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「ローズマリーちゃ~ん。逃げられないわよ? 殴られたい? 撃たれたい? それとも首を縛ってあげましょうか? 可愛いリボン大好きでしょう?」

「いやよ! あなたになんかやられるものですか!」

 扉を打つ大きな音が響いた。キュルキュルという音から察すると、食器などを運ぶ重いワゴンで体当たりしているらしい。継母がまだ我が家のメイドさんだった頃、焼きたてのケーキをたくさん載せて部屋まで運んでくれた思い出のワゴンで。あの頃は素敵な姉様ねえさまができたとはしゃいだものだった。あの優しさがこの瞬間の為に計算されていたなんて……。

 わたしは空中に逆五芒星を描き、バフォメット様を呼んだ。でも、紋章からは誰も出てこなかった。

「バフォメット様、早く! お願いよ!」

 扉の金具が音を上げて、隙間から継母の顔が見えた。

「さあ観念なさい。わたしは護身術代わりにいろいろやっているから、お嬢様育ちのあなたに勝ち目なんてないわ。泣いて謝るなら共犯者にしてあげなくもないけど、どうするの?」

 執拗な体当たりでボルトが折れ、とうとう継母が部屋に侵入してきた。

「なによ、その光の模様は? どういう仕組みなの? ……気味が悪いけどまあいいわ。さあ、どうするの? 謝って財産をわたし名義に書き換えると約束するなら、死体の片付けを手伝わせてあげるわよ?」

「いやよ! 名義を書き換えた途端に殺すつもりなんでしょう? あなたになんて我が家の財産をもうこれ以上、銅貨一枚だってあげないわ!」

「だから本を読む子は嫌いなのよ。黙って言うことを聞けばせめて眠っているうちに殺してあげたのに。頭がいいばっかりに怖い思いをするはめになったのよ? でもこの場合『従うふりをしておいて寝首をかく』が正解だったんじゃない? 残念ね。誤答のお仕置きは縛り首なのに。かわいそうなローズマリー。ひどいお母様を許してね? 間違えたあなたが悪いのよ?」

 継母は、いつのまに用意したのか太いロープを手にしていた。

「父様が亡くなって、悲しみのあまりに可愛い娘は……。若かったのにね……」

 窓に向かって走りだしたわたしを、継母は難無くつかまえた。後ろから抱きかかえられ、首にロープをかけられる。

「いや! 放して!」

「まだ泣かないの? 強情な子ね。可愛くないわよ? そういうの」

 継母はロープを片手で持ち直すとガーターベルトに挟んだ拳銃を抜いて、わたしのこめかみに突きつけた。

「さあ、歩きなさい。どこか首を吊るのにいい場所なんてあったかしら? ……そうだ、あなたのほうが詳しいでしょ? ほら、いつも一緒に隠れんぼしてたじゃない」

「やめて! 隠れんぼのことは言わないで!」

「あの隠れんぼの面倒なことったらなかったわ。ねえ、覚えてる? あなたが倉庫に隠れて出られなくなった時のこと。あれね、わたしが鍵をかけたのよ? だって、あなたしつこいんだもの。いいえ、あなたは悪くないわ。子どもってしつこいのよね。だからわたし、子どもって大嫌いなの。怖かった? ねえ、怖かったんでしょう? あなた、今でも暗い部屋に一人でいられないのよね? 家じゅうの電灯をつけっぱなしにしているのは、あなたが怖がるからなのよね?」

 継母がランプに手をのばす。

「やめて! 消さないで!」

「じゃあ、死に場所を選びなさい。ほら歩いて、お嬢様」

「いや! 放して! ……バフォメット様! 助けて!」

「なによ、あなた悪魔崇拝者あくますうはいしゃなの? どおりで薄気味悪い娘だと思ったのよ」

 わたし達ははりがむきだしになっているところまで歩いた。扉を壊した頑丈なワゴンを押すよう、強要されながら。

「さあ、これに載ってロープをかけるのよ。下手なことを考えたら、頭を撃ち抜いてお嫁にいけない顔にしてやるんだから。まあ、どちらにしてもいけないけどね」

 梁にロープを掛けて、きつく結んだ。

「……ねえ、お母様はわたしのことが憎いの? 昔はあんなに優しかったのに、どうしてわたしにこんなひどいことができるの?」

「今さら何を言うのよ? あなただってわたしが憎いんでしょう? いつも生意気ばかり言ってわたしを困らせてきたじゃない」

「だって、あなたは父様を! わたしの父様を……」

「いやらしい! 父親にいけない感情を持っていたのね? やっぱり悪魔崇拝者は考えることが違うわ。ああ恐ろしい!」

「そんなおかしな感情なんて……。わたしにはカイル様がいるもの!」

「そうね。あなたにはカイル様がいるわ。父様だって結局あなたのものだった。先生もあなたに夢中になって破滅したんだわ。……あなたは、……あなたは何でも独り占めするじゃない。そうやって何も知らないお嬢様みたいな顔して、やっと這い上がってきたメイドをあざ笑ってるんでしょ!」

「誤解だわ! そんなのただの被害妄想じゃない!」

 継母はその場にへたりこんで涙をこぼした。

「……やっと暮らしに困らなくなったと思ったら、衰えてゆくだけの人生が残っていた。優しくてお金持ちの夫がいたって、仕事ばかりでかまってもくれない。そんな気持ちがあなたにはわかる? ねえ、何不自由なく育って人生これからのお嬢様に、わたしを責める権利があるって言うの?」

