表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/38

Please tell me your name……

プルルル、プルルル、プルルル……

「Please tell me your name……」

 プーッ、プーッ、プーッ


 イタズラ電話を防止するために、わたしは英語で留守電のメッセージを入れてある。どうせ昼間にかかってくる電話なんて、セールスか何かに違いなかった。


「こんな時間に、いるはずもないのに」

 わたしはベッドにうずくまりながら、携帯電話のアドレス帳を眺めていた。仕事中に彼に電話をしたことはない。長電話は苦手。わたしも彼も、電話は用件だけしか話さない。はたから見ていると、とてもそっけない会話なんだろうなぁとは思う。でも、2人にはそれが似合っていた。


「似合ってるって、何が?」

 自問自答。


 留守電にメッセージを入れるのも苦手だった。留守だとわかると、何も言わずに切ってしまう。でもそれって、どうなの?


「ただ、苦手なだけ?それとも、わたし、わたしって……」

 ズルい女?悪い女?

 自問自答。


「そんなんじゃ、ないんだから、そんなんじゃ……ない」

 嘘、みんな嘘だわ。でも、それなら、どうしてこんなに苦しいの?

 自業自得。


「そっか、わたし、苦手とか、そういうんじゃなくて、ただ、臆病なだけなのかな」

 悪女に、なりたくても、なれない。でも彼を失うのは何よりも怖い。

 自暴自棄。


 わたしは目をつぶって、そして携帯の発信ボタンを押した。呼び出し音が3回。

「只今、留守にしております。御用の方は、ピーット言う発信音のあとに、ご用件をお入れください」

「べーっだ!フフフフ……わたしでーす。今日会社サボっちゃったぁ。特に意味はありません、では、ガチャン!」

 

 プーッ、プーッ、プーッ


 彼の家の留守電は、彼の声で入っている。でも、一字一句、テープと同じことを言っている留守電に「意味ないじゃ」と突っ込んだ事がある。

「普通、自分の名前とか名乗るでしょう」

 彼は、真っ赤な顔をして「ベーッだ!」とわたしに舌をだして照れ隠しをした。彼の実直さは、時に笑いの神を呼び起こす。


 精一杯のわたしの抵抗。

「こんなもんか」

 そう、たったこれだけのこと。わたしは初めて彼の留守電にメッセージを入れた。もっと不安な気持ちになるかと思ったけど、驚くほどなんともない。むしろなんともないことに驚いていた。


「こんなもんなんだ……って」

 わたしの声はかすれて自分でも聞き取れなかった。口は確かに「ふ・り・ん」と動いたのに、声に出して言うことはできなかった。


 

「きっと、今日の夜、電話かかってくるなぁ。で、最初はきっと……っていうんだろうな。誤ることなんかないのに、もう」

 彼に謝って欲しくはなかった。でも、きっと彼はそうするにちがいない。いま、やさしくされたら、わたし、きっとダメ。ダメになっちゃう。


 わたしの妄想は止まる事がなかった。妄想しているのか、夢の中なのか、区別がつかないうちに、気がつけば外は暗くなり、夕闇が迫ってきていた。夜は怖い。今夜こそ、眠れるはずがない。


「電話、しておこう」

 携帯を手に取り、電話をする。

「あ、部長、すいません。お休みいただいちゃって」

「おー、大丈夫か?風邪か?お前が風邪ひくなんて、今年の風邪は本当にタチが悪いんだなぁ。いいぞ、明日も休むなら」

「あ、いえ、大丈夫です。明日は、必ず行きますから、今日は本当に、スイマセンでした」

「そうか、まぁ、それならいいが、無理はするなよ。こっちは大丈夫だから」

「はい、ありがとうございます、部長。では、失礼します」


 彼にかけるつもりで、また、わたしは逃げてしまった。

「もう!わたし、何やってんだか……」

 携帯をベッドの上に放り投げ、両手で髪の毛をかき乱す。今日も、長い夜になりそう。


グー、キュゥゥゥ……

「やだ、こんなときにも、お腹は空くのね……」

 冷蔵庫は空っぽだった。わたしは身支度をして、外に出ることにした。


キィィィ……バターン!

 玄関の扉が閉じる音

カチャ、カチャ

 カギを閉める音。部屋の中は静寂に包まれる。

カツカツカツ……

 足と戸が玄関から遠のいていく

プルルル、プルルル、プルルル……

「Please tell me your name……」

 留守電に切り替わる

「もしもし、ゴメン、いないの……かな……」

 プーッ、プーッ、プーッ

 再び部屋の中は、静寂に包まれた。




あなたを・もっと・知りたくて

作詞:松本隆 作曲:筒美京平 唄:薬師丸ひろ子



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