8 姫、嫌われるメイクを考える
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「さてシィル、ドレスの次は髪とお顔よ!」
ウキウキでスキップしながら帰っていくジョアを見送った後。
リィゼアはシィルを自室に引き摺り込むと、メイクブラシを掲げて高らかに宣言した。
「わたくし、全力でブサイクになるわ!」
ちなみに、リィゼアはノーメイクでも目鼻立ちの整った美女である。
流れるようなつやつやの金髪。アーモンド型の大きなサファイアの瞳は少し吊り目で、それが凛と筋の通った印象を与える。
雪のように白い肌に小さな薔薇色の唇、同じく薔薇色に染まる頬は見た目だけでもふわふわで、年相応の愛らしさも醸し出している。
つまり、国に二人といないような美人なのである。
そんなリィゼアをさらに美しく着飾るのが趣味ともいえる、彼女の侍女たちはといえば。
「わあああん姫様、そんなあこと言わないでくださあぁい」
「私たちの生きがいがぁぁ」
「努力の結晶がぁぁ」
……なんとも悲痛な顔をして地面に頽れている。
「みんなお願い、わたくしの一度きりの人生のために協力してほしいの。どうしても、この婚約を回避したいのよ」
「「「あううぅぅぅ」」」
主人から甘い声でそうお願いされると、断れないのが侍女たちである。
全員、悔しそうに涙を流しながらも頷いた。
「ありがとう! ねえシィル、どんなメイクがいいと思う?」
「どんな、と言われましても、俺は化粧には詳しくないので詳しいことはわかりませんね」
「ええぇ。シィルのけち」
「なにが?!」
「協力してくれるって言ったもん」
「……言ってませんよ」
「言った! 最初に、落陽地帯に行く前に言ったもん」
「じゃあ言ったということにしておきましょうか」
折れたシィルはため息をひとつついた。
「先ほど姫が選んだドレスがメルヘンゆめかわふりふりふわふわきゃぴきゃぴ夢見る乙女系ドレスなので、それには合わせない方が良さそうですね」
「そうね。となると、オレンジかしら?」
「頬は真っ赤にしてもいいですね」
「ならリップは真っピンクが浮きそうね」
リィゼアはいそいそとドレッサーから化粧道具を取り出して、並べていく。
リップ、アイシャドウ、チーク、おしろい、マスカラ……。キラキラとシャンデリアの光を反射して輝くそれらは、まるで可愛らしい宝石のようなのに。
「よっし、じゃあみんな、これらを使って最強ブスメイクをお願い!」
持ち主の気合の入った一言で、全部台無しになるのである。
一時間後。
泣く泣く化粧を仕上げた侍女たちが、疲労とやるせなさとでぷるぷると震えながら、また地面に頽れた。
屍の輪の中心で、リィゼアは上機嫌だ。
「ふふ、シィル見て見て、うふふ、ふふ、ふへへへ、どうよこれ!」
呼ばれて、シィルはおかしな笑い声を出す主に目をやった。――そして、膝から崩れた。
「ふ……ふふ……ふふふ、ふはっ」
我慢がきかず、地面に手をつき、ぷるぷる震えて笑い出す。
「姫、あなたそんなブサイクでしたっけ」
流行りの『素肌感』や『透け感』など微塵も感じさせない厚塗りファンデーションに、顔までパフになるんじゃないかというほど叩き込んだおしろい粉で、粉っぽく不自然に真っ白な肌。
大きなサファイアの目は真っ黒なアイラインでぐるりと囲まれ、オレンジのアイシャドウの上でラメが一番星よりもギラギラと光る。
長いまつ毛は舞台メイク用の強力高発色マスカラによって緑色に染まり、つんつんと尖って針のようだ。
頬には真っ赤なチークがまんまるの円を描き、唇では青みの強い蛍光ピンクがこれでもかとツヤを主張する。
しかし何より目を引くのは、顔全体に引かれた茶色い線。本来はシェーディングで、顔に影を描いて彫りを深くするアイテムなのだが。
絵を描くように鼻筋に引き、鼻を際立たせ。頬をこれ以上ないほど削って痩せこけているように見せて。小鼻からフェイスラインへ伸ばして、濃いほうれい線を作り出しているのだ。
こんなメイクをしてくれと頼まれた侍女達に、少し同情しつつも、シィルは笑いを止めることができない。
リィゼアの顔が目に入るたび、腹筋以外の全身から力が抜けるのだ。
「ふふっ……いいですね姫、最高にブサイクです。今度の謁見、それで行きません? きっと陛下も国の重鎮達も大爆笑ですよ。ふふふっ」
「行かないわよ。ていうかあんたにブサイクとか言われると腹立つわね。そろそろ落としてくるわ」
そう言って、リィゼアは洗面所へ歩いて行ってしまった。
やっと笑いから解放されたシィルは、まだ力がうまく入らない膝を軽く叩いて立ち上がる。
すると、床に突っ伏していた侍女達もふらふらと立ち上がった。
「ふ、ふふ……」
「あはは」
「ふふふふふ」
「あなた達、笑ってたんですね。絶望していたのではなく」
「はい……ふふ、うふ」
「シィルさまこそ、珍しく爆笑されてましたね」
「あれは誰でも笑うでしょう。……見なかったことにしてください。一応、クールな護衛騎士のキャラで通してるんですから」
ばつが悪そうにシィルが顔をしかめる。
すると、侍女はくすりと笑った。
「バレてる人にはバレてますけどね」
「知ってます」
「早く告白してしまったらどうなんですか。いつかはバレますし、あなたも打ち明けてしまった方が幸せですよ」
全てを見透かしたような、いや実際全てを知っている年上の侍女の微笑に、しかしシィルは首を振る。
そして、リィゼアを追って自身も洗面所へと歩き出した。
「しませんよ、そんなこと」
侍女のいる方を見ずに呟く。
自分の気持ちなど必要ない。
主の幸せを願うのならば、全てを押し殺してでも傍に仕えるのが最善なのだと。
何故なら、己は。
「俺は、姫の護衛騎士ですから」
唇の端を吊り上げ、振り向きざまにそう告げる。
部屋に残された侍女は、「やっぱり」と肩をすくめた。
さて、何も知らず、渾身のブサイクメイクを落としきったお姫様はといえば。
「姫、そろそろ仕事に戻りますよ。会議の時間です。支度しなければならないでしょう」
シィルの呼び声に振り向くと、視線の先でシィルが固まった。
「えっ、なにどうしたのシィル?!」
突然のことに、リィゼアは焦る。
わたわたと両手をばたつかせてシィルの周りを回っていたが、しばらくして、苦い顔のシィルが発した言葉に、即脛蹴りをかました。
「…………メイク詐欺」
「だまらっしゃい」
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