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――目を開けると、白い天蓋の布が目に入った。窓の外は暗くなっていて、枕元の電灯だけがほのかに光っていた。わたしは自分のベッドにいた。
わたしはなにをしていたんだろう? などと考えている内に、警察の男が言った言葉がよみがえってきた。目から涙がこぼれて、わたしは悲鳴を上げた。
「どうした? ロージー! おい、しっかりしろ!」
――次に気が付くと、わたしは先生の腕の中に身体を横たえていた。
「父様が……父様が……」
「わかってる。さっき警察から電話がきてたよ。君に話したらいつまで経っても返事がないから一旦切ったと言っていた。大丈夫かい?」
わたしは先生の胸に顔を埋め(うずめ)て泣き続けた。
翌日、水死した父様の遺体はひどい状態になっていると聞いて、継母は遺体をアメリカで埋葬することにさっさと同意してしまった。形だけの葬儀が終わってしばらくすると、獣達はわたしの目をはばかることもなく堂々と口付けたり、抱き合ったりしていた。文句を言う気力すらないわたしは、ただ黙ってベッドにこもってすごした。
ベッドにばかりこもって食事もとらないわたしを心配したのか、ある日先生が果物やパンを持って部屋に来た。
「さあ、ちゃんと食べなきゃだめだ。死んでしまうぞ、そんなことじゃ」
「わたしは父様のところへ行くの。もうどうでもいいのよ、先生。放っておいて」
「そんなこと言ってちゃだめだ。父様も悲しむぞ。ほら、少しでもいいから」
先生がパンに木イチゴのジャムを塗って手渡してきた。わたしは仕方なく食べた。一つ食べ終えると急に足りない気がしてきて、もう一つ食べた。
「ほら、お腹空いてたんだろ? そうそう、この薬を飲んで。街の薬屋からわざわざ買ってきたんだ」
「なんのお薬?」
「元気が出る薬だ。はい、水」
わたしが粉薬を飲むのを確認すると、先生はわたしの肩を一つ叩いて出ていった。
先生がくれたお薬のおかげか、わたしはすぐに元気を取り戻した。目に映るものすべてがキラキラと輝いているようで、はしゃぎすぎて継母に注意されるくらいに。
その日わたしは廊下の赤絨毯の上でくるくるまわって、お気に入りの白いドレスのスカートを膨らませたりして遊んでいた。
「ロージー、脚が見えてるよ? 白くてすべすべのふくらはぎが」
「もっと見たい?」
おじぎをする時のようにスカートをつまんで、太ももが見えるくらいまで引き上げた。
「恥ずかしくないのかい?」
「平気よ! 先生、見て! 上手くまわれるようになったわ!」
わたしは気のふれたバレリーナのようにまわり続けて上達ぶりを披露した。
「あんなにはしゃぎまわって、可愛いものね」
「脚だけじゃなくて、早くすべてを見たいもんだ」
「もうちょっとかしら?」
「うん、そろそろだね。でも念には念を入れてしばらく様子を見ようか」
二人がそんな会話をしていたような気がした。
お薬を飲んではしゃぎまわったあとはいつもひどい倦怠感で、起きているのさえ困難だった。だから、いつのまにか先生の鞄を開けてお薬をくすねるようになった。恥ずかしいとさえ思わなかった。
昼と夜の区別なく踊ったり先生とお喋りしたりの日々が続くと、ある時先生がわたしに接吻してくれた。なんだかとっても心地よくて、先生と夢中で口付けた。
「これが大人の接吻なのね。素敵……」
「接吻だなんてかたいな、ロージーは。キスでいいよ」
「それもそうね。……キス……キス……キス……覚えたわ。だから、ご褒美をちょうだい? 先生」
先生が髪をなでながらご褒美をくれる。
「元気になってよかったね、ロージー」
「ありがとう……先生のおかげよ……もっとキスして……」
いつのまにか継母がそばにいた。
「さあ、好きにしていいわよ。わたしも気分が乗ったら参加するから」
「どれだけこの時を夢見たことか。僕の可愛いローズマリー、優しくしてやるからね」
先生はわたしの背中に手をまわすと、お尻をなでまわしながらドレスのリボンをほどく。恥ずかしさで背中がゾクゾクしたけど、火照った(ほてった)身体に当たる涼しい空気が心地よくて、わたしは先生に脱がされるままにしていた。
そこへ玄関から声がした。
「すみません。エディントンさん!」
継母はやれやれと首を振りながら玄関に向かった。
――下着だけの姿で先生と口付けていると、継母が戻ってきた。
「ちょっと、おあずけよ。弁護士が来たわ」
「なんだよこんな時に。君だけでなんとかならないのか?」
「この辺には宿がないから、しばらく泊まらせることにしたわ。お金の話よ? 早く来なさい」
二人はなんだか嬉しそうな顔をして出ていった。
わたしは誰かとお喋りがしたくなって、久しぶりにバフォメット様を呼び出した。
「お! 嬢ちゃん。おっちゃんと抱っこするか? やっぱり人間の若い娘はいいな。真っ白ですべすべしててよ~」
「おっちゃん、わたし達仲良しさんね。チューしてちょうだい?」
「……なんだ、ラリってんのか? 嬢ちゃん」
「なによ~。おっちゃん、はやく~」
唇を尖らせるわたしに、バフォメット様は悲しそうな目をして言った。
「自分を大切にしろよ。若い娘が悪い薬なんぞやっちゃだめだ」
「悪いくすり~? 先生がくれたのは元気が出る薬だよ? おっちゃん……やだ、おっちゃんだって。おっちゃん……おっちゃん」
わたしはバフォメット様の肩をバンバン叩いて笑っていた。
「気をつけろ。嬢ちゃんの母ちゃんと愛人ってのはそうとう美味そうな奴等だ。つまり、悪い奴等ってことさ。もう薬をもらっても飲むなよ。じゃあな」
バフォメット様は紋章を描いて去っていった。




