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第1話 トールハンマー

「まあ、飲め」

 誰だったか、よく覚えていないが器に酒が注がれる。

 今日は同窓会。あまり気が進まなかったが、人数が足りないとかで半ば強制的に参加させられた。

「そうかそうか、おまえも女っ気なしか。まあ、いいじゃないか。最近の女どもはハードル上げてるからな」

 言われてみれば聞いたことはある。普通の人でいいらしいのだが、その普通の人というレベルがめちゃくちゃ高い。

 例えば、身長は180センチ以上、年収は800万円以上で、高学歴。今までは3高とか言われてたが、さらに20代という年齢が、そしてさらに自分より年収が上というのが加わった。

「だが、公務員なんだから、結構話があるんじゃないか?」

「いや、ないな。霞が関はブラックだからな」

「そうらしいな。国会があると大変なんだって?」

「まあ、な」

 あまり思い出したない。やっと終わったのだから。

 そんなどうでもいい話をしながら席を立つ。

「どうした?」

「トイレ」

「おっと、それは、ごゆっくり」

 だが、立った瞬間、世界が回りだし、そしてそのまま世界が横倒しになった。

 大丈夫か!? という声が聞こえる。

 大丈夫だと言おうとしたが声が出ない。そして目の前が真っ暗になった。

 まさか、死ぬのか? 酒で?

 そして意識が薄れていく──。


 * * *


「あなた、あなた。わたくしがわかりますか?」

 女の声だ。

 ゆっくり目を開けると、10個の目が私を見ている。

 大人の女が3人、女の子が2人。見た感じでは西洋人ということと、私自身はベットに寝かされているということだった。

 ただ、左目に違和感を感じた。それがなんだかはわからない。

「よかった。ご無事で……」

 右側の子供といる女が口に手を当て涙を流している。が、目はうつろで子供たちも同じ感じがする。

 もしかして妻?

「ジカン、ご無事でなによりです」

 左側の女2人は、身なりから軍人と文官のようだ。

 これはもしかして、と思い、周囲を見てみると、病院のような作りだが機械も電気もない。灯りはロウソクのようである。

 異世界。

 頭の中でそういう言葉が浮かぶ。

 ただ、私自身を「あなた」とか「ジカン?」 とか呼んでいるのを考えると自分自身も容姿が変わっているのかと思えてくる。

 なので半身だけ起きて自分の体を見てみると、40代とは思えぬほど若々しい。

 やはり異世界転生したのだ。しかも精神だけ入れ替わったということか、いや、この体の持ち主の精神を押し出してしまったのかもしれない。

 で、元の持ち主はどこへ行った?

 と考えてみたが、考えても仕方がないことに気づいた。自分の体もどうなっているのかわからないのだ。当然だが酔ってもいない。

「ここはどこだ?」

 声に出してみた。やはり違う。

「病室でございます」

 左側の女が答える。

「なぜ?」

「城壁へ登る階段から転げ落ちたんです」

 となるとこの体の持ち主は死んだ? という可能性もある。

「すまない。よく覚えていないんだ」

「ご説明します」

 左側の女が言うには、前線の状況が知りたいと城壁に上がろうとしたのだが、敵の流れ矢が当たりそうになり、それを避けようとして階段を踏み外したんだとか。そして、一時は息が止まっていたのだそうだ。

「戦争しているのか?」

「はい」

「状況は?」

「5万の軍勢に攻められています。ただ、魔法士たちの詠唱に時間がかかり、その時間を稼ぐため副将軍自ら1万の軍勢を率いて敵軍に野戦を挑み、なんとか押し戻したところです」

 魔法とかあるのか。

「で、詠唱というか、魔法は発動したのか?」

「いえ、まだです」

「わかった。再度城壁へ行くぞ」

「あなた、無茶です。ダイジンやヘイカは地下室で作戦を練っておられます。そちらへ」

 右側の妻? が言うと、左の軍人っぽい女が言う。

「いえ、ジカン殿に見て来いと命令があったのです」

 そういうことか。

 たぶん陛下とか大臣とやらは、作戦とかいうが安全な場所にいるのだろう。そして、いざというときは地下道とか秘密の抜け道とか使って逃げ出すんだろうな。

 まったく、いつの時代、どこの国でも同じか。

「命令では仕方がない。とにかく行くぞ」

「では、私がお供に」

 軍人っぽい女が待ってましたとばかりに元気よく言った──。


 * * *


「こちらでございます」

「ああ、よく見える」

 西側の城壁の上からだ。

 なぜ、西側というかと、太陽の位置から何となくだ。南半球だったら逆かもしれない。そんなことを考えながら後ろを振り返ると、100人ほどの魔法士が詠唱しているのが聞こえる。