「わたしがそんなに追い詰めていたなんて……。お母様……ごめんなさい」

 継母の肩がピクリと動いて、わたしを突き刺すようににらんだ。

「哀れむの? 優しいお嬢様は殺されそうになってなお、人を哀れむ余裕があるっていうの?」

「じゃあ、どうすればいいのよ! 悪いことをしたと思ったから謝ったのに!」 

「所詮お嬢様にはわからないことなのよ! あんたなんかにわかってたまるものですか!」

「いつまでもそうやっていじけていればいいわ。あなたのことだからきっと上手く逃げ延びるんでしょう。我が家の財産を横領して、いくらでも好きなことをすればいいじゃない。でも、あなたは幸せになんかなれない。あなたには幸せを感じる気持ちが欠如しているんだから」

「生意気なガキね! 御託はいいからさっさと死んでよ! 目障りだわ!」

「いいわ。あなたに殺されるくらいなら自殺のほうがましよ。化けて出てやるから!」

 首のロープを、なるべく痛くなさそうな場所に安定させる。「父様、今から行きます」と心の中でつぶやいて、わたしはワゴンを蹴った。

「……ん……んんっ!……」

「どう? 苦しいものなの? 首吊りって」

 継母が勝ち誇った表情でわたしの顔を観察している。だから目を閉じた。まぶたの中がカアッと赤くなってキラキラと輝くものが見えた。頭が割れそうに痛み、目が飛び出しそうな圧迫感を感じる。息ができない苦しさに手脚がじたばたと暴れる。迫りくる死の恐怖に、胸が突き刺すように痛む。それでも苦しさを通り越すと、だんだん気持ちよくなってきた。

「ングググンググッググッン……」

 喉がけいれんして妙な音を立て始めた時、突然ロープが切れてお尻をひどく打った。

「いたたたた」

「嬢ちゃん、遅くなってすまん!」

 目を開けると、バフォメット様が身長より大きな斧を手に継母をにらんでいた。

「あ、あんた何者よ? ばば、化け物!」

 継母はバフォメット様に拳銃を乱射した。しかし、その銃弾はバフォメット様に届く前に空気の層のようなものに当たって床に落ちた。

「くだらねえ。そんなものが魔族にきくわけねえだろ、馬鹿女。食われてえか? それとも俺のハーレムにでもくるか? ツラだけはいいからな。……それにいい乳してやがんな、おい。たっぷり可愛がってやるぜ? 好きなんだろ?」

 バフォメット様は空いている左手を握ったり開いたりしながら継母ににじり寄る。

「あっちへ行って! こないで!」

 バフォメット様が継母の首をつかんで持ち上げた。

「どう? 苦しいものなの? 首吊りって。どうだ? 可愛い娘に実験させるより、自分でやったほうがよくわかるだろ?」

「ぐる……じい……」

「バフォメット様、放してあげて!」

 とっさに口をついて叫んでいた。

 バフォメット様は継母を下ろした。まだ手は首にかけたままだ。

「なんだ、またかわいそうか? こんな危ねえ女といたら嬢ちゃん死んじまうぞ?」

「下心があるとはいえ、その人はわたしをかばってくれたの。そして先生を殺してしまった。でもあれは事故よ。あんな卑劣ひれつなことをされたら、わたしだって……。それにバフォメット様が人を殺すところなんて見たくないわ」

「……嬢ちゃんは優しいなあ。おっちゃん、泣けて……きたぜ」

 バフォメット様がたくましい腕で涙を拭う。

「いいか、女。今回だけは嬢ちゃんに免じて勘弁してやる。先生って野郎の死体も魔界の外れにでも捨てておいてやる。だがな、嬢ちゃんが不幸になったり、変な死にかたでもしたら、まっ先におまえを食ってやるからそのつもりでいろ!」

「…………」

「返事!」

「……わ、わかりました。ありがとうございます」

 わたしは座りこんで震える継母を見下ろして言ってやった。

「たまにはケンカもいいものね。お母様があんなことを考えていたなんて……ごめんなさい」

 継母は「ふんっ」と鼻を鳴らして応える。

「その余裕たっぷりな態度が気に入らないっていうのよ。小娘のくせに」

「あら、気に障ったかしら? 育ちがいいのはわたしのせいではなくってよ?」

「こん……の……クソガキ……」

 わたしはバフォメット様の後に隠れる。

「誰がクソガキだって? 嬢ちゃんのことか? え? 嬢ちゃんのことなのか?」

「……すみません」

「冗談よ、お母様。もう、わたしを殺さないでね」

「うるさいわね! わかってるわよ」

「ところでバフォメット様。随分ハラハラさせていただいたけど、何をしてたの?」

「いや~、それがよ、ハーレムに新しく入ったネエちゃんといいところだったんだ。暇な時だけって言っただろ? まあ、無事だったことだし勘弁してくれ」

「そう……バフォメット様も大人の男性ですものね。危ないところを救っていただいて本当にありがとうございました」

 わたしは丁寧におじぎをしながら謝辞を述べた。

「お、おい。嬢ちゃんよーそんな冷たい言いかたすんなよ~」

 バフォメット様は手のひらから色とりどりの丸いお菓子を発生させて、わたしにくれた。

「おめえも食うか? 美味いぞ?」

 継母にも同じものを発生させて渡した。

「ねえバフォメット様、あーんして?」

「て、照れるぜ」

 わたし達はお菓子を食べているうちになんだか楽しくなって、バフォメット様にお酒などふるまった。あのお菓子には幸せになる魔法がかかっていたのかもしれない。

 翌朝、先生の遺体と、継母に吐き出させた武器すべてを手に、バフォメット様は帰っていった。

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