9 姫、ダンスの練習をする
***
会議が終わり、夕食も済ませた後。
「シィル、ちょっと付き合って」
そう言ってリィゼアは、シィルの手を引いて、ダンスホールへ向かった。
「ダンスもするんですか。今日は落陽地帯にも行きましたしお疲れなので、また別日でもいいのでは」
「だめよ。夜会まで、あと一か月しかないのよ? ダンスは体に覚え込ませないといけないし、それに、少し研究したいこともあるしね」
「はあ」
シィルは引っ張られるまま、ホールの中央に立った。
その腕をとったリィゼアが、意気揚々と告げる。
「それにわたくし、疲れてなんかいないわよ。あの程度の戦闘、なんの負担にもなりやしないわ」
「相変わらず常人離れした体力の持ち主でいらっしゃいますね、我が主は」
「だからその体力を今から存分に使い倒してやるのよ」
リィゼアはシィルの腕をとりダンスの構えをとると、いたずらっ子のようにパチっとウィンク。
「ちなみに、ピアノ弾く人はいないから音楽は脳内で流してね」
「なんですかそれ」
シィルが突っ込むが早いか、リィゼアは動き出した。
流れるような足運びに、シィルは呆れつつも合わせてやる。
「姫、なぜに今更ダンスの練習など」
「まあ見てなさい。シィルはわたくしに合わせて踊ってくれるだけでいいから」
澄ました顔でリィゼアが言うものだから、シィルはそれ以上なにも言えず、黙って踊るしかない。
――と。
むぎゅ。
むぎゅ、ぎゅ。
足を踏まれた。
「……痛いです、姫」
「あ、やっぱり?」
リィゼアは悪びれもせずそう言って、踊り続ける。
「何をなさるおつもりですか、姫」
「ダンスで足を踏みまくれば、流石に嫌われるでしょうと思ったの。でも踏みすぎても申し訳ないから、痛くない踏み方を研究したくて」
シィルは、相変わらず斜め上にぶっ飛んでいる思考の理解を諦めて、「はい」と適当に相槌を打った。
「シィルなら、足踏んでも怒らないでしょ」
「怒りますよ?」
シィルはにっこり笑顔を浮かべる。
リィゼアは「ごめんってば」と軽い謝罪をしつつ、
「だからわたくしの練習相手になりなさい、従僕」
「だから俺はあなたの従僕ではなく護衛騎士ですと何度言えばわかるのですか。主人とダンスの練習なんて騎士の業務内容にありませんよ」
いつも、なんだかんだ言いながらも、結局シィルはリィゼアのしたい通りにしてくれるのだ。
「で、なんでしたっけ。痛くない踏み方、ですか」
リィゼアがシィルの足を何十回か踏みつけ、だんだん楽しくなってきて本来の目的を忘れかけた頃。
シィルが話を戻した。
「ええ。どうすればいいと思う?」
「痛くなくしたいなら骨と肉を踏まなければいいので……靴のつま先だけ踏む、とかでしょうか」
「なるほど。やってみるわ。こう?」
むぎゅ。
「痛いです、姫。そこはしっかり骨です」
「あら。難しいわね、つま先だけ踏むって」
「もっと先の方だけ、ちょっとだけでいいんですよ。姫、今けっこう大きな面積踏んでますから」
「じゃあやってみるわよ。……こう?」
きゅ。
「まだ少し骨にかかってますがさっきよりはいいですね。その調子でもう少し面積減らしましょう」
「あら、まだいけるの? そんなに少なくていいのね」
リィゼアはちょん、ちょんとシィルのつま先を踏む。
何度か繰り返すうちに、相手に痛みを与えずにうまく踏めるようになってきた。
「そうそう、いいですね。……ってなに人に足の踏み方指導させてるんですか」
「だってシィルの教え方、上手いんだもの。で、どう? つま先だけでも踏まれると踊りにくい?」
「まあ何もされないよりかは踊りづらいですよ。踏まれるたびに、ちょん、ちょんと足が引っ張られるので」
「よし、いい感じね! これなら無事、嫌われそうだわ!」
調子に乗ったリィゼアは、シィルの足をちょんちょんちょんと連続して踏みつける。
そうしているうちに、何か面白いことを閃いたらしく、瞳をさらに輝かせた。
「そうだ、蹴るのはどうかしら」
「はい?」
今度はシィルの足の側面に、自分のつま先をコツンと当てる。
「姫、それ蹴ってるつもりなのかもしれませんが、優しすぎてなんのダメージもありませんよ」
「なら、もう少し強くかしら」
勢いをつけて蹴ると、靴と靴がぶつかり合うコンという音がした。
「そのくらいですね。それ以上やると男性側がよほど鍛えていない限りバランスを崩して転ぶので気をつけてください」
「ちなみにシィルは大丈夫?」
「俺は鍛えているので蹴り程度ではびくともしませんよ」
涼しい顔で答えて、シィルはぴたりと足を止めた。一緒に踊っていたリィゼアも動きを止める。
「シィル? どうしたの?」
「姫、就寝のお時間です。寝室へ行きますよ」
「ええぇ、まだ踊ってたいのに。っていうか時計も見ずに正確に時間を当てるのやめてくれないかしら、しかもわたくしの就寝時間や起床時間限定で」
「姫がいつもいつもだらしないからでしょう。いつも消灯した後に読書したりこっそり庭に出て剣の鍛錬したりして寝てないの、知ってるんですからね」
シィルは澄まし顔で、リィゼアの首根っこを掴むとずるずると廊下を引っ張っていく。
流石の男性の力に、リィゼアは抵抗もせず大人しく引っ張られるのみだ。
「シィルの鬼。けち」
「文句があるならもっと自立した生活を送ってください、自堕落姫」
「この生意気従僕」
「俺は従僕ではありません。護衛騎士です」
そして今日も、リィゼアはなすすべもなく寝室に放り込まれ、就寝準備担当の侍女に、「こんな時間までどこへ行っていたんですか姫様」と怒られるのだ。
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