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第6話 国家の影


三十一階層の裂け目発生から四日後。


探索者ギルド本部は、普段とは違う空気に包まれていた。


入口に立つのは、見慣れない黒いスーツの男たち。

名札はなく、無機質な視線だけが往来する探索者を値踏みしている。


国家監査局。


正式名称は長いが、現場ではただ“監査”と呼ばれる。


ダンジョンが国家安全保障上の危機と判断された場合、彼らが介入する。


今回、それが三十一階層に向けられた。


二階会議室。


円卓の中心に座るのは、和泉康介。


四十八歳。探索者ギルド長。

その背筋はまっすぐで、無駄な緊張はない。


対面には監査局の主任、白石総一郎。


四十代半ば。表情は柔らかいが、目が笑っていない。


「映像は拝見しました」


白石が資料を閉じる。


「巨大影の出現。空間歪曲。異常魔力波形」


言葉を選びながらも、結論は明確だ。


「国家指定特異現象、レベル三に相当します」


会議室の空気が重くなる。


レベル三。


それは“軍事管理対象”を意味する。


「三十二階層以降は立入制限とし、国家管理下に置きます」


白石の声は淡々としている。


「同時に、現場で交戦した回収員の事情聴取を行います」


和泉の視線が鋭くなる。


「来生雅也か」


「はい。戦闘映像から、通常Aランクを超える戦闘能力が確認されています」


沈黙。


やがて和泉が口を開く。


「彼はただの回収員だ」


「そうでしょうか」


白石は微笑む。


「国家は“ただの”を信用しません」


その頃、ギルド地下訓練場。


雅也は無言で木剣を振っていた。


斬る。


踏み込む。


体重移動。


呼吸。


無駄がない。


だが荒い。


いつもより、わずかに。


背後から声がかかる。


「監査が来てる」


振り向くと、山波大樹が立っていた。


二十三歳。元Aランク。

今は現場回収員。


「知ってるか?」


「入口で見た」


山波は壁に寄りかかる。


「お前、目立ったな」


「抑えたつもりだ」


「十分目立ってる」


山波の視線は真剣だ。


「来生。お前は何者だ」


直球。


逃げ道はない。


雅也は木剣を下ろす。


「回収員だ」


山波は苦く笑う。


「それは知ってる」


沈黙。


山波は一歩近づく。


「三十一階層で俺が折れたとき、思ったんだ」


声が低くなる。


「お前は、あの場を知ってる目をしてた」


雅也は否定しない。


否定できない。


山波は拳を握る。


「俺は、また折れたくない」


挫折は二度目だった。


一度目は、仲間を守れなかった時。

二度目は、三十一階層で足が止まった時。


「強くなりたい」


山波の言葉は真っ直ぐだ。


雅也は静かに答える。


「なら、折れた理由を見ろ」


「……何だと」


「怖かったんだろ」


山波は目を見開く。


図星。


「怖いのは悪いことじゃない。怖さから逃げるのが悪い」


雅也は木剣を差し出す。


「付き合うか」


山波の目に、わずかな光が戻る。


「……ああ」


二人の打ち合いが始まる。


木剣がぶつかる音が、地下に響く。


その頃、ギルド受付。


七瀬あずみは監査官の視線を受けながらも、笑顔を崩さない。


「本日はどのようなご用件で?」


柔らかい声。


だが内心は穏やかではない。


元Aランクの勘が告げている。


これは“調査”ではなく“選別”だ。


そこへ松浦かなが入ってくる。


今日はカメラを持っている。


「かなさん、今日は配信は」


「様子見。なんか空気おかしいでしょ?」


小声。


あずみは視線で制する。


「余計なことは言わないで」


かなは肩をすくめる。


だが配信は始める。


タイトルは。


「三十一階層って何が起きてるの?」


コメントが流れる。


国家が動いたらしい

変異種増えてるって本当?

黒い影の噂は?


かなは直接的なことは言わない。


ただ、現場の空気を伝える。


「探索者ってさ、戦うのが仕事だけどさ」


少しだけ声を落とす。


「誰かの都合で戦わされるのは違うと思うんだよね」


コメント欄が静まる。


世論は、わずかに揺れる。


夕方。


雅也は呼び出された。


監査局臨時室。


白石が座っている。


「来生雅也さん」


「はい」


「三十一階層で交戦した個体について、説明を」


雅也は淡々と答える。


変異種。

通常より高い魔力。

空間の不安定化。


白石は目を細める。


「異世界由来の可能性は?」


雅也は一瞬だけ呼吸を止める。


「証拠はありません」


「あなたは、恐れていないように見えました」


鋭い観察。


「仕事ですから」


白石はペンを置く。


「あなたは優秀だ。国家の管理下で働く気はありませんか」


勧誘。


拘束の前段階。


雅也は即答する。


「ありません」


白石の笑みが消える。


「考え直す機会はあります」


「必要ありません」


視線がぶつかる。


白石は立ち上がる。


「三十二階層以降は国家案件です。勝手な行動は許されません」


圧力。


雅也は頭を下げる。


だが目は伏せない。


夜。


屋上。


美野里が待っていた。


風が強い。


「呼ばれたんですね」


「ああ」


「どうでした?」


雅也は夜景を見る。


「管理したいらしい」


美野里は小さく息を吐く。


「あなたを?」


沈黙が答え。


美野里は隣に立つ。


「もし、連れて行かれたら」


その先を言えない。


雅也は空を見上げる。


異世界の空とは違う、淡い光。


「行かない」


短い言葉。


「俺はここにいる」


美野里はその横顔を見る。


信じたい。


だが不安は消えない。


「……私は」


声が震える。


「あなたが誰でもいいって、思おうとしてました」


雅也は視線を向ける。


「でも違った」


美野里は笑う。


少し泣きそうな笑顔。


「来生雅也が、いなくなるのが嫌なんです」


雅也の胸が締めつけられる。


守ると決めたのは、この世界だけではない。


この人の居場所もだ。


だが言葉は、まだ出ない。


代わりに。


「明日、山波と訓練する」


不器用な話題転換。


美野里は吹き出す。


「今それ言います?」


少しだけ空気が軽くなる。


遠くでサイレンが鳴る。


三十二階層への立入制限が発令された。


国家の影が、確実にダンジョンへ落ちる。


だが裂け目は、完全には消えていない。


向こう側は、まだこちらを見ている。


そして雅也もまた、知っている。


これは始まりに過ぎない。



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