時の流れに身をまかせ
それはひとつの決意だったのかもしれないし、そうじゃなかたのかもしれない。わたしは、わたしは、時の流れに身を任せることにした。その先に何があるのか、わからない……それは嘘か、きっと今よりも辛い事が待ってるのだろうと思う。
だからこそ……
だからこそ、わたしは今を一生懸命になることに決めた。彼の優しさに思いっきりあまえて、でも彼のいろんなこと、未来も、過去もすべて受け入れて、それでダメなら、仕方がないと思うことにした。
報われない愛なんて、考えてみれば慣れっこじゃない!
それに、これは愛じゃないかもしれないし、友達以上恋人未満じゃないけでど、恋人以上愛人未満?なにそれ?そんなんじゃない!
「最近どうしたの?」
「え?なにが?」
「いや~、ちょっと、ね」
「なによ」
「あ……な、なんでもないよ、ごめん」
「『ちょっと、ね』って何?」
「いや、ほら、なんか、急に寒くなったからか知れないけど、一段ときれいになったかなぁと」
「えーと、前半と後半が支離滅裂なんですけど」
「そうなんだ、もう尻が滅茶苦茶割れてて」
「こら、ごまかすな!」
「最近、意地悪度が増してきてない。実はSだったりして?」
「いまから縛りつけようか……それともローソクがいい?」
「あ、ローソクはなんでできてるか知ってる?」
「え?ローソクって、蝋だから……ロウってなんだっけ?」
「教えて欲しい?」
「なにその反撃……でも、きになるじゃない」
「教えてあげない」
「もう、意地悪!」
「あ、やっと、『もう』って言ってくれたね」
「あ~、もう!ズルいんだからぁ~」
今にして思えば、お互いに感じていたのかもしれない。気付かない振りして、お互いを気遣って、ギクシャクしないように、明るく振舞っていただけなのかもしれない。彼の部屋を出た後のわたしは、それまでに感じたことのないような疲労感を感じていたし、もしかしたら、彼もそうだったのかもしれない。きっと、そうにちがいない。
「ふ~、寒い」
残暑が厳しかった分、10月の終わりの冷え込みは、まるで二人の心情をそのまま表しているようだった。もうすぐ、一年、長かったのか、短かったのかわからない。一年中そばにいたわけじゃないけど、一年中、彼はわたしの心の中にいてくれた。
「でも、彼は、どうなんだろう……」
わたしは不思議な気持ちになっていた。忘れて欲しくない。彼には、名古屋の女のことは、忘れてほしくない。もし、忘れてしまうような人だったら、わたし、きっと彼を好きになんかなってなかったに違いない。
「そんなの、どうだって、いいじゃない」
何が、どうだって、いいのか、言ってるわたしがわからなかった。不意に携帯が鳴る。彼からだった。
「あ、もしもし、どうしたの」
「あー、なんか、今日は、ゴメン、変なこといっちゃて」
「え?変なことって?」
「あー、いやー、その、Sとか……」
「は?」
「いや、気にしていないなら、いいんだ。今日は寒いから、ちゃんと布団かけて寝るんだよ」
「あ、あのねぇ、子供じゃないんだから」
「じゃぁ、切るね」
「うん、ありがとう」
「え?」
「ううん、いいの、ただ、ありがとうって言いたかっただけ」
「そ、そう、そうなんだ……じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
わたしは、電話を切ると、その場でしばらく携帯を眺めていた。もうかかってこないか。
「あれ、どうしたんだろう、いやだ、もう、こんなところで」
気がつくと、大粒の涙が、わたしの頬を伝わり、冷え切ったアスファルトの上に零れ落ちた。
「やさしくされるのって、こんない辛いんだね」
この日を境に、二人の関係は、急にギクシャクし始めた。
時の流れに身をまかせ
作詞:荒きとよひさ 作曲:三木たかし 唄 徳永英明