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第60章 地方、町づくり再生

第60章 地方、町づくり再生


永野電鉄の主要駅の一つである権糖ごんどう駅周辺は、かつて永野市内でも屈指の繁華街として、その名を轟かせていた。


駅からどこまでも続くアーケード商店街には、古くからの老舗呉服店や衣料品店、飲食店、映画館などが軒を連ね、休日ともなれば歩くのも困難なほどの買い物客でごった返していた。夕暮れ時になればネオンが色鮮やかに街を彩り、買い物袋を下げた家族連れや仕事帰りの人々が行き交う、まさに信州の商業と文化の象徴とも言える華やかなエリアだった。


しかし、時代の流れは残酷だった。


モータリゼーションの急激な進行と、郊外バイパス沿いに誕生した大型ショッピングモールやロードサイド店舗への客足の流出。それに加え、長年街を支えてきた商店主たちの高齢化と後継者不足が決定打となり、かつての賑わいは嘘のように衰退していった。


アーケードのシャッターは一つ、また一つと下りたままになり、廃業した店舗の跡地は更地となって殺風景なコインパーキングへと姿を変えた。いわゆる「歯抜け状態」となった商店街は活気を完全に失い、昼間でも人影はまばらで、夜になれば寂しげな街灯が静まり返ったシャッターを照らすばかりの、典型的な空洞化エリアへと落ち込んでいたのである。


南越急行による救済を受け、完全子会社として再生の道を歩み始めた永野電鉄。その代表取締役社長である西村は、以前からこの権糖の惨状を誰よりも深く、胸を痛めて見つめ続けていた。


「権糖は、永野電鉄の歴史そのものなんです……」


ある日の午後。六日町にある南越急行本社の会議室にて、西村は手元の古い権糖商店街の写真を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「かつて永野電鉄がこれほど発展できたのは、権糖の商店街が多くの人々を引きつけ、当社の電車に乗って買い出しに来てくださったおかげでした。地域に育てられた鉄道会社として、権糖のあのシャッター通りを放置したままにするわけにはいかない……。なんとかあの街に、もう一度かつての活気を取り戻すことはできないでしょうか」


西村の切実な想いに、同席していた現場統括の古賀副社長が腕を組み、深く頷いた。


「わかるよ、西村社長。商店街が寂れるのは見ていて本当に辛いものだ。だが、郊外にでかいモールがある現代で、ただ昔みたいに『商店街で買い物をしましょう』って呼びかけたって客は戻ってこねえ。何か根本的な仕掛けが必要だな」


会議室に重い沈黙が流れる中、静かに口を開いたのは、南越急行の最高財務責任者(CIO)である大石専務だった。


普段は冷徹な数値分析と厳格なリスク管理に徹し、無駄な投資を徹底的に排除することで知られる「攻めの財務の鬼」大石。彼が地域開発のアイデアを自ら発案することは極めて珍しいことだった。


大石は眼鏡の位置をすっと正すと、手元のタブレットから壁面の大型モニターへ、一筋の美しい3D都市パース図を映し出した。


「西村社長。単に昔のアーケード商店街を復元しようとしても、現代の消費行動には適合しません。我々が権糖に提示すべきは、過去のノスタルジーではなく『新しい都市生活の解法』です」


画面に映し出されたのは、従来の整地方法とは一線を画す、洗練された「複合型の立体都市」の姿だった。


「提案します。プロジェクト『権糖グランド・テラス構想』です」


大石の声には、緻密な計算に裏打ちされた絶対的な確信が宿っていた。


「権糖の最大の弱点は、郊外モールに比べて『周囲に住む人口』が絶対的に不足している点にあります。人が住んでいない場所に、いくら店を並べても買い物客は来ません。ならば、発想を逆転させればいい。商店街の真上に、広大な『住まい』を創り出せばいいのです」


大石は画面の断面図を指し示した。


「現在、歯抜け状態となって点在している老朽店舗や駐車場の一画を一括して地権者の皆様からお借り、あるいは共同開発化します。そして、低層階(1階〜3階)には、かつての商店街の温もりと最新の利便性を融合させた、完全全天候型のモダンなアーケードモール『権糖テラス・マーケット』を建設します。地元で長年愛されてきた老舗店には優先的に移転・入居していただき、さらに南越グループが誇る『南越・佐渡武蔵』『伊勢デパートフーズ』『書籍OFFサードプレイス』『スーパーカワサワ』を核店舗として誘致・配置します」


西村が喰い入るように画面を見つめる。


「そして――その商業ゾーンの『上』です」大石は力強く言葉を繋いだ。


「4階から上層階にかけて、南越不動産の手で最高品質の超高層スマートタワーマンション『レーベン・タワー権糖』を二棟、建設します。全戸に越後湯沢からの温泉配管と超高速光網を完備し、南越信託銀行による低金利住宅ローンと安心家族信託を提供。六日町メガロポリスや十二日町のオフィス、さらには新しく開通した『なんぼく線直通特急』で都心や他地域から移住してくるハイエンド層や、利便性の高い街中で老後を過ごしたいシニア層をターゲットとします」


