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2-3

 ――自分の叫び声に驚いて、わたしは目を開けた。

「馬鹿娘! なんてことしやがるんだ、おまえは!」

 バフォメット様がわたしの顔を抱いた。わたしの頬に涙が落ちてきた。その脇には母様とカイルが立っていた。

「バフォメット様、会いたかったわ……。もうわたしを置いていかないで……」

「すごい悲鳴を上げてたけど、怖い夢でも見てたの? 大丈夫?」

「ロージー、僕のせいでこんなことをするなんて……。本当にすまない」

 バフォメット様が顔を放して立ち上がったので、わたしも身体を起こした。

「あら、あんなにフラフラだったのにもう起きられるわ」

「二人に感謝しろ。倒れてる嬢ちゃんを見つけたが医者に運んでる時間がないと、例の本をたよりに必死に叫んで俺を呼び出したんだ。死ぬところだったんだぞ」

「じゃあ、バフォメット様が治療してくれたのね?」

「いや、治療は間に合わなかった。嬢ちゃんはもう……人間じゃない」

「どういうこと? では、わたしは死んでしまったの? 幽霊になったの?」

 バフォメット様がわたしのドレスの胸元をつまんで引っぱった。

「いやだ、なにするの?」

「見てみろ、そこにあるのは魔族のしるしだ。嬢ちゃんを助けるには魔族の身体にしてやるしかなかったんだ。どうだ、嬉しいか?」

 胸元を引っぱり、ブラジャーをずらしてみると、左の乳房のみぞおちに近い辺りに、水色に光るコイン大の逆五芒星があった。

「やだ、バフォメット様ったら……触ったでしょう?」

「そんなちっこいの触っても仕方がねえだろ。せめて、この母ちゃんくらいはねえとな」

 バフォメット様が笑うと、二人もつられて笑いだした。

「小さくないわ! 母様が大きすぎるのよ……」

「ところで嬢ちゃん、言い忘れてることはないか? みんな心配したぜ?」

「わかってるわよ、もう。……心配をかけてごめんなさい。わたしは命を粗末にして、いけない子でした」

「よし、いい子だ」

 頭をなでてもらって心の奥底がホッとしたのか、急に涙が溢れてきた。

「……真っ黒なドレスの女の子が……大きな鎌で……」

「死神に会ったのか。それは怖かったな。だが、もう大丈夫だ。俺がついてる」

 バフォメット様がきつく抱きしめてくれて、わたしは大声で泣いた。

「母ちゃんよ、この泣き虫になにか作ってやってくれ。しばらくは一緒に飯も食えなくなるからな」

「わかったわ。待ってて」

 母様はキッチンへ向かった。

「……魔界に行ったらもう帰ってこられないの?」

「ほら、言わんこっちゃねえ。もう後悔してるのか? まあ、帰ってはこられるから心配はいらねえさ。ただな、魔族は天使と緊張状態にあるから、ある程度強くなるまで一人で地上に来るのは許可できねえ。俺も近頃忙しいからな、持っていきたい物があったらまとめとけよ」

「わかったわ。でもよかった。またいつか帰ってこられるなら」

 カイルが気まずそうに会話に入るタイミングをうかがっていたので、わたしから切り出した。

「ねえ、カイル。わたしはあなたがしたことを許してあげないけど、母様を幸せにしてあげて。父様の財産はあなた達にあげるから、母様に殺されないように上手くわけてね。でも、いつか帰ってきたらお小遣いをせびるから、その時はよろしくね」

「僕は……なんてことを……」

「だめよ。謝ったって許してあげないから」

「……僕が馬鹿だったんだ」

「許してあげないってば。だからもう謝らないで。わたしは母様を手伝ってくるから、サインが必要な書類をそろえておいてね」

「おいおい。なんか急に嬢ちゃん強くなったな。徴にそんな効果あったか……?」


 ――最後の晩餐ばんさんが終わり、お別れの時がきた。

「しばらくはここにも帰ってこられないのね。いろいろあったけど、なんだか寂しいわ」

「バフォメットさんの都合がついたらいつでも帰っていらっしゃい。美味しいものとお酒をたくさん用意して待ってるわ」

「ええ、いつかきっと。その時までカイルと仲良くしててね。浮気はほどほどにしないとだめよ?」

「わかってるわよ。わたしもそろそろ男にちやほやされなくなってきたから、この人をちゃんと確保しておくわ」

「カイル、いつまでもウジウジ悩んでいてはだめよ? わたしはもう許さないって決めたんだから、なにも考えないで二人で幸せになってね」

 カイルの頬にキスをすると、熱っぽい視線が返ってきた。

「ロージー……」

「だめよ。逃がした魚は大きかったわね。さようなら、ダーリンだった人。『続き』は母様とごゆっくりどうぞ」

「よし、そろそろ行くぞ」

「バフォメット様、不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」

「おいおい、なんだか嫁にでもくるみたいだな。まあ、よろしく頼むぜ、相棒」

「やだ、レディに向かって相棒はないんじゃないかしら?」

「レディと呼ばれたかったらせめてだな……」

「小さくないってば!」

「まだなにも言ってねえだろ」

 バフォメット様の大笑いでしんみりした空気が吹き飛んだ。

 わたし達は二人に手を振り、逆五芒星の紋章に入った。

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