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バフォメット様が帰ってしばらくすると、わたしは手脚を縛られ、さるぐつわをされてベッドに閉じこめられた。先生が来てキスをしてくれるのかと目を閉じたら、そんなひどいことをされてしまったのだった。時間が経つとひどい倦怠感と、身体じゅうを虫がはうような不快感が襲ってきた。さるぐつわを噛まされたまま悲鳴にならない悲鳴を上げて数日をすごしていると、人のいない時を見計らってはバフォメット様が現れて身体じゅうをマッサージしてくれた。
「人間の身体ってのは面倒なもんだからな。血を循環させてやらないと毒素がたまっちまう。やらしい意味で触ってるんじゃねえからな」
強烈な不快感と不安の中、バフォメット様の手が優しくて涙がこぼれた。
「ほら、今のうちに行っとけ。若い娘を縛ったまま放ったらかすなんざ、あいつらそのうち食ってやらなきゃならんな。苦しくても声出して見つかるんじゃねえぞ」
さるぐつわ以外を解いてもらったわたしは急いで用を足し、浴室で冷や汗にまみれた身体を洗ってベッドに戻った。
「馬鹿だな、水を浴びてきたのか? 震えてるじゃねえか」
「だって、優しいあなたの前で不潔にしていたくなんてないもの」
バフォメット様はわたしを抱いて暖めてくれた。バフォメット様の身体が紫色に光ると震えはすぐにおさまった。
「嬢ちゃん、娘ってのはな、ちょっと不潔なくらいのほうがいい匂いがするもんだぜ?」
「いやよ、恥ずかしいじゃない。……バフォメット様ったら。……変態」
「もうそろそろ禁断症状もよくなってきたみたいだが一旦縛るぞ。怪しまれるからな」
粗相をするくらいなら舌を噛み切ろうと思っていたわたしをバフォメット様は救ってくれた。大げさかもしれないけど、彼は命の恩人だった。
それから数日経ってわたしは解放された。先生はニヤニヤしながら部屋に入ってきて、スカートをめくると首を傾げてがっかりしたような顔をした。わたしにそんなに恥をかかせたがるなんて、恨みでもあるのかしら?
「弁護士が君を待ってるよ。ロージー」
「よくもこんなひどいことをして笑っていられるわね。この恥知らず」
「やれやれ、薬には副作用ってのがあるんだぜ? 教えてなかったかな?」
「白々しい。いつか仕返ししてやるんだから。楽しみにしてなさいね」
「怒った顔も可愛いよ、おお怖い怖い」
――わたしを待っていた弁護士は先生のいやらしいハンサムとは別の、切れ長の目をした爽やかな感じのハンサムさんだった。ダークグレーのスーツをきれいに着こなしてネクタイをきちんと締めている姿は、やり手ビジネスマンという印象だ。それでも長めの金髪の前髪からのぞかせる目はとても優しかった。継母や先生と同年代だろうか。
「こんにちは、お嬢さん。僕はカイル・グラント。カイルって呼んでくれ。もう身体はいいのかい?」
わたしに用というのは父様の遺産についてのことだった。遺言状がわたし宛になっていて開封できなかったのだとか。わたしはひどい熱を出して寝こんでいることになっていたらしい。
開封された遺言状には予想以上に莫大だった父様の遺産を、わたしが九割、継母が一割受け取るよう書かれていた。加えて、わたしが二十歳未満だった場合は二十歳になるまで後見人を立てること、とあった。二十歳までは生活費と十分すぎる額のお小遣いを後見人から受け取れるよう指示されていた。父様が遺言を預けた人なら心配ないと考え、その場でカイル様を後見人に指名した。
「奥様は後添い(のちぞい)でこちらに来られたんでしたね。お気を落とさずに」
「いいのよ、これが当然だわ。娘を溺愛していたあの人なら、こうするだろうと予想はしてたのよ」
「それはよかった。美しいお二人の遺産争いなど担当したくはありませんからね」
「ロージー、よかったわね。これからも仲良く暮らしていきましょうね?」
弁護士さんの前では殊勝な態度をとっているけど、魂胆はお見通しだ。
「そうね、きっとこれからはお母様も人が変わったように優しくしてくれるのでしょう? うーんと甘えさせてね」
「生意気ね。仲良くしてたほうがお互いにメリットがあるでしょ? それとも日本の母様のところにでも行くつもり?」
「父様を捨てた人なんて、あなたとあんまり変わらないわ」
「あら、じゃあいい人なのね、あっちのお母さんも。とにかく、父様の身内も例の事件でみんな亡くなってしまったんだから、女二人で仲良くやっていきましょうよ。お金をたくさん持っていても、孤児なんていやでしょう?」
「お母様しだいよ」
「はいはい。あなたの前では気をつけるわ」
その晩『仲良し親子』の手料理で男性陣をもてなし、夜は更けて(ふけて)いった。




