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ぐるぐるまわって

「逢えない誰かを遠くに思うようなせつなさってさぁ――」

「え?」

「あ、いやぁね、ちょっと思い出したんだけど、あの時の感じって、なんかこう、胸に穴が開いたような、変な感じだよね」


 わたしは椅子の背もたれを抱きかけるように後ろ向きに座り、後ろの席のアッコに話しかけた。わたしはもう、開放されたい一心で、心のわだかまりの断片をあちこちにばら撒き始めた自分に嫌悪感を覚えながら、でも、やはり、誰かに言わずにはいられなくなっていた。


「えーっと、先輩、そっちの担当は、私ではないかと……」

「わかってるわよ。わかってるからこそ言ってるんじゃない」

「はぁ……」

「えー、でもさぁ、でもさぁ、アッコはそういうのないわけ?」

「えーっと、ですねぇ、遠距離恋愛とかはしたことないというか、そういうこと事態が、あまりないというか……」


「ふぅー、まぁね、きっとアッコの場合だと、ショックで寝込んじゃいそうだからね、神様は、そんな事がないように越えられたに試練は与えないってことなのかねぇ」

「でも、それって、越えられる人には次から次へと試練の連続ってことなんですか?」

「おいおい、この子はなんてことをいうのかねぇ、わたしゃもう十分苦しんできたからもうないよ、ないったら、ないもん」


「先輩の神様って、意地悪で自分勝手な存在なんですね」

「恋愛の神様がもう少し慈悲深くて思慮が足りていたら、失恋をテーマにした名曲や恋愛小説が世の中にこんなにでることはなかっただろうから、まぁ、おおかた、創作の神様と結託して、こういうことになったんだろうね」

「それ、面白いですねぇ、なるほど恋愛の神様と創作の神様か」


「で、そっちはどうなの、創作の神様に愛されてる?」

「えー、今のところは、結構いい感じで愛されてるみたいで」

「おー、それは何より」

「先輩はどうです?」

「今、その恋愛の神って奴と戦ってるところよ」

「先輩ならきっと勝てますよ」

「ありがとう、ゴメンね、仕事の邪魔しちゃって」

「いいえぇ、恋愛の相談相手とか、わたし全然無理ですけど、聞き役ぐらいはいつでもできるので、また、焼肉食べに行きましょ、先輩」

「そうだね。ひと段落したら、また、みんなでぱーっとやろうか」


 恋愛の神様――はたしてそんなもにがいるのだとしたら、わたしはいったいどんな罪の贖罪を求められているのだろう。わたしは彼に何一つ不満がない。彼はわたしに優しくしてくれる。守ってくれる。充たしてくれる。でも……


 名古屋のどこかで、遠くの彼を思っている誰かがいる。彼女はきっと、いついかなるところでも、彼のことを思っているに違いない。思い出の場所、思い出の日、思い出の歌……もう、目に映るもの全てが、彼への想いへとつながって、せつなくて、苦しくて……


 それでもわたしは彼を失うのが怖かった。ただ、ただ、怖かった。怯えていた。震えていた。一人の時は、いつも震えていた。合えない時間が多ければ多いほど想いは募る。会えばその想いを彼はすべて受け止めてくれる。そして彼と別れたときから、今度は罪の意識がわたしを苛む。それに耐えられなくて、また、彼に、会いたくなる。


 まるでメビウスのリングの中で心の表側と裏側をぐるぐると回るような目眩。出口は見えなかった。神様、お願い、どうか教えてください。彼を愛することは試練?それとも罪?


 神様は、意地悪そうに沈黙を守っていた。だからわたしは、いまのまま、ぐるぐるまわることにした。



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