第7話 封鎖線の内側
三十二階層への降下エレベーター前には、簡易の封鎖ゲートが設置されていた。
黒と黄色のテープ。
監査局の腕章。
そして、銃を携えた警備員。
探索者ギルドの地下で、銃器が目立つことは少ない。
ここはあくまで探索者の領域だった。
それが変わり始めている。
「関係者以外立入禁止です」
無機質な声。
封鎖線の手前で足を止めたのは、蒼輪の盟約のリーダー、朝霧直哉だった。
「俺たちは三十一階層で戦った当事者だ」
「現在は国家管理下です」
やり取りは平行線。
その様子を少し離れた場所から、来生雅也は見ていた。
腕を組み、無表情。
横に立つのは山波大樹。
「完全に持ってかれたな」
山波が低く呟く。
雅也は答えない。
三十二階層以降は未踏破域が多い。
資源も未知の魔石も、そこに眠る。
国家が動くのは当然だ。
だが――
管理の名の下で、誰かの意思が潰される。
その構図を、雅也は別の世界で何度も見てきた。
そこへ、和泉康介が現れる。
監査官の白石と並んで。
「朝霧」
和泉が声をかける。
直哉は振り向く。
「ギルド長、俺たちは――」
「落ち着け」
和泉は短く制する。
「今は逆らう時じゃない」
白石が穏やかに口を開く。
「優秀な探索者の協力は歓迎します。ただし、選抜制になります」
選抜。
つまり国家が選ぶ。
直哉の拳が震える。
蒼輪はAランク。
誇りを持ってきた。
それでも“選ばれる側”に回る。
雅也の視線がわずかに動く。
そのとき、別の集団が近づいてきた。
緋天の行軍。
九条烈斗を先頭に、天城紗夜、速水奏真、真田和希、椎名香澄。
烈斗が封鎖線を見て、低く息を吐く。
「……俺たちの遭難がきっかけか」
自責の色が滲む。
雅也が歩み寄る。
「お前のせいじゃない」
烈斗は目を上げる。
「だが結果は同じだ」
「なら、次は止めろ」
短い言葉。
烈斗は静かに頷く。
その様子を、二階のガラス越しに見ている人物がいた。
弓永桜子。
聖女と呼ばれる少女。
十九歳。
白いブラウスに淡い青のスカート。
装飾は少ない。
だが、佇まいに清澄な気配がある。
隣に立つのは三田由紀子。
十七歳。
整った顔立ちに、鋭い視線。
制服姿だが、雰囲気はすでに政治家のそれだ。
「強制管理は反発を招くわ」
桜子が静かに言う。
由紀子は鼻で笑う。
「感情論ですわね」
「人は感情で動きます」
「だからこそ、制御が必要です」
視線が交差する。
対立は明確。
桜子は雅也を見下ろす。
「彼は、利用される人じゃない」
由紀子も視線を向ける。
「利用されるかどうかは、能力次第ですわ」
言葉は柔らかい。
だが思想は鋭い。
地下訓練場。
封鎖騒動の後、山波は荒れていた。
木剣を振るう音が乱暴だ。
「選抜だとよ」
打撃が重い。
「俺たちは駒か」
雅也は受け流す。
「駒でも動き方は選べる」
「綺麗事だ」
山波が踏み込む。
力任せの一撃。
雅也は最小限の動きでかわす。
「力で証明しろ」
短い指摘。
山波の動きが止まる。
「証明?」
「お前は元Aランクだ」
「元だ」
「戻れ」
一言。
山波の目が揺れる。
挫折は事実。
だが終わりではない。
「怖いなら怖いまま進め」
雅也の声は低い。
「逃げなければ、それは弱さじゃない」
木剣が床に落ちる。
山波は息を整え、拾い直す。
「……付き合え」
「断らない」
打ち合いが再開する。
動きは徐々に整う。
夕方。
松浦かなの配信は、ギルド前の様子を映していた。
封鎖線。
警備員。
不満げな探索者。
「国家管理って聞くと安心する人もいると思う」
かなはカメラに向き直る。
「でもね、現場で戦うのは探索者なんだよ」
コメント欄が流れる。
かなは続ける。
「選抜制って言われたらさ、外れた人はどうなるの?」
問いかけ。
答えはない。
だが空気は変わる。
視聴者の意識が、探索者側に傾き始める。
夜。
屋上。
雅也は一人で立っていた。
足音。
振り向くと、桜子だった。
「少し、お話できますか」
穏やかな声。
雅也は頷く。
桜子は隣に立つ。
風が彼女の髪を揺らす。
「あなたは、ここに残るつもりですね」
問いではない。
確認。
「そのつもりだ」
桜子は小さく微笑む。
「それでいいと思います」
雅也はわずかに目を細める。
「国家と対立するぞ」
「対立ではありません」
桜子の声は柔らかいが、芯がある。
「守りたいものの違いです」
沈黙。
やがて桜子は続ける。
「三十二階層以降、何かが来ます」
「……感じてるのか」
「ええ。祈りは万能ではありませんが、兆しはわかります」
異世界の気配。
雅也は空を見る。
裂け目は閉じた。
だが門は完全に消えていない。
「あなたが戦うなら」
桜子の声が少しだけ震える。
「私は、祈ります」
利用ではない。
支配でもない。
ただ、支えるという意思。
そのとき、別の足音。
美野里が立ち止まる。
桜子と視線が合う。
静かな緊張。
桜子は一礼する。
「失礼します」
去っていく背中。
美野里が近づく。
「……モテますね」
冗談めかすが、声は少し硬い。
雅也は肩をすくめる。
「違う」
美野里は隣に立つ。
「国家に連れて行かれないでくださいね」
同じ言葉。
同じ不安。
雅也は答える。
「行かない」
短い。
だが今は、それしか言えない。
遠くで警報が鳴る。
三十二階層封鎖完了の報せ。
境界線が引かれた。
だが境界は、内側からも揺れ始めている。




