《短篇》闇の中で薔薇は踊る
僕の愛しいガーネットは、今日も赤いドレスで踊る。
暗闇の中で咲き誇る薔薇のように。
これは、人間の娘に恋した精霊のお話。
彼女は、白いドレスを着ていたはずだった。
今、目の前にいる彼女は真っ赤なドレスを纏っている。
その足元と周辺には、バラバラになった元人間だったモノの残骸。
ドレスだけではなく、床一面が血で真っ赤に染まっている。
夜を纏った美しく波打つ黒髪、宝石のような青紫の瞳。
透き通るような白い肌。妖艶に微笑みこちらを見る。
陰惨な現場なのに、彼女はあまりにも神々しく美しかった。
「楽しめたかい?ガーネット」
「ええ、とっても。…ああ、もう今日の分は終わりなのね?」
「うん。もう生体反応はここにはないから、迎えに来たよ」
「ありがとう、ミッドナイト、ふふふっ」
彼女の差し出された、血まみれの手を引き抱き上げる。
フワッと美しい黒髪が舞って、無邪気に微笑むガーネット。
ああ…なんて綺麗なんだ、君は。
「今日は流星群が見えるんだ。行くかい?」
「本当?嬉しい!行くわ」
ガーネットの母親サファイアは、ある王国の美しい王妃だった。
その人間離れした妖精のような儚ない美しさは、
男たちを惹きつけて、理性を壊して虜にしていった。
やがて彼女は、自分に生写しの娘ガーネットを産む。
そして、ガーネットが5歳になり、
公に滅多に姿を表さなかったサファイアも
国王主催のお披露目会へ娘と共に参加する。
目も眩むほどの見目麗しいサファイア王妃、その生写しの娘ガーネット姫。
その姿に、多くの招待客や要人が息を飲んだ。
招待客の中で、ギラつく眼差しで親子を食い入るように見る帝国の皇帝。
お披露目会から5日後、その男は欲望のまま美しい母と娘を手に入れるため、
王国に軍を率いて奇襲をかける。
その強い執着と執念は、何かに取り憑かれたような異常性だった。
泣き叫ぶサファイアとガーネットの目の前で、国王の首を切断して殺害。
王族も全て残忍に殺害した。
王国の民達をも蹂躙し、まさに悪魔の所業だった。
帝国に連れ去られたサファイア王妃は、地下牢の中で自害。
死後に身体を弄ばれる事を恐れ、その身を焼いてこの世を去った。
生前の美しさを微塵も残さない壮絶な最後であった。
だが、彼女は自分の命と引き換えに、幽冥の精霊と契約していた。
娘のガーネット姫を守るため精霊の加護を与え、
成人するまで誰もガーネットの純血を奪えないようにと。
夢枕で契約した精霊から警告を受けた皇帝は、
地下牢で黒焦げになっているサファイアを見て絶句した。
そして真偽を確かめようと、一度ガーネットに触れようとしたが、
強力な精霊の加護によって弾かれ、右腕が壊疽して腕を切断した。
こうして、ガーネットには誰も触れられなくなったのだ。
ずっと、僕は彼女を見守ってきた。
夜に姿を現す僕に、彼女はいつも同じ質問を繰り返した。
「あなたはどうして、夜にしか姿を現さないの?」
「僕はそういう精霊だからだよ。でも、君を加護で守っているんだ。
そのおかげで、誰も綺麗な君に手出しできないだろ?」
「ここから連れ出してはくれないの?」
「うん。今は何の後ろ盾もない君を確実に守れる場所でもあるからね。
それに、ここから連れ出しても君は綺麗だから、また狙われるだろ?」
「あなたが守ってくれればいいじゃない。
それに、加護があるから平気なんでしょ?」
「僕達精霊と人間の君は生活様式や環境が大きく違うんだよ。
加護があっても、未成年の君の面倒を見てくれる大人の人間が必要だ。
ここなら少し窮屈だけど、生きていくには困らないだろ?」
「ここは嫌いよ…」
「もう少しの辛抱だよ」
「……ねえ、どうして綺麗に生まれたからって、
こんな扱い受けなきゃいけないの?私とお母様は何もしてないわ」
「うん、そうだね。君達は何も悪くないよ」
「じゃあどうして、みんな私に意地悪するの?
ここに食事を運んでくるメイドさん達は、毎日私を罵倒してくるし、
皇帝は下品な言葉と気持ち悪い笑い方で、ジロジロ見てくるの」
「うん…羨望と嫉妬、執着と欲望に素直な人達なんだろうね」
「…よく、分からないわ」
今日は、いつもと違う会話をしよう。
彼女にとって特別な日が来るのだから。
「分からなくていいよ。ねえ、知ってる?
