モヤモヤ
ひとりきりの週末。別に珍しくはなかった。わたしも彼も、最近は週末に用事が重なることが多かったし、それに……わたしは少しだけ、彼に意地悪をしたい気持ちでいたのかもしれない。なぜだかわからないけど、彼の心の迷いみたいなものを感じて、不安になっていたのかもしれない。やさしくされるよりも、叱って欲しかったのかもしれない。『俺について来い!』って、そんな風に言って欲しかったのかもしれない。
或いは、秋の空が、わたしの心を心変わりさせたのかもしれない。
ふと、急に部屋の模様替えをしたくなった。なにをどうして良いのか、まったくわからないけど、モヤモヤした気持ちが身体を動かしていないとついつい憂鬱になってしまいそうで、怖かったのかもしれない。
「ベッドの位置を変えると、テレビのアンテナが、問題かぁ。電話機もPCと繋がっているこのケーブルをすっきりさせたいけど、だいたいなんでこんなにコンセントにいろいろささってるのさ?」
ノートパソコンのアダプターやら、携帯の充電器やら、一度線を抜いたら二度とどれがどれだかわからなくなりそう。でも、無性にケーブル類をすっきりさせたいという衝動に駆られ、片っ端から線を抜き、輪ゴムでとめてきれいの床の上に並べてみた。
「これがパソコンので、携帯がこれ、そんでもって、電話の子機が……?うん?なんだこれ?」
30分もしないうちに訳がわからなくなり、そして……
「やばい!電話繋がらないぞ」
それから、いろいろ試したものの、どうにも電話が繋がらない。携帯を開き、アドレス帳で彼の電話番号を呼び出す。しばらぐその番号を眺めていると、ぱっと携帯の液晶画面が暗くなる。
「はい、時間切れです」
わたしはそのまま、ベッドに寝そべり携帯電話を枕の横に放り投げた。
「意地張って、どうするのよ」
誰に向かって言うわけでもなく、強いて言えば、それは、きっと、携帯電話に向かってだろう。不意に携帯の着信音――もしかして彼?
わたしは携帯の画面も見ずにいきなり電話に出た。
「もしもし?」
「あ、あのぉ、お久しぶりです」
あいつだ……そういえば、あの風船みたいな妹タイプとうまくいってるのか?
「い、今お時間、大丈夫ですか?」
「ど、どうしたのよ、そんなあらたまっちゃって」
「い、いや、そ、その、あのですね。ちょっと相談に乗って欲しい事が、ありまして」
「なんだい?恋の悩み以外だったらなんでも相談のるけど」
「え、え~、そ、そんな」
「あんた、まさか、あの子とうまくいってないの?」
「い、いえぇ~、ばっちり、うまくいってるんですが……」
「うん?ならどうした?まさか、できちゃったとかいうんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなんじゃ、ないですよ、ちゃんと、してますから」
「ぷ、ぷはっ、ぷはっ、ぷはっ、ははは」
「あ、あー、もう、そういうことじゃなくて、そのしてるじゃあ、なくてですね…」
なんとなく、話が見えてきた――そうか、いよいよか
「あの、僕たち、結婚をしようと、思うんですけど……」
「おー、プロポーズ、ばしっと決めたのか!」
「いえ、それが、その、まだでして……」
「ほ、じゃあ、どうした」
「そ、そのプロポーズのことで、ちょっと相談にのって欲しくて」
「は?」
「いえ、ですから、そのぉ……」
あいつの話では、こうである。
彼女にプロポーズをしよと、いろいろと画策していたところ、彼女の友人があつからのプロポーズをすごく楽しみにしているみたいという情報を仕入れた。あいつは、そういう事が器用にできるタイプじゃない。オーソドックスに婚約指輪を相手に渡して正面からプロポーズをしようと考えていたらしいのだが、その友人いわく
『最近は、みんないろいろプロポーズも凝ってるからね。普通のプロポーズじゃ、ガッカリさせちゃうかもよ』
いるんだ、そういうことをいう奴が、わたしみたいに他人の幸せを喜べずに、ついつい意地悪をしてしまう。それを真に受けたあいつは、すっかり悩んでしまった挙句に、わたしに電話をかけてきたというわけなのだが、それこそ筋違いだろう!
「大丈夫よ!バシッと男らしく、ガツーんとやれば!それに彼女はそんな、悪趣味じゃないと思うよ。それはあんたが一番良く知ってるし、だから結婚しよと思ったんじゃないの?」
わたしも相当なお人よしだ。
「ありがとうございます。そうですよね。よかったぁ、相談して、じゃあ、これからぶちかましてきます!もし、うまくいかなかったときは、その時は、一緒にヤケザケ付き合ってください!」
「おー、おー、あたって砕けて来いー!粉々に砕け散ったら、思いっきり笑ってあげるから」
なんという週末だ……しかし、なぜだか清々しい。そして思い出した事がある。
「あ、そうか、前に、あいつがネットが繋がらないとか言って、電話してきたとき、確か……」
わたしの頭の中で、ぐるぐるにこんがらがっていた線が、ぴーんとつながり、一つの結論を得た。
「お、できたじゃん!わたしエライ?ねぇ、エライ?」
不機嫌そうな電話機は、相変わらず黙ったままだった。それはまるで、今度かかってくる電話をわたしにつなぎたくないと、そう、訴えているようだった。