古賀副社長が目を見張り、思わず膝を叩いた。


「なるほど……! 下が賑やかな商店街で、上が何百世帯も住む高層住宅か! これなら、マンションの住民がエレベーターで下に降りるだけで、そのまま商店街の客になるわけだな!」


「その通りです」大石は静かに頷いた。「従来の『遠くから客を呼んでくる商店街』から、『歩いて数秒の場所に数千人の固定客が住んでいる超密着型コミュニティモール』へと構造転換させるのです。マンションの住民にとっては、雨や雪の日でも濡れずに買い物や食事が完結する『10分コンパクトスマートライフ』が実現し、商店街の店舗にとっては天候に左右されない安定した莫大な売上が約束されます」


「さらに」と、同席していた南越不動産の新庄社長が補足する。


「権糖駅からのペデストリアンデッキを『権糖テラス・マーケット』の2階へ直結させます。なんぼく線直通特急で電車を降りた通勤客や観光客が、そのまま一歩も外に出ることなく、明るく洗練されたショッピングモールを通って自宅やホテル、目的地へ向かう動線を確立するのです」


完璧すぎるロジック。


歯抜けとなった土地をただ埋めるのではなく、垂直方向に都市機能を積層させることで、「暮らす人」と「商う人」が互いを支え合う持続可能な循環型都市を創り出す——。


大石の描いたプランの美しさに、西村社長は感嘆の溜息を漏らした。


「大石専務……素晴らしい……! 昔の商店街の伝統と暖簾を守りながら、そこに最新の高層住宅と南越グループの商業力を融合させる……。これこそが、権糖が生き残る唯一無二の道です!」


部屋の窓際に立ち、特選一級品ジャスミン茶を味わっていた篠原賢人CEOが、ゆっくりと振り返った。


「大石にしては、随分と温かみのある提案だな」


篠原の言葉に、大石はすこし照れくさそうに眼鏡を指で押し上げた。


「……財務的な合理性を追求した結果です。権糖はなんぼく線直通特急の重要な停車駅であり、このエリアの価値向上は、南越急行および永野電鉄の運賃収入と不動産益に直結します。感情論ではありません」


「フッ、素直じゃないねえ」古賀が豪快に笑う。「だが、最高の案だ! 篠原、これでゴーを出そうぜ!」


篠原は静かに笑みを浮かべ、大石に向かって頷いた。


「承認する。プロジェクト『権糖グランド・テラス』を発動せよ。南越建設、南越不動産、そして永野電鉄の総力を挙げ、権糖の街に新しい命を吹き込め」


「了解いたしました」大石は深々と一礼した。


計画の発表と同時に、権糖の街は熱狂と期待に包まれた。


かつては「もうこの街終わりだ」と諦めかけていた地元の商店主たちに対し、南越不動産の新庄社長と永野電鉄の西村社長が足繁く通い、丁寧な説明会を重ねた。


「あなた方の暖簾と味を、絶対に失わせはしません。最新の清潔な店舗で、真上に住む何千人もの新しいお客様を迎えてください」


誠意ある説得と、南越信託銀行による手厚い資金・事業継承サポートを受け、地権者や商店主たちの100%が共同再開発への参加を快諾。歯抜けとなっていたコインパーキングや廃店舗の用地が一気に集約された。


施工を担当するのは、もちろん南越建設である。


井上社長率いる全自動施工チームは、狭隘なアーケード街の敷地において、極めて高度な「サイレント立体建設工法」を適用した。近隣住民への騒音や振動を極限まで抑えながら、大型のAI無人重機群が地中深く杭を打ち込み、最新の耐震鉄骨フレームを破竹の勢いで組み上げていく。


着工からわずか1年6ヶ月。


2052年春、権糖の空にそびえ立つ二棟の美しいタワーマンションと、その足元に広がる洗練された低層アーケードモール『権糖グランド・テラス』が、ついに完成の時を迎えた。


グランドオープン当日。


権糖駅の改札からは、かつての全盛期を上回るほどの膨大な人波が溢れ出ていた。


完成したペデストリアンデッキを渡ると、そこには明るく開放的なガラス屋根のアーケードモール『権糖テラス・マーケット』が広がっていた。


1階から3階までの広々としたモール内には、長年地元で親しまれてきた老舗の和菓子店や洋服店、喫茶店が、モダンでスタイリッシュな店舗に生まれ変わってズラリと立ち並んでいる。その合間を埋めるように、南越グループの『南越・佐渡武蔵 権糖テラス店』や『伊勢デパートフーズ』、そして『スーパーカワサワ』が活気ある声を響かせていた。