明日は君の誕生日。16歳になって成人するんだよ」
「うん、知ってる。だから皇帝が明日楽しみだってニヤニヤ笑ってたわ。
私、どうなってしまうの?」
「あの皇帝の花嫁にされるだろうね。愛妾って言った方が正しいかな」
「そんなの死んだ方がマシよ。
お父様とお母様を殺した奴なんかに触られたくない。
ねえ、あなたは成人までしか私を守ってくれないのでしょう?」
「うん、君のお母様との契約だからね。君を成人まで加護して欲しいって」
「お母様はどうして、一生の加護を契約しなかったの?
私がどんな目に合うか、分かっていたのでしょう?」
「僕が拒否したんだ」
「どうして?」
「君が欲しいから」
「え?」
「一生の加護なんかしたら、その自分の誓約に縛られて君に触れられないもの。
この加護は君のお母様との契約だし…
僕達精霊は、成人以上の人間としか取引できない。そういう決まりなんだ。
君が成人したら、君と直接契約したいと交渉したんだ」
「……どうして?」
「君を愛してるから」
「あなたも、他の人達と同じなの?」
「違うよ。あいつらみたいに、君の気持ちを無視して弄ぼうなんて思ってない。
君の意思を尊重する。君の望むことは僕が何でも叶えてあげる」
「そんな契約をして、あなたに何か良いことはあるの?」
「君とずっと一緒にいられるもの」
「…でも、あなた精霊でしょ?人間の私が先に死ぬわ」
「死なないよ。一つだけ方法がある」
「どんな?」
「僕の花嫁になって欲しい。それが契約の対価だ。
人間は精霊の体液が体内に入ると、不老不死になるし、
僕の力も使えるようになるんだよ。だから、君の望むことを全て叶えられる。
そして僕の精霊力が尽きるまで、ずっと一緒に存在し続けられる」
「お母様は…なぜあなたの花嫁にならなかったの?
そうすれば、自分は助かるでしょ?」
「うん。でもサファイア…君のお母様は国王を…
君のお父様を心から愛していた。
だから僕を受け入れるのは無理だったんだよ。
自分の命を対価にして、まだ幼い君を守る方が大切だったんだ。
君は…凄く愛されていたんだよ」
「…お母、様っ…」
青紫の瞳から、キラキラ流れ落ちる滴。
涙でさえ君は美しい。
サファイアは死後、国王の魂がいる天上界を望んだ。
光の精霊との交渉は大変だったけど、
ガーネットが手に入るなら安いものだ。
君の成人を待っていたのは、皇帝だけじゃない。
僕だって、ずっと待っていたんだ。
帝国の皇族を蹂躙して、全滅させることだって僕は出来るのに、
サファイアはその契約は望まなかった。
そんな簡単にアイツらを罰するには、足りない憎悪と怨恨。
彼女は自分の娘に、遺恨を晴らす機会を残したのだ。
「日付けが変わった。僕と契約するかい?」
「ええ」
「何をしたい?」
「決まってるわ」
ああ、その瞳。
憎悪に染まった苛烈な瞳…
待ってたよ。
高潔な君が闇に染まる、その時を───────
やっと、こっち側に来てくれたね。
やっと、幽冥の精霊である僕が触れることのできる
存在になってくれたんだね。
やっと、聖なる楽園から、
腐敗した地獄に落ちてきてくれたんだね。
暗黒の深淵と混沌から生まれた、死後の世界、地獄を管理する存在。
幽冥の精霊、ミッドナイト。
長い黒髪に黒い瞳、黒い衣装に身を包んだ、
別名死神と呼ばれる、人間にとっては忌まわしくも不吉な存在。
この資質のせいで、僕は汚れたモノしか触れられない。
彼女は高潔だった。
純真無垢で、汚れを知らない善良な心の持ち主。
僕が触れることのできない、神聖な光の存在。
地下牢の中でも、長い間光を失わなかった。
だけど、5歳から16歳までの11年間、
教育も受けられず、地下牢の中で大人になった無垢な彼女の精神は、
無邪気にそのまま育った。何の躊躇も無く、昆虫や小動物を殺す子供のように。
そして、毎日のようにメイドに妬み罵倒され、皇帝に下品な色欲を向けられ、
歪んだ醜い思想に晒され続けた彼女の真っ白な心は汚染されてゆく。
11年間の地下牢生活は、彼女を少しずつ汚して壊していった。
手を伸ばして彼女を抱きしめる。
まだ大人になりきっていない細い体。
柔らかで暖かい…ああ、君は僕のものだ。
やっと手に入れた。
「ずっと一緒にいてくれるの?」
「うん、ずっと一緒だよ」
「本当に…私を一人にしない?」
「うん。約束する。君を一生大切にする。愛しているよガーネット。
さあ、行こうか」
顔を上げて不思議そうな表情をしている
彼女のピンクの花びらのような可愛い唇に、
優しく口付けを落としながら抱き上げる。
「愛してるって、なぁに?…好きと違うの?」
「…これから、分かるよ」
「ここは…どこなの?お城?」
「僕の邸だ。少し暗いけど、慣れれば快適になるよ」
「お花の花びらが沢山のベットがあるわ」
「君の為に用意したんだ。気に入った?」
「うん!凄く綺麗!」
彼女を花びらを敷き詰めたベットに下ろすと、
花びらまみれになりながら、
ゴロゴロ楽しそうにはしゃいでいる。
「誕生日おめでとう、ガーネット」
「ありがとう。こんなに嬉しい誕生日初めて!」
「ここはもう、君の邸でもあるんだよ」
「牢屋に戻らなくていいの?」
「うん。ずっとここで僕と暮らすんだよ。ほらクローゼット開けてご覧」
「クローゼット?………凄い、綺麗なドレスがいっぱいだわ」
「全部君のだ。好きなの着ていいよ」
「本当?どうしよう、全部素敵で迷っちゃう!」
「ふふっ、着替えたら食事にしよう。
牢屋ではロクな食事ができなかったからね。
御馳走を沢山用意してあるよ」
ずっと地下牢の生活だった彼女を思い切り甘やかして、
彼女は可愛い顔で良く笑うようになった。
そして、1ヶ月後に僕達は結ばれ、彼女は自分の望みを実行していった。
無垢な者ほど、反動が凄まじく染まりやすい。
ねえ、サファイア。
君の娘ガーネットは僕の資質に最適な女性になってくれたよ。
理想通りの僕の花嫁に。
サファイア、僕は君を一目見て欲しくなったんだ。
でも、君は聞き入れてくれなかったね。
「ねえ、美しい人。僕の花嫁になってくれない?」
「あなたはどなた?人間では…ないですわね?