「まだ、詠唱は終わらないのか? あとどのくらいだ?」

「わかりません」

「だが、5万対1万では、いずれ押し戻される。そのあとはどうするつもりだ?」

「わかりません」

「将軍は?」

「地下室で作戦会議中です」

 将軍までもか。これでは城が落ちるのは時間の問題だな。

「落ちろ!」

 詠唱が終わったのだろう、魔法士たちが一斉に杖を前に突き出し、そう声を張り上げた。

 すると光だかなんだかわからないが、何かの塊が敵軍に飛んで行った。

 城壁で矢をつがえていた兵士たちからは歓声が上がる。

 ということは、これで終わりか? ならいいんだが……。

 だが、その光は敵軍のドーム状の光にはじかれてしまった。

「敵の魔法か?」

「おそらく」

「だが、兵士たちは光の壁を行き来しているぞ」

「はい。魔法を防ぐのは魔法だけです。剣や盾では防げません。逆に剣や盾を魔法で防ぐこともできません」

 なるほど。そういう仕組みか。

 そしてまた背後から詠唱が聞こえ始めた。

「この繰り返しか?」

「何か良い策があればと思うのですが……」

「籠城とか?」

 なんのための城だ。

「無理です。いま城門を開ければ敵が雪崩を打って入り込んで来ると思われます」

 魔法が放たれた瞬間、味方が敵から離れるため後退したからだ。その分を敵に詰められてしまった。

「だが、味方を見殺しにはできまい」

「では、どうすれば! ……も、申し訳ございません」

 軍人の女がいら立っているのがわかる。

「いや、いい。策か……」

 と、そのとき違和感のあった左目に緑色の文字が現れた。

 よく見ると数字だのメモリだのが目まぐるしく動く。そして視界の上が赤く、視界の下が青く表示される。その大きさは5対1ぐらいある。

 もしかして真上から見た画像か? 衛星?

 電気も無いようなところに衛星? それとも魔法?

 だいたい『左目』自体がヘッドアップディスプレイのようなのだ。

 まあ、いまその仕組みを考えても仕方がない。とにかくこの状況を何とかしないと……。

 そう考えると『武器』が表示される。『熱核兵器』『劣化ウラン弾』などだ。

 そんな物があるのかと考えると同時に、そんな物を使ったら敵どころか味方まで、というか広範囲にわたって誰も住めなくなる。それはだめだ。

 そう考えると次に出てきたのは『トールハンマー』という聞きなれない武器だった。いったい何なんだ? 

 すると『雷神の槌』と訳してきた。だからどういう武器だ?

 そして動画が流れた。

「嵐か」

 なるほど。『はい』『いいえ』と出てきたので『はい』を選ぶというか考える。

 次に出てきたのは発動までの時間だ。残り時間は30分らしい。

「誰か、副将軍に伝令を」

「はっ」

 私の前で背中に味方の旗を背負った者がひざまずく。

「まもなく嵐が来る。味方の兵士たちはどこでもいい。その場から遠く離れるように言ってくれ」

 そう言われた兵士はぽかんとした顔で「嵐ですか?」と聞いてくる。

「そうだ。とてつもない嵐だ。とにかく伝令全員で早く行け! そして各隊長に伝えろ。巻き添えになるぞ、とな」

「はっ」

「嵐を予測できるのですか?」

 軍人の女が聞いてくる。

「そうだ」

「ですが……、どうやって?」

 どうやら衛星には気づいていないようだ。一体ここはどこなんだ? 自分も疑問が湧いてくる。

「なぜかはわからんが、天と交信ができるようなのだ」

 上空を指さしながら言う。

「魔法ですか?」

「わからん」

 あと5分。

 伝令が伝わったらしい。味方の分散が始まった。

 敵は逃げたと考えたのだろう。隊列を立て直して城攻めの準備に入っている。

 その空に積乱雲が出来るとみるみる上空へと発達していく。そして雲の中が光り始めると同時にドーンという音も聞こえだした。

 風も強くなってきた。ヒュウーからゴーという音になり、雨も降りだした。

「何かに掴まれ! 吹き飛ばされるぞ!」

 誰かが叫ぶ。

 そして、最初の稲光が整列した敵軍の真ん中で炸裂する。と同時に「ガラガラ、ドーン」というすさまじい音が聞こえ、思わず耳を覆う。

「次官閣下、ここは危険です。退避を」

「いや、大丈夫だ」

 逃げるわけにはいかない。両手を上に挙げ空を仰ぐしぐさをする。ここは自分がやったと皆に思わせなければならない。単なる自然現象にするわけにはいかない。

 それから何度か敵軍の陣地に雷が落ちる。そのたびに敵兵がバタバタと倒れるのがわかった。

 どうやら勝ったようだ。

 そう考える余裕ができた頃、空が晴れて日の光が差してくる。

 敵軍は全滅だった。

 

 * * *


「ジカン殿。全滅したようです」

 副将軍と呼ばれた女兵士が報告に来た。

「すまない。ジカンというのは肩書か?」

「ご冗談を。国防次官殿」

 そういうことか。

「頭を打ったとき、記憶を失ってしまったようなのだ」

「では、お名前も?」

 少し考えてから答える。

「……そのようだ」

「カーティス、カーティス・アルフレッド様です」

「そうか、そういう名だったか。で、そなたは?」

「はっ、ソフィア・シェフィールドと申します」

 副将軍にしては若い気がするが、この時代でも女性に年齢を聞くのはどうなのだろう。

「次官閣下、国王陛下が報告を求めております」

 呼びに来たのは目覚めたとき左側にいた文官だった。

「わかった。すまないが案内してくれ」

「はい」

「そうだ。そなたの名は?」

「お忘れですか? カミラ・オブライエンと申します。閣下の補佐官をさせていただいております」

「そうだったな。すまない」

「いえ、ご案内します」

 振り返った彼女の後についていくと、もう一人の女兵士が城壁の階段を上って来た。

「どこへ行くんだ?」

「陛下にご報告に」

「なら、俺も行く。護衛だからな」

 女なのに男口調なのか。それとも軍隊では当たり前なのか。

「閣下の前で失礼ですよ。きちんと名乗りなさい」

「わかったよ。俺の名はクラリス。よろしくな」

 苗字はないのか。まあ、あえて聞く必要もないだろう。

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