モール内は、買い物袋を手にした大勢の家族連れや高齢者、そして新しく完成した『レーベン・タワー権糖』に住む住民たちでごった返していた。


「見てよ、お父さん! 昔通っていたあの和菓子屋さんが、こんなにお洒落なお店になって残ってるわ!」

「ああ! それに上がマンションだから、雨の日でも濡れずに買い物に来られる。こんなに便利な街になるなんて、夢みたいだなあ!」


老舗和菓子店の店主は、ひっきりなしに訪れる客に頭を下げながら、嬉し涙を拭っていた。


「シャッターを下ろして廃業しようかと悩んでいたのが嘘のようです……。南越急行さんと永野電鉄さんのおかげで、うちの店にまたこんなにたくさんの行列ができるなんて……。先代に胸が張れますよ」


そして、商業モールの真上にそびえる『レーベン・タワー権糖』の分譲住戸は、第一期・第二期ともに即日全戸完売を記録。


六日町や十二日町へ通勤する若いファミリー層に加え、信州の豊かな自然と利便性の高い都市生活を求める首都圏からの移住者、さらには「雪かきの心配がない快適な街なかで暮らしたい」という沿線のシニア層が続々と入居を果たした。


住人が下に降りて買い物をし、食事を楽しみ、またエレベーターで温かな我が家へと戻っていく。かつて閑古鳥が泣いていたシャッター通りは、昼夜を問わず人々の笑顔と温もりがあふれる「歩いて暮らせる最新の立体都市」へと劇的なV字回復を遂げたのである。


夕暮れ時。


『権糖グランド・テラス』の3階オープンテラスから、大賑わいを見せるモールと、茜色に染まる信州の山々を見下ろす男たちがいた。


篠原CEO、大石専務、古賀副社長、南越不動産の新庄社長、そして永野電鉄の西村社長である。


西村は、夕日に照らされる人々の笑顔と、元気に走る子供たちの姿を見つめながら、ボロボロと大きな涙を流していた。


「大石専務……篠原社長……。ご覧ください……。権糖に……あの権糖に、かつての、いや昔以上の笑顔と賑わいが戻ってきました……! 地元の鉄道会社として、これ以上の喜びはありません……!」


西村の涙に、古賀副社長が豪快に笑いながら力強く肩を叩いた。


「なあに、泣くのは早えよ西村社長! これは始まりだ! 下に住む店主たちも、上に住む住人たちも、みんな毎日のように永野電鉄の電車を使って出かけていくんだからな! 街が生き返れば、鉄道もどこまでも強くなるのさ!」


新庄社長も満足そうに微笑む。「タワーマンションの入居者様からも『こんなに生活が快適な街は他にない』と大絶賛をいただいております。権糖の地価はすでに再開発前の3倍に上昇しました」


大石専務は、タブレットの最新売上データと人口流入グラフを検分しながら、眼鏡の奥の目をふっと柔らかく和ませていた。


「テナントの平均売上は予測の220%を推移。マンションの管理費収入と直営店舗の利益により、1,100億円の再開発投資は予定より早い7年で完全回収できる見込みです。財務的にも、地域再生事業としても、100点満点の成果と言えます」


古賀が大石の横顔を小突いた。

「へっ、100点満点ねえ! 珍しく大石が自画自賛するじゃないか! だがな大石、昔のシャッター通りを知ってる俺たちからすりゃあ、120点満点だよ。最高の街を作ってくれたな」


大石は少し照れたように咳払いをし、手元の資料を閉じた。


篠原賢人は、ジャスミン茶の缶を手に、茜色の空に美しく映える『レーベン・タワー権糖』と、灯りがともるアーケードモールを静かに見つめていた。


「街の衰退とは、建造物が古くなることではない。そこに住む人々の『未来への希望』が消えることだ」


篠原は静かに、しかし深い確信を込めて言った。


「下に店を構え、上に住まいを創る。人と人が支え合い、日常の暮らしを愛せる空間を再生することこそ、我々交通コンツェルンが果たすべき真の開発だ」


篠原は大石と西村に向かって振返った。


「大石、見事な采配だった。数字の奥にある『人の温もり』を証明してみせたな」


「……恐縮です、篠原CEO」大石は静かに一礼した。


構内からは、リニューアルされた権糖駅に滑り込んでくる『NK-Express なんぼく』の軽快な警笛が聞こえてくる。


改札からは、仕事帰りの通勤客や買い物客が次々と吐き出され、灯り輝く『権糖テラス・マーケット』の中へと楽しそうに吸い込まれていく。


かつてシャッターと駐車場に埋め尽くされていた寂しい通りは、今や信州で最も眩しく、最も暖かい希望の街へと生まれ変わった。


山を穿ち、地底を拓き、海と出会い、県境を越え、そして廃れた街に再び光を灯す。

終着駅のない南越急行のレールは、人々の幸せな日常を乗せて、どこまでも、どこまでも光り輝く未来へと駆け抜けていくのだった。

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