花嫁など無理ですわ。婚約者がおりますし、その方を愛していますもの」
「僕は精霊だよ。そっかぁ…じゃあ、君にもし娘が生まれたら僕にくれる?」
「お断りですわ」
「どうして?なんでも願いを叶えてあげるよ?精霊の加護知ってるでしょ?」
「精霊の加護は、対価が必要なのでしょう?
結構ですわ。今のところ願い事などありません。幸せですもの」
「じゃあさ、何か困った時に、僕を呼んで契約してくれない?」
「…あなたの花嫁になれと?」
「別のことでもいいよ」
「そうですわね。もしその時が来たら…頼らせていただくわ」
「ミッドナイトって声に出して呼んで、姿を現すから」
「ミッド、ナイト?あなたの名前ですの?」
「うん」
遠くからずっと見守っていたけど、
君たちは、本当に幸せそうで僕の出番なんてなかった。
でも、僕は君にそっくりなガーネットが欲しくなった。
真っ白な、まだ何も染まっていない無垢な彼女を。
高潔な母親、そして娘。
両親の影響かその娘もずっと純粋で汚れなかった。
僕が触れることのない、神聖な光の存在。
でも、欲しかったんだ。
だから、強欲で傲慢で有名な皇帝に、少し欲望を増幅して刺激してやった。
彼は期待通りの働きをしてくれた。
そして、サファイアは僕に助けを求めた。
もうガーネットは、日の光の下で過ごせないけど、
夜の世界だって神秘的で美しい。
ガーネットは必ず幸せにする。
絶対一生大事にする。
だから、許してくれるよね? サファイア。
ガーネットの望みは “帝国民全員の虐殺 ”
しかも、彼らの恐怖心を掻き立てるように、
少しずつ少しずつ人口を減らしていき、
次は自分だと半狂乱になる彼等を嬲っていく。
自分の手で バ ラ バ ラ に引き裂いて。
僕が帝国丸ごとドーム状の夜の帳で閉じ込めてるから、
誰も逃げられないし、国外からの救援部隊も侵入は出来ない。
この阿鼻叫喚の復讐劇は、もうそろそろ3ヶ月になろうとしていた。
地獄に沢山の罪深い魂がなだれ込み、
膨大な精霊力が溢れて、僕はますます強くなった。
“無垢な狂気” は留まることを知らない。
純粋に欲望を求めて、無邪気に快楽を貪る。
彼らの悲鳴は、舞踏会で流れる音楽のように聞こえているのだろう。
今日も暗闇の中、血に染まった赤いドレスで舞い踊る。
今夜は、待ちに待った皇族共がパートナーだ。
「ねえ、ミッドナイト、彼らはなぜ悲鳴を上げて懇願してるの?」
「苦痛が嫌なんじゃないかな?」
「どうして?私のお父様や家族に同じことしたクセに?」
「そうだね。彼らはどんな顔して、お父様を殺していた?」
「笑っていたわ。どんなにやめてって言っても、やめなかった。
だから私も同じことをしてるだけよ」
「うん。それでいいと思うよ。君の好きなようにすればいい」
「ええ、私は家族を殺されたし、幽冥の妻だから権利も力もある。
やり返されて、自分だけ助かりたいって許しを乞うなんて卑怯だわ。
覚悟がないなら、最初から大人しくしていればいいのよ」
「そうだね。その通りだよ、僕の可愛いガーネット」
また、断末魔が真っ赤な部屋を振動させる。
ああ、君はなんて美しいのだろう。
まるで闇の中で踊る薔薇のように。
完
最後までご拝読ありがとうございました。感謝いたします。




