LONELY BUTTERFLY
「あれー、なんだか今日は先輩の話を聞くんじゃなかったでしたっけー」
会計を済ませて店の外に出るとサッチンが急にわたしに絡んできた。少し飲ませすぎたか。
「いーの、いーの。それは今度のお・た・の・し・み」
「わー、やだー、先輩か・わ・い・いぃ。もう、どーして世の中の男どもは先輩のこと放っておくくんですかねー」
おいおい、だいじょーぶかぁサッチン。
「こら、もう、調子に乗って飲みすぎるんだからサッチンはー」
こういうときにキヨミは頼りになる。彼女がどんなに食べようともどんなに飲もうとも、前後不覚になったことを見た事がない。
「先輩、大丈夫ですから、ワタシ、変える方向同じなんで、途中まで送っていきますから」
「そう、もし大変そうだったらタクシー使っていいからね。領収書くれたらわたしが何とかするから」
世の中にはついていい嘘といけない嘘があると誰かが行ってたけど、これは前者のほうだと部長が言ってたっけ
「流石先輩、頼りになるー」
「くれぐれも他言無用だからね」
「あいあいさー」
キヨミの前の彼氏の口癖らしいことを聞いたのは、去年の今頃だったっけ……これはキヨミとワタシだけの秘密。
「じゃーね」
こうして彼女たちと別れた。別れて5分。駅に着く頃にはすっかり余韻は冷めていた。電車に乗って一駅。すでに気分はブルーになっていた。
「素直じゃない……かぁ。なれるわけないじゃない。小娘相手に」
少しお酒を入れてみんなでワイワイやれば、気もまぎれると思ったわたしが馬鹿だった――気をまぎらわせる?いったい何から?
わたしは「わたし」に対しても素直になれなかった……だってなれるわけがない。
最寄の駅の改札を出る。家までは10分ほどだが、ここは比較的夜でも人通りが多い街。部屋の前に着くまでにわたしの胸が苦しくなった回数は3回だった。
「わかっているわ。そう。嘘よ。これはどっちかといえばついてはいけない嘘なの?」
わたしは自分自身に嘘をついていた。
「彼の顔を覚えていないんじゃない。思い出したくないだけ……だって、だってそっくりなんだも。あの人と……」
どこか彼の面影を思わせる男性の姿を見かけるたびに胸が痛くなる。帰り道を急ぐ人影の中に、いつの間にか彼の姿を探してしまう。そしてあの人の影を追いかけてしまう。
「よし、泣くか!」
わたしは本棚から一冊のマンガを取り出した。中学生のとき、友達同士で回し読みをしてみんなで泣いた。このマンガを開くと情景反射的に涙が出てくる。ブルーな気分になった時は、思いっきり泣けばいい。わたしはこうして数々の難関を乗り越えてきた。そしてきっと夢を見る。一人寂しく彷徨う蝶々の夢を……
『LONELY BUTTERFLY』
作詞:NOKKO 作曲:土橋安騎夫 歌:レベッカ