柴漬け食べたい
「どうしたんだい?浮かない顔して、彼と喧嘩でもしたかな?」
「もう、やめなさいよ!そういうこと言うの、本当にデリカシーがないんだから」
「なんだ?そのデ・リ・カ・シ・イィ って新しいお菓子かなんかか?」
「もう、これだからあんたたちみたいな堅物と話したくないのよ」
「フン!堅物で悪かったな」
わたしはひとり自分の部屋のキッチンのがらんとしたテーブルに頬杖をしながら、ただただぼーっと考え事をしていた。冷蔵庫が心配してぐぉーん、ぐぉーんとわたしに声をかけてくれえた。そんな冷蔵庫にコーヒーカップが反応し、なにか文句を言っているようだ。
「はぁ」
今日、何度目のため息だろうか?
「ため息をつくと、その分だけ幸せが逃げるそうだよ。どうだい、何か食べては?」
冷蔵庫に促されてわたしは冷蔵庫の扉を開ける。缶ビール、ミネラルウォーターに卵が3個,3個セットで特売していたハムが最後の1セット、賞味期限切れててないかな?ふと、思いついた。
「こらこら!なにを馬鹿なことを!」
「気持ちいいかも」
わたしは冷蔵庫の前にしゃがみこみ思わず頭を中に突っ込んでしまった。
「オオサマノミミワ、ロバノミミー!」
「ねぇ、どうしよう彼女……ついに壊れちゃったのぉ?」
飲みかけのアップルティの湯気がゆらゆらと不安げに揺れている。
「お前らまだいいよ。オレなんか最近すっかりご無沙汰。全然使ってくれないんだから、忘れられちゃったかな」
トースターはカバーの変わりにかけられてフキンの裾から不平をもらす。
不意にある事が頭に浮かんだ。そしてどうしようもなくおかしくなったが、笑い出す前に何とか言わなければと、必死に堪えて、そして見事に演じきった。
「柴漬け食べたい」
ばたーん!
冷蔵庫から取り出したハムと卵。賞味期限はあえて見ないようにして、フライパンの上にサラダ油、ハムを並べそして卵を二つ割って落とす。一つは失敗して形が崩れてしまった。ふと、卵は必ず一回器に落としてから調理に使いようにと、学校で教わったことを思い出す。
「思えばわたし、一度もそんなことやったことないかも」
一瞬冷蔵庫に取り残された最後の1個を割ってみたいという衝動に駆られたが、フライパンがわたしに冷たい視線を浴びせるので、それはやめることにした。
「そういえばアイツはソース派だったな。彼はどっちだろう?まだ聞いてなかったなぁ」
わたしはキャベツを取り出し、まな板の上に置いた。キャベツ――そう、出会いは一本の糸と、そしてキャベツ……かぁ。ハムエッグが食べたかったのではない。わたしはキャベツが食べたかった。いや、違うかも。
わたしは少しばかり切れ味が落ちた包丁を取り出し、無心になってキャベツの千切りを始めた。どういうわけだか、そう、なぜか急にキャベツを切り刻みたくなった。いつになくキャベツは覚悟を決めたようにわたしにすんなりと切り刻まれてくれた。なんか、気持ちがいい。
「おいおい、なんだよ、なんだよアレ。大丈夫か?」
「まぁ、わたしたちに当たらないだけ彼女に感謝しないとね。というかきっと彼女の親ね。ものを大事にしなさいって、きっとお父さんがしつけたのよ」
「え?なんでお父さん?お母さんじゃなくて?」
「見てればわかるでしょ。もう、何年の付き合いよ」
「そりゃぁ、キミは彼女の実家から一緒にここに連れられてきたからなぁ」
「そうよ。彼女はとてもわたしたちを大事に使ってくれたわ。でも、彼女のお父さんはもっとすごいのよ。ずっとずっと大事にしてるマグカップとか学生の頃からの付き合いらしいわよ」
食べきれないほどのキャベツの千切りと、そのために放置された少しばかり焦げ付いたハムエッグをテーブルに並べて、わたしは少しだけ幸せな気分になった。そしてそこにソースとたっぷりとかけて、口の周りをソースだらけにしながら食べた。ただただ食べた。
食欲を充たすことで、別の欲求の代替にする。そんなことしてたら、体重がどれだけ増えるかわかったもんじゃない。でも、今はこれでいい。きっとこれで、ちょうどいいくらいなんだと自分に言い聞かせる。
「今日は早く寝よう!」
冷蔵庫やカップにからかわれないうちに……
また、彼のことを考えてしまう前に……




