は知っていた。というか知り合いだ。そういえば彼等との接触がここ最近ぱたりと止んでいたなーなんて。なにかと用事を作っては足を運んできていた落差が激しすぎる。だけどそれ以上にその事実に遅まきながら気付いた自分が一番解せぬ。

 一方、彼等を率いる美少女に関しては別だ。とんと記憶にないどころか、これが初対面だった。目に留めるほどの美少女っぷりを忘れるほどうちは無関心じゃないつもりだ。というかそこらのムサイ男どもより余程お知り合いになりたい。

 それなのに、うちはものすごい形相で食い入るように凝視されていた。鬼婆の如き凄まじい迫力を遮るように口許を扇で覆い、彦にゃんに流し目を送る。


「ね、彦にゃん、うちチョー睨まれとらん? はじめましてで悪印象与えるとかうちそんな悪人ヅラしとるけ?」

「殿様だからじゃねーの」

「殿様みんな悪人ヅラっちゅー偏見に異議あり」


 なんて喋っているうちに、相手側の観察タイムが終わったようだ。美少女は強張った表情のまま周りに尋ねた。


「ね、ねえ、あの人が大路七なの?」

「あ、ああそうだ。愛姫が会いたがってた七先輩だが……」


 美少女の異変に戸惑いを覚えているのだろう。彼女に寄り添う一人の微妙な表情に気付かない美少女は、きっと眦を釣り上げてうちに問うた。


「あなた……何?」


 誰じゃなくて何扱いきましたー。

 まさかうちはエイリアンとか地球外生命体の類と思われているのだろうか。それはそれで笑えるけど彼女が言いたいのはそういうことではない気がした。


「何と言われても……」


 肩を竦める。


「大路七、ここに通う生徒としか答えようがないなあ」

「そうじゃなくて!」

「つーか名前を知りたいならまず自分からっつー礼儀も弁えられんが」

「神白愛姫よ! そうじゃなくて……っあなたなんで女子の制服着てるのよ!?」

「はっ?」


 あまりに突飛な質問に素で間抜けた声が零れ落ちた。周りも質問の意図が読めないらしく揃って疑念に満ちた顔をしている。


「え、うち女子やないの。え、彦にゃんうちのストーンな胸揉んでみるかね、って痛い!」

「慎みを持て」


 頭はたかれた。あ、はい混乱しましたすみません。

 背後にゴゴゴゴゴゴと般若を背負ったオカンな不良もどきを前にして素直に謝罪した。うちはプライドより命をとりたいんです。

 彦にゃんは眉間の皺を指でぐいぐい押して溜息を堪えるような動作をとりながら、渋々と口を開く。


「神白、お前は」

「やだ彦四郎ったら、愛姫って呼んでって言ってるじゃない!」


 おぉふ、まさしくキチガイ。


「……七は確かに中性的な容姿をしているが、生物学上まごうことなき女、だ。それは俺に限らず周りも知っている。どこをどう見たら女じゃないだなんて勘違いを引き起こせるんだ?」

「えっ。……だ、だって大路七は根っからのサドな冷酷無慈悲な殿様で、人を駒としかみなしていなくて、だけどそれを補うだけのすっごいカリスマを放ってて、芸能人なんて目じゃない美貌の持ち主で……」


 神白は自分の口許を覆い、もごもごと「っだ、第一殿様って言ったら男じゃない」ととってつけたように言った。確かに殿様と言われれば男を想像するに違いない。納得のいく持論だ。しかし、しかしだ。


「うちって冷酷無慈悲な殿様系なんか」


 なるほど知らなかった。サドっ子の申し子とまで呼ばれているほどのことをうちは日常的に行っているらしい。


「そんなことありませぬ!」


 うちの呟きを拾ったシノが即否定した。


「私は主君ほど慈悲深く誰からも崇拝されているお方を知りませぬ。私もその一人っ、主君に未来永劫ついていく所存でございますれぶぁあああああああああ!」

「オイ、お前このままだと一生こいつに付きまとわれるぞ」

「これがシノやしね」


 そういう奴だと知って好き勝手させてきたのだから今更だ。仕方なさげにかぶりを振るう。

 とはいえ、仮にうちが彼氏なる者を連れてきたらどうだろう。そのときの反応が怖い。不躾に相手の滅殺にかかる光景が容易に想像できる。そのためにもハイスペックな相手を入手したいところだが、好きになるかどうかは別物だから難しい、難しすぎる問題だ。とりあえず現状、彼氏が欲しいと思っていないから然程気にしていないのだけどいつか真面目に検討せねばなるまい。

 それより今は目の前の美少女が問題だ。うちのツルペタという数少ない急所を見事ついてくる手際といい、なるほどなかなかの問題児の模様。さすが彦にゃんにキチガイと言わしめただけある。

 うちは扇をあおいで生温い風を感じながら、ふっと息をついた。


「残念ながらうちは女。まな板と言われても女やからそこは諦めてくださいな。そんで神白は何しに上級生のクラスにわざわざ? あ、後ろのアンタらもね」

「私達は愛姫に殿先輩を見てみたいと言われてここまで案内したんです」

「そ~そ~、殿先輩は相変わらずマイペースっぽいッスね~」

「頬が血でベッタリな後輩にマイペース呼ばわりはちょっと」

「それ殿先輩の部下のせいだから! 躾はしっかりしてくださいよ!」


 調教は趣味じゃないんでちょっと。いやいやそれなら普段の行動はなんなんスか。ほんなん戯れに決まっとるやろ。

 なんてちょいちょい話していたら、突然美少女が叫んだ。というか暴走した。どうしてこうなった。



「大路七はそんなんじゃないいいいいい!」



 違うのよ! と叫びこちらに指を突き付けてきた。

 対して勢いに呑まれたうちは、はあと間の抜けた返事をするだけ。その反応がお気に召さなかったのか益々呵責が掛かり、神白は髪が乱れるのも構わず首をぶんぶん横に振るう。あまりの変貌ぶりから浮かぶ困惑に眉根を寄せた。


「っっ大路七は、」


 神白愛姫の言う大路七とは。


「もっとこう、色香たっぷりに周りを見下すような、自分の魅力を最大限に発揮した微笑で周りを翻弄して超絶悪役! って感じを前面に押し出してるのっ。だっから、っっっ絶対絶対ぜーったい! そんな変な言葉遣いのマイペースゆるゆるな善良お殿様みたいな感じじゃないんだからああああああ――!!!」


 こればかりは例外なく全員が黙らざるを得なかった。というか呆気にとられた。目の前の女生徒が初対面の相手に対して妄想を拗らせたような悪役設定を持ち込まれた挙句、人格全否定までするなんて思いも寄らなかったからだ。

 まあ確かにうちは見た目でかなり勘違いされる上に、いつの間にか殿様殿様と周囲のノリの良さが祟ってそういう扱いをされている。うち自身もそれでいいならそれで的なノリで甘受してきた身分だ。なので今更悪役を演じるのは拗らせた黒歴史的なブーメランで精神的ダメージを食らうだろうからごめんこうむりたい。

 ぼんやりと考えている間も彼女の独白は続く。


「たっ確かに見た目だけはものすごい美人だわ。美術品を鑑賞している気分になるくらいすごく整ってるのは認める。でっでも私が会いたかったのはアンタじゃないのよっ。わた、わ、たしの大路七を返してよおおお……っ!!」


 あ、泣いた。

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