3-9
遠くの山の上空に出たわたし達は、呆けて(ほうけて)立ちつくした。飛行機を見下ろすほどの高度にいて離れていたのに、わたし達の身体が少し焼けていた。
キノコのような形の雲が、ヒロシマ上空に浮かんでいる。
「なに? あれ……」
「爆弾どころじゃないな。天界のしわざか……?」
「……母様」
「……あたしが愚かだったんだ。……パラシュートが見えた時に、紋章で飛びこむべきだった」
「パラシュートがあの爆弾だったら、わたし達も……。サッちゃんは悪くないわ。……爆弾が悪いのよ」
「母様を魔族にしてでも助けよう! ロージー、行くよ!」
サッちゃんが紋章を描き、わたし達はヒロシマ市街に入った。舞い上がった塵のせいなのか、あたりが暗くてなにも見えない。サッちゃんが顔じゅうを覆う形の特殊なマスクを取り出してかぶせてくれた。指先のオーラをたよりに、おぼつかない足取りで母様の家を目指す。
黒こげの死体がごろごろと横たわっていた。皮膚が溶けて垂れ下がった姿でさまよい歩く人達がいた。「お母さん」と力なくすすり泣く子ども。溶けた身体で必死に「坊や!」と叫び続ける母親。火傷だらけの身体で川に飛びこみ、折り重なるように死んでいく人達。街は悲鳴とうめき声に包まれていた。
すべての建物はボロボロで、窓ガラスすら溶け、とても街だったとは思えない廃墟になっていた。
座りこんだわたしにサッちゃんが肩を貸してくれて、再び歩き出す。
母様の家は太い柱や壁の一部だけになっていた。瓦礫の山を踏んで中に入ると、母様がよく着ていた薄紫のきものに包まれた、黒こげの死骸があった。
母様を抱き起こそうとすると、乾燥していてポロポロと崩れてしまった。
大声で悲鳴を上げ続けるわたしの目をサッちゃんの光る目が覗きこんだ。
――目が覚めると、自室の赤いベッドの上にいた。
「目が覚めたね。気分はどう?」
「最悪よ……。決まっているでしょう」
「またベッドにこもってすごすのかい? バフォメットから聞いたよ。君は悲しいことがあると、ベッドにこもる習性があるってね」
「冗談はやめて。そういう気分じゃないの」
「いつまで、そういう気分じゃない気分でいるつもり?」
「わからないわ。一生かもね」
「もう生きていたくない?」
「そうね……」
「あたしの目を見て?」
「いやよ、眠ったらきっと怖い夢を見るもの」
「キスしようよ」
「冗談はやめてって……ば」
半ば強引に口付けされると、わたしの見開いた目に赤い閃光がはしった。
――ヒロシマの街が元気な人達でにぎわい、わたしは母様と並んで歩いていた。
「母様! 無事だったのね? よかった……」
母様の手を握るとその手が溶けだし、顔を見上げると黒こげの死骸になっていた。
――わたしは父様と真っ白な砂の砂浜に座ってお喋りしていた。
「気持ちいいわね、父様。わたし、母様に会えたのよ。こんど一緒に会いにいきましょう?」
「そうだね、是非そうしましょう。母様は元気でしたか? ロージー」
「ええ、黒こげに乾いたお顔で……」
――わたしはバフォメット様と二人でデパートにいた。
「なんでも買ってやるぞ。まずはなにがほしい? 遠慮はいらんから言ってみな」
「わたしね、父様と母様がほしいの。いいえ、家族ならなんでもいいわ。買ってくれる?」
――わたしはサッちゃんとベッドにいた。
「ロージー、仲良くしようか。君のつらさをあたしが引き受けてあげる」
サッちゃんが服を脱ぎ捨てると綺麗な肌に火傷が広がりはじめ、黒こげになった姿でわたしの服に手をかけた。
自分の悲鳴で目が覚めると、サッちゃんが胸に座っていた。
「そうとう、まいってるね。手の施しよう(ほどこしよう)がないな。仕方ない、今回だけだよ」
サッちゃんとわたしは生まれたままの姿になり愛を訴え合っていた。
「バフォメット様に気付かれちゃう……」
「見つかったらすぐ眠らせるから大丈夫。だから、あたしだけを見て……」
お互いの身体を隅々まで知り尽くし、思いが通じ合うと、築き上げた愛を讃え(たたえ)合う二つの声が、一つの叫びになった。
――熱気が残るサッちゃんの腕の中で、わたしはまどろんでいた。
「どうだい? 少しは元気になった?」
「……いいえ、わたし、とても落ちこんでいるの。だからもっと愛をちょうだい?」
「嘘はよくないな。……お仕置きだ」
わたし達は気が狂いそうなほど愛し合い、汗にまみれた裸の身体を抱き合って深く眠った。




