AntiquesMelidy
その店を見つけたのは、わたしがこの街に住むようになってからしばらく経ってからだった。
そうそれはとても素敵な出会いだった。
初めての一人暮らし
初めての街
初めての独りぼっち……。
重い荷物を全て捨てて、心機一転。新しい人生の始まり。
この街に引っ越してきた理由。
それは大学の同級生がこの街に住んでいたことが一番の理由だったけど……。
正直、家を出られれば、どこでもよかった。
でも、家を飛び出してみたものの、女の一人暮らしというのは、自分が思い描いていたものとはかけ離れていた。
夜が怖い。
朝が憂鬱。
休みの日には居場所がない。
入社して最初の一月は、なんとか自炊をしていたけど、同期の仲間と親交が深まると、夜はほとんど外食になった。わたしの料理のスキルはその時点で止まってしまった。
わたしが休日の居場所を見つけたのは、退屈しのぎの小説を買ってみたものの、部屋で一人で読むのは、どうにも落ち着かず……それは嘘。
ついついごろ寝をしてしまい、ちっとも先に進まないので、思い切って落ち着いて本が読めるような喫茶店を探そうと外に出た。それに東京の夏は暑い。家にずっと居ては電気代がいくら掛かるか恐ろしくなったというのも理由のひとつかもしれない。
宛てはあった。
帰り道、本屋に寄り道をするとその店の前を通ることになる。かなり古い喫茶店。きっと常連さんばかりで、女のわたしが一人でというのはちょっと気が引ける……。
だけど表通りにある有名フランチャイズ店は、通り沿いから丸見えなのがどうも気になる。思い切って入ってみよう。かなりの覚悟で土曜の午後、わたしは1冊の本を持ってその喫茶店に入ってみることにした。
『AntiquesMelidy』と書かれた小さな看板がドアにかけられている。
ドアを開けるとドアにつけられたベルの音が
チリーン、チリーン
と店内に鳴り響く。
木目調のカウンターテーブルの奥から
「いらっしゃいませ」
と、なんとも品のいい声でわたしを迎え入れてくれたのは、50代後半か60歳くらいの、それはそれは絵に描いたような喫茶店のマスターだった。
嘘みたい。
失礼ながら、これがわたしの正直な感想だった。
その店はまるで……。
まるである年代から時間が止まってしまったかのような空間、現代のおとぎ話とでも言うべきか、わたしは一瞬後悔した。
「どうぞ、空いている席に」
多分マスターは笑顔でそういってくれたのだと思うけど、マスターの目じりは、普通にしていてもまるで微笑んでいるようにしか見えない。
まるで仙人のようだった。わたしは促されるままテーブルの空いている席に座った。
なんだろう? この落ち着く感じ。
わたしはブレンドコーヒーを注文し、それから2時間あまり、その店で本を読みふけた。こんなに集中して本を読んだのは久しぶりだった。
それからほぼ毎週、わたしは『この店で本を読むため』に本を買い、予定のない土曜の午後はここで過ごすようになった。わたしにはコーヒーの味はわからない。でも、きっとこの店のコーヒーにはなにか特別な拘りがあるのだろうとは容易に想像ができた。
そして今、わたしはこの店であの人を待っている。
まるで少女のように怯えながら……。
携帯用に整形する作業を経て、少し手直しが入りました