あんなことや、こんなこと
「……って言うわけなんですよ。酷いでしょう!先輩もそういう経験ありますぅー?」
飲み始めて30分もしないうちに話題をこっちに切り返されてしまった。
「流石に紫陽花を送られたことはないわよ。だいたい花なんか贈られたことあったっけなぁ?」
それは本当にそうなのだ。思い返せば案外とありそうでない話。男の子に花を贈られたこともなければ、恋敵に嫌がらせをされたこともない。基本自爆だ。
「先輩は学生の頃って、どんな種類の猫の皮を被っていたんですかぁ?」
「そりゃ、かわいい、かわいいって、オイ!被っていること前提かよ」
「きっと先輩って男の子からだけじゃなくて、女の子からも持てたタイプじゃないですか。ワタシみたいなかわいい後輩からチョコレートもらったりとか」
「あ、あのねぇ~、何をそのまるで見てきたかのような言い草は、それにその『ワタシみたいな』ってところ、ちゃっかりしてるなぁ、もう、サッチンは!」
「あ、でたでた!先輩のもぉ~が」
「こらこら、大人をからかうんじゃ……」
「きゃはははは、先輩次何飲みます?」
「あ、えーっと、じゃぁピーチフィズ」
すっかりサッチンのペースだ。もうこりゃ、白状させられるまで時間の問題だなぁ。
「ねぇ、サッチン、結婚とか考えたことある?」
「えー、何ですかいきなり、わたしどんなに好きでも先輩とは結婚できませんよ」
「おいおい、誰がお主にプロポーズするねん!」
「はは、まぁ、そうですねぇ、ないこともないですけど、そういうのはたぶん、びびびーっとくるのかなぁと」
「びびび?」
「そうです、こう、ひらめきの電球が頭の上に点滅するみたいな感じです」
実にサッチンらしい表現だけど、なるほどそれは当たっているかもしれない。
「つまり、頭で考えるより、心で感じろみたいな?」
「というか、子宮で感じろみたいなんじゃないですかね」
「おー、参った、参ったよ~。で、今付き合っている彼氏っていうのは、どうなのさ?」
「帯に短したすきに流しって感じですかね」
「ほー、その心は?」
「えーっと、よくわかんないです!」
最高の笑顔でそうこたえるサッチンを見ていると恋やら男やらで悩む事が馬鹿馬鹿しく感じてくる。
「先輩が男の子とで悩むってことは、よっぽどのことですね。不倫ですか?」
「ぎゃーーーーー!お、お主、まさか盗聴器とか仕掛けてないだろうな」
「盗聴器なんてそんな無粋なものは必要ありません。わたしの透視能力は先輩のことなら何でもお見通しです」
「わわわわわ、参った。参ったからこれ以上いじめないでおくれ~」
「そうはいきません。今日という今日は洗いざらい白状していただきますよ」
「お願いです。なんでも言うことを聞きますから、どうか堪忍を~」
「ならば、これから話すワラワの愚痴を黙って聞いてくれるか、そして他言無用を誓うか」
「誓います、誓いますとも」
「よし、素直でよろしい……へへへぇ、先輩、聞いてくださいよ~、彼ったら……」
それから2時間近く、サッチンの彼氏に対する愚痴と、とても人には言えないような恋人同士の営みについての疑問やら不満やらをたくさん聞かされた。女の子同士というのは得てしてこういう話でこっそりと盛り上がっていることを、世の男子はあまり知らないだろうが、それこそ10年の恋も冷めてしまうような話ばかりである。
「……というわけで先輩、先輩も話したくなったらいつでも声をかけてください。がーっとしゃべってしまえば、案外と楽になりますよ」
「うん、そうだね、でも、本当、今日は良かったよ。サッチンのあんなことやこんな事が聞けて」
「あー、あー、わかってると思いますが、このことを誰かに漏らすと、3分以内に先輩の全てのライフライン、ネットワークが切断されて、1時間後には全ての生活の記録がこの世から抹殺されますので、そこのところ宜しくです」
「は、ははは、どっかで聞いたセリフだな」
「でも、一つだけ言わせてもらえば、不倫は不倫ですよ。あまり何とかしようとか、どうしようとか考えないほうがいいかと、そのー、出口のない迷路みたいなものだって……スイマセン生意気言っちゃって」
「ううん、ありがとう。わたしも頭じゃわかってるんだ。あとは気持ちの問題というか」
わたしはその後の言葉を口には出さなかった。サッチンとお店の前で別れる。少し歩いて夜空を見上げると、そこにはきれいな三日月が浮かんでいた。そして思わずつぶやいた。
「それはきっと、覚悟の問題ね」