日曜の朝、コーヒーの香り
「ねぇ、いつごろからコーヒーにこだわるようになったの?」
日曜の朝、わたしは彼の部屋で目覚めた。
気持ちのいい冬の朝の空気。彼の入れてくれたコーヒーから漂う湯気を目で追いながら、何気なくコーヒーのことを尋ねてみた。
「ないしょ」
彼は時々、意地悪い笑みを浮かべながら、そうやってわたしをからかう。
「もう、いつもそうなんだからぁ!」
わたしは口を尖らせながらも、いつになく機嫌がよかった。
今日は二人で映画を見に行こうと約束していた。男の人と映画を見に行くのは……。
やめよう、もうずいぶん昔の話だ。
「実はわりと最近の話なんだ。身近にね。コーヒーに詳しい人がいてね。まぁ、見よう見まねでというか……」
わたしは直感的にその身近な人とは、彼の身近にいた女性のことだとわかってしまった。
彼は変に隠そうとはしないけど、明言もしない。でも、どこかわかる。そういう話をした後の彼の表情は、どこか遠くを見るような、そんな寂しい目をしている。
「そっか。きっと素敵な人だったんでしょうね」
わたしは飛び切りの笑顔で――。
そして心からそう思ったからこそ言ってしまった。でも、それは決して口に出して言うべきことではなかったのだと、その言葉を言い終わる前に後悔をした。
「あっ、えっと、そうじゃなくて……、あっ、参ったなぁ。もうわたしったら、何を言って……」
そう言いかけたわたしの唇は、彼の唇によって塞がれた。
わたしって悪い女なのかなぁ。
でも、彼は優しくわたしを包んでくれる。
わたしを守ってくれる。
わたしを抱きしめてくれる。
「さて、今日の気分はアクション映画? 恋愛もの? それとも絶叫ホラー映画?」
「ダメダメ、ホラーはダメなんだから」
そういいながらも、わたしは震えながら彼の腕にしがみついている自分を想像して、顔を赤らめていたいた。
「どうする? もう一杯飲むかい?」
彼は台所へと立ち上がった。
「ねぇ、コーヒーのおいしい入れ方、わたしに教えて」
「うん、いいよ……」
彼はそう言うとわたしの頭をやさしく撫でてくれた。
「もう、子供じゃないんだから」
わたしは彼の大きな手が好きでたまらなかった。彼の大きな手で頭を撫でられるのも、抱きしめられるのも好きでたまらなかった。
「おいで」
「うん」
彼の大きな手がわたしの手を握った。
わたしはその手を強く握り返した。
お願い。
もうわたしを離さないで。
そう願うわたしの気持ちを悟ってか、彼はわたしの手を握ったまま台所まで連れてきてくれた。狭い部屋の中で、手を握って歩く二人。
こんなんじゃダメなのにと思う気持ち。わたしは彼に守られなが、らゆらりゆらりと揺れていた。
恋愛ものはダメ。
もしもあなたが、あなたの身近だった人を思い出したりするのが怖い。
わたしってズルい女なのかしら?
でも、それでもいい。
今、わたしは彼を失うことが何よりも怖い。わたしの心は震えていた。この幸せな時間を失うことを想像することは、何よりも恐ろしかった。不安に思えば思うほどに、わたしは彼に甘えるしかなかった。
もう、どうすることも、できなかった。