飲もう!
「あー、もーダメダメ」
わたしは自分のデスクに身をうずめてもがいた。彼の――あのキャベツを鷲づかみにしたあの人のことが頭から離れない。背の高いコートを着た男の人の後姿を見るたびに胸がときめいてしまう。
「どーしたんですか、先輩。プレゼン、だめだったんですかぁ」
わたしは親指を突き出しサムズアップポーズを決めた。
「えー、よかったじゃないですか、でも、何か問題でも」
後輩のサッチンは鋭い嗅覚を持っている。それもかなり天然の。
「今晩ヒマか?」
「やだー、そんな先輩からのお誘い断れるわけないじゃないですか~、で、で、なんですか、なんですかぁ」
「その話を聞きたければあと二人ほど声をかけなさい。ただし……」
「――ただし、男子禁制ですね」
「肉だ。肉。肉食おう」
わたしの社内でのポジション――いつの間にか上には役付きのお偉いさんしかいなくなってしまった。リーダーなんていわれるのは、なんとも苦手だけど『姉さん』と面と向かって言う男子社員は後ろから蹴飛ばしてやった。
――わたしは姉御肌なんかじゃないのに、どうもこの職場はそういうキャラを無理に人に求めてくるきらいがある。
確かにデザイナーとかPC使う仕事の人は、文化系が多い。わたしは3年間陸上部に所属していたから、他の人に比べれば、体育会系のオーラが出ているのかもしれない。でも、わたしはそんなに純粋な陸上少女じゃない。
「乾杯!おつかれー!」
女4人。月に一度はこうしてガッツリ焼肉を食べる。
「契約成約おめでとうございまーす」
今月もどうにかノルマを達成できた。別に会社でノルマを課しているわけではないのだが、予算を持つということは、結局そういうことなのだ。
「まぁ、これもアッコのイラストのおかげよ。あの女の子のイラスト。クライアントにすごく評判よかったんだからぁ」
アッコはデザイナー。彼女と組んだ仕事の成約率は実に高い。
「さすがはゴールデンコンビ。決める時はきめますねー」
「ちょっと、そのゴールデンコンビっていうの、もうやめてよー」
「えー、なんでですかぁ、だって部長はいつもそう呼んでますよー」
部長は管理者としてはそれはそれは有能な上司だ。数々のわたしの失敗をフォローしてくれた。誰からも信頼されている。唯一つ不満なのは、ネーミングのセンス。それは部長の人心を掴む一つのテクニックではあるのだろうが、とても広告を生業としている人間のセンスとは思えない。
「でも、でも、今日はそんな話じゃないでしょうー。先輩なにかあったんですか、もしかして、もしかして」
「コラコラ、そんなに煽るな煽るな。あまり期待されると話しづらくなるでしょう!」
別に会話に入るのが嫌だったり苦手だったりするわけではない。キヨミはただただ焼肉が好きなのである。
「すいませーん。カルビ二人前とタン塩二人前追加おねがいしまーす」
わたしは彼女の食べっぷりを見るのが好きだ。わたしも安心して暴飲暴食できる。
「あんたたちこそ、どーなのよ。最近うまくいってるのー?」
「えー、それ聞いちゃいますー。わたし、暴れちゃいますよー」
しめた!かかった。今日はサッチンに酒の肴になってもらおう。まさかこの歳で一目ぼれしたなどと、口が裂けてもいえない。
飲もう 今日はとことん 盛り上がろう!
『気分爽快』
作詞:森高千里/作曲:黒沢健一/歌:森高千里