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Automatic

 じりじりと照りつける熱さにやられて、気分はすっかりブルーになっていた。夏は嫌いじゃない。でも都会の夏はどこか無機質で、永遠に続く悪い冗談のような日々が続いた。あっという間に7月はすぎ、とうとう恐怖の大王は現れなかった。それを期待はずれというのか、或いは西暦2000年になった瞬間に、世の中の全てのシステムが停止してしまうのか。しかしそんなことは、どうでも良かった。問題は……


「先輩は夏休みいつとるんでしたっけ?」

「え、わたし?まだ予定組めてないのよ。キヨミは田舎に帰るんだっけ?」

「はい、私は名古屋に帰ります」

「名古屋か……」

「名古屋が、どうか、しましたか?」

「い、いやぁ、なんでもない、ただ、名古屋っていつごろ行ったっけなぁって、思い出してただけよ」

「そうですかぁ、まるで別れた彼氏でも思いだしてるよう表情してましたけど」

「別れてなんかない」

「はぁ?あれあれ、先輩なんか名古屋にありますね」

「こ、こらこら、何もないって、あるわけないじゃない、もう!」


 キヨミとはほかの女子とは違ういくつかの『秘密』を共有していた。どういうわけだか2人気入りになると、年下のキヨミがわたしの聞役になる事がしばしばある。昼休みはバラバラに食事を取る事が多い。特にこの時期は多忙を極め、女子といえども深夜まで作業が及び、出社が遅れることがある。アッコは急ぎの仕事を徹夜でこなし、今は仮眠している。サッチンはそのデータを持って、部長と新規の顧客へのプレゼンに出かけていた。キヨミと2人っきりというシチュエーションは、思い返せばかなり久しぶりだったような、そうでないような。


「先輩、彼氏さんと、うまく、いってないとか?」

「あー、えーと、そういうことじゃないんだけど、なんていうか、自分の中の問題というか……」

「先輩でも恋愛に臆病になることあるんですね」

「いやいや、むしろ、わたしは本来臆病がデフォルトのパラメーターで、正直、こうなったのがどうかしてたのかなぁと」

「マリッジブルーですか?」

「なんで、結婚もしてないのにブルーやねん!」

「あれー、結婚するとブルーになっちゃうんですか、先輩」

「あー、もう、わたしのディフェンスは隙だらけだねぇ、いつかリベンジするんだから、もう」


 外は地獄のように暑く、中はまた、地獄のように寒い。PCにやさしい環境は人間には厳しい。近所のコンビニで買ってきた弁当を食べながら、話はキヨミの仕事の話になった。


「例のクライアントのほうはすっかり落ち着いたの?」

「はい、ご心配をお掛けしました。紆余曲折、七転八倒、二転三転しましたが、どうにかおさまりました」

「なるほど、で、安心して御盆休み取れるわけか」

「それが先輩、実は恐怖の盆休みなんですよ」

「なに、そのありそうでない組み合わせ」

「なにやら親戚筋から御見合いだのなんだのと、面倒な話が持ち上がってるらしく、今回はその火消しに行くことに……」

「お、御見合い、こりゃまたたまげた話だわ」

「でしょう、先輩。もう、これだから田舎ってイヤッ!」

「そういえばキヨミの家って、結構それなりの名家だとか言ってたっけ?」

「もう20世紀も終わろうとしているときに、これですからね。私は御見合いよりも新しいwindowsとか、i-モードの方が気になります」

「まぁ、IT系の会社に努める女子としては、正しいものの言いようだけど……そんなこといっていると、あっーという間にオバサンになって、オタクくらいしか、嫁のもらい手なくなるわよ」

「大丈夫です。私、先輩の歳までには、絶対良い人見つけますから!」

「なによ、その挑戦的な態度と好戦的なモノ言いは、もう!もう!」


 こうして馬鹿話をしている間にも、『名古屋』と言う言葉は、わたしの胸に小さからぬ穴を開けて、そこから隙間風が抜けていくのがわかる。こんな状態、いつまで続くんだろう。憂鬱な夏は、表向きは穏やかに、内側では嵐のようにわたしの心をかき乱していた。彼のことを思い出すと、わたしの中の何かがざわざわと騒ぎ出す。


 まるでAutomatic……



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