第三章
バフォメット様の話によると、わたしの新しい先生は夢魔術を得意とするすげー美人のお姉さんとのことだった。夢魔術とは異性に取り憑いて(とりついて)精気を奪い取る技術のことで、牙や翼を使った護身術なども含まれているのだとか。夢魔術をマスターすれば奪い取った精気を糧にして、人間を食べる機会を地上で言う十年に一度ぐらいにまで減らせるそうだ。
わたしはバフォメット様にお姫様のように抱かれて闇空を飛び、先生の家についた。その家は丸太を組み合わせて作られた山小屋風の建物だった。周囲を深い森に囲まれていて、暗い森の中からはフクロウの鳴き声が響いていた。
バフォメット様が扉をノックする。
「はーい、開いてるよ!」
バフォメット様の後に隠れて中に入った。家の内部は丸太のいい匂いがした。必要最低限のシンプルな家具類はすべて黒で統一され、几帳面に整頓されている。
奥の扉から鮮やかなピンクのショートカットのお姉さんが出てきた。
「やあ、その子が嬢ちゃんだね? 隠れてないで顔を見せてよ」
「は、はじめまして……」
「へぇー、バフォメット好みの可愛い女の子ちゃんだね。将来は奥さんにするの?」
「ば、馬鹿言うな! 嬢ちゃんは俺の娘みたいなもんだ」
「そっか、まあいいや。あたしはサキュバス。サッちゃんと呼んでね」
サッちゃん先生は誇らしげに胸を反らせて言い放った。張られた胸は女性らしい大きめの膨らみをもっていた。深く透き通るような赤い瞳に整った高い鼻筋。微笑んだ口元からは白くて小さな牙が見える。人間でいえば二十歳過ぎぐらいの見た目で、女のわたしから見てもうっとりするような、お人形さんのような人だった。
「すまないが、嬢ちゃんを頼むぜ?」
「りょーかい」
「バフォメット様、帰ってしまうの?」
「一眠りしたらまた工事だからな。こいつはいい奴だから心配いらないさ」
「あ、またこいつって言ったね? サッちゃんと呼んでっていつも言ってるでしょ?」
「お、わりい。じゃあ、サッちゃん、嬢ちゃん、またあとでな」
バフォメット様が帰っていった。
「そんな顔しないでよ、ダーリンが帰っちゃったからってさ」
「そ、そんな。バフォメット様も言っていたでしょう? わたし達はそういう関係ではありませんわ、先生」
「先生なんて呼ばれたらくすぐったいな。君も遠慮なくサッちゃんって呼んでよ。いや、むしろサッちゃんって呼ばなきゃだめだ。それに、そんな馬鹿丁寧な言葉を使わないでよ。照れるからさ」
「わかりました。サッちゃん」
――少し話しているうちに、わたし達は十年来の友人みたいに親しくなった。こういうのを馬が合うというのだろう。
「…………そのお洋服ってデパートで売っているの? とてもよく似合ってるわ」
「ありがとう。これはロリータっていうファッションなんだ。デパートじゃなくて、専門のショップがあるんだよ」
「地上で着ていたドレスに似てるわ。女の子らしくてとっても素敵ね」
「バフォメットには性格と服が合ってないっていつもからかわれるけどね。興味があるなら今度お店に連れていってあげるよ」
「楽しみだわ。魔界のお洋服って布が少なくてちょっと落ち着かなかったのよ」
「それ、バフォメットに買ってもらったんでしょ?」
わたしは胸元まで大きく開いたセクシーなドレスを着ていた。赤いよそゆきがこれしかなかったからだった。
「そうなの。魔界に来た時にいっぱい買ってくれたんだけど、バフォメット様の好みって少しセクシーすぎるところがあるみたいで……」
「彼はそういう奴だからね。いい奴なんだけど、ちょっとだけエッチなんだ」
「エッチ?」
「変態の頭文字をとってエッチ。最近魔界の女の子の間で流行ってる(はやってる)言葉なんだ。『バフォメットのエッチ!』みたいな感じで使うといいよ」
「その例文のまま頻繁に使うことになりそうね」
顔を見合わせて、どちらからともなく笑い声を上げた